第17話 一方、クレイドル男爵家では

 ――その日。

 

 この国――ジグリス王国の王室から、半年前に家を出ていった長女が、第二王子の婚約者になるという知らせが入った。


「――は? う、うちのニアが……、第二王子の婚約者に……?」

「はい。つきましては、その女性が本当にこちらの御息女かを確認したく、お伺いに参りました」


 何か絵姿など、御息女の容姿を確認できるものなどありませんかと使者に問われたのだが。


(え、絵姿とか。そんなもん、ここ数年あのはねっかえりのなんて作ってないぞ……!?)


 下の娘ならばともかく、社交界にもほぼ出ない、縁談の話も来ない娘に、絵姿なんて金のかかることをするわけもなく。


「ほ……ほら、あなた! 確か、12になった時の記念の絵姿があったんじゃなくて?」

「お、おお、そうだな。確かに、そのようなものを作ったやもしれん……」


 妻に言われて、たしかにその頃一枚だけ、長男が16歳になった記念にと子供たちの肖像画を絵師に描かせた記憶が蘇った。

 確かその頃、領地の駆け出しの画家から二束三文でいいからお試しで描かせてほしいと頼まれて買ってやったのだったと思う。


 果たして、18歳の娘が12歳の時の肖像画で同一人物と判じられるだろうかと思いながらも、祈るような気持ちで使用人が絵をしまってある部屋から持ってくるのを待った。


(いや――、しかし。あのニアが、この国の王子に見染められただと?)


 にわかには信じ難い事実に眉をひそめるが――、もしそれが本当のことなのだったら、クレイドル男爵家としては願ったり叶ったりの事態だ。


 我が家から――、王族に嫁ぐ娘が出る……!

 

 一体、王族からのでる結婚準備金は、いかほどのものなのだろうか?

 いや、そんなのは序の口だ。

 

 王族の外戚ともなればそれだけで話題性になるし、我が家を軽んじたり害したりしたら王室にも知らしめるぞと釘を刺すことができる。


 つまりは――、権力を笠に着ることができる。


 魔術にしか興味のない、使えない娘だと思っていたが、やればできるじゃないかと感心をしていたところに、ちょうどタイミング良く使用人が絵姿を持って部屋に戻ってきた。


「ふむ。こちらですね」


 そう言うと、使者が絵が傷まないよう上からかけられた布に手をかけ、ふぁさ、と絵が見えるようそっと払いのける。

 それを――もはやその絵がどんな絵だったかも記憶がないため――どうか今の娘と結びつく容姿であるようにと祈りながら隣でその様子を見つめていると。


「確かに。婚約者様ご本人で間違いなさそうですね」


 と。


「お、おお……!」

「多少幼くはありますが、面差しはお変わりありませんね」


 絵姿を元通りに包み直しながら言った使者の言葉に、最初はほっとし、次第にじわじわと喜びが湧き上がってくる。


「さ、左様ですか……! ではほんとにうちのニアが……!」

「あなた……!」


 喜び身を乗り出すと、妻も同調するように寄り添って感極まった声を上げてくる。

 やった……!

 これで我がクレイドル家も安泰ではないか……!

 と、喜んだのもつかの間。


「それでは身元も確認できましたので。お嬢様からご両親への御伝言をお伝えさせていただきます」


 そう、淡々と使者が切り出してきた。


「ひとつ。御息女は既にこちらの家からは勘当されている身であるからして、身元確認をした後には正式に生家であるクレイドル家とは縁を切らせていただくこと」

「……は?」

「ひとつ。縁を切った後には、御息女と生家とは何の関係もなくなるため、結婚支度金をはじめとした金銭の支払いは一切生家に行わないこと。また、生家がこちらの条項を無視し、勝手に外戚を名乗った場合、もしくは、御息女と接点を取ろうと近づいてきた場合、場合によっては罪に問われることとなること」

「な……、何を言っているんだ……?」

「以上が御息女からのご伝言です。よろしければこちらにサインを」

「よ……、よろしいわけがあるか!! 娘から縁を切ると言われているんだぞ!?」

「先に縁を切ると申したのはそちらだとお伺いしておりますが」

「うっ……」


 確かに、使者の言う通り先にニアを追い出したのはこっちだ。

 

「し、しかしそれは! 娘が貴族としての責務を果たさなかったからで、責務を果たしたのであれば私たちとしては……」

「責務を果たさないとわかっていたのであれば、責務を果たせるまで家に置いてやるべきだったのです。家から追い出した時点であなたたちも責務を放棄したと言うことになりますよ」


 穀潰しは出ていけと言われた、とご息女からは伺っておりますが――と。

 

「――さて。おとなしく誓約書にサインをするか。王族からのサインを拒み、この先まつろわぬ者として日陰の身で生きていくか。貴殿が御息女に下した【どちらを選んでも家からは出て行かせる】という仕打ちよりもまだ、選択の余地はあると思いますが」


 そう使者から威圧感強く言い放たれ、結局は圧力に負け、サインせざるを得なかった。


「お父様っ……!」

「ええいうるさい……! ここで日陰者扱いされるようなことになれば、お前やマルスの将来にも関わるのだぞ……!」


 言われるがままにサインをしようとする自分に、末娘のメアリが非難するように声を上げるのに対して、苛立ちを隠せずに強く言い返す。


 長兄のマルスは今後クレイドル家を支えていくために、財力のある子爵家から娘を嫁にもらう話が進んでいるし、末娘のメアリも侯爵家の人間との婚約が決まっているのだ。

 これで我が家が王命に背いた家だと噂立ち、決まっていた話が破断になったら、元も子もないではないか……!


「では、確かにサインをいただきました。それでは用事も済みましたので、私はこれで失礼させていただきますね」


 と、そう言い残し。

 使者は、一円の金も置いて行かずに、颯爽と去っていってしまった。


「お父様ぁ……」

「あなた……!」


 何とかならないの?

 と、妻と娘がすがってくる。


「ふ、ふん……。あのような親不孝な娘など、いまに天からの罰がくだるだろうさ」

「そういうことじゃあありませんの! お姉さまが王子に嫁げるなら、私も王子に嫁げるように何とかしてくださいまし!」

「そうですよあなた! あの子よりも何倍も美しく、親思いなメアリが王子妃になるよう、あなたの力でなんとかしてくださいな!」


 無茶ぶりをしてくる女どもから目線を逸らし、その先にいた息子とばちりと目が合うが、息子からは即座に視線を逸らされてしまった。


 どいつもこいつも!

 私にどうしろと言うのだ!




 こうして、ニアのいなくなったクレイドル家は、思いもよらぬ長女の婚約話により、騒然としたのであった。

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