第16話 面白い女

 通りすがりに、声をかけてきた占い師の話を聞こうと思ったのは、単に酔狂だった。


「おぬし……、西に行くが良い。行った先で潜ったダンジョンで、お主の運命の相手が見つかるであろう」

「運命の相手?」

「左様。お主の魂を惹きつける者じゃ」


 そう言って、老爺なのか老婆なのかもよくわからない老人の前に座り「はあ……」と答える。


 魂を惹きつける――、ねえ。


 正直、自分の運命はこれまでにも既に、左右されすぎるほどに左右されてきたという自負がある。

 国王の妾の子として生まれてきて、冷遇されていたかと思えば急に祭り上げられる。

 人というものは無責任で身勝手なものだとずっと思ってきた。

 自分の悪い時はこき下ろし、都合が良くなると担ぎあげる。


 だからずっと、誰かといることよりも一人でいることの方が性に合っていると思って過ごしていたのだが。


「それってなんだ? 男か女か?」

「女だ。それも、稀に見る数奇な魂を持っておる」


 ――女ね。


 女、という生き物に関しても、あまり興味がなかった。

 というより、苦手と言っても過言ではないと思う。

 だからと言って別に、男色というわけでもない。

 幼い頃から王宮内で追いやられた母の面倒を見て、同じく王宮内で擦り寄ってくる女性を相手しながら、女というものは、基本男に縋らないと生きていけないものなのだろうかという疑問を抱いていた。


 こちらの立場や上っ面だけを見て、勝手に期待を抱いて近寄ってくる。

 それは別に、女に限らず男にもそういった輩はいたが。


 昔から、他人が裏側に隠している期待や思惑をなんとなく察するのが得意だったせいもあって、余計他人に対する疑念だけが強くなり、表向きにいい顔をすることだけ得意になっていった。


 こっちだって、王宮内での自分の微妙な立場をどうすべきで、敬愛する兄の邪魔にならず、力になるにはどうするべきかを考え立ち回るので精一杯なのに、どうして他人の面倒まで見れようか。


 結果、兄に頼んで王宮を出奔し、ひとり気ままに冒険者をしながら各国を巡り歩き顔を広めるということを始めた結果、これは自分の性に合っていると思っていたところなのだ。


 それなのに――、女。


 それでも、占い師に言われた通り西に行き、そこで目に留めた冒険者コンでのダンジョン探索に申し込んだのは、やっぱり酔狂だった。


 占いというものが本当に当たるのか。

 好奇心が働いたのもある。

 外れても別に損することはないし、当たったら「占いって当たることもあるんだなあ」と面白がるくらい、そんなふうに思っていた。のだが。


 ――ニア・クレイドルという女は、面白い女だった。


 今まで見てきたどの女とも違った。

 初めて冒険者コンでマッチングして挨拶した時も「ふーん、はいはい」という感じだったし、明らかに俺よりもダンジョンの方に興味ありありなのが逆に面白かった。


 そのくせ、魔物との戦闘になると意味がわからないくらい強い。

 こっちの動きを見ながら的確に魔術を放ってくるし、かつて見たことがないくらいの威力の魔術を連続でポンポンと打つので、別に俺、必要ないんじゃないかと何度も思った。


 それでいて別に恩着せがましい態度を取ることもなく、ふんふんと鼻歌混じりに(というかどこか楽しげに)ダンジョン攻略をさくさくと進めていくので、段々と一緒に攻略しているこっちも楽しくなってきて。


 魂が引かれるという感覚はよくわからなかったが、少なくともかつていた誰よりも一緒にいて楽しい人物だというのは確かだと思った。




 ――とはいえ。この冒険者コンが終わったらそれきり、これでサヨナラになるんだろうなと思っていたのに。

 ニアの方から「相方にならないか」と誘われたのは、正直意外としか言いようがなかった。


 自分も割と他人に対してドライな自覚はあるが、ニアは俺以上にそうだと思っていた。


 懐かないと思っていた猫に擦り寄られたから嬉しかった――、それに近い感覚ではあるが、多分俺は、ニアに一緒にパーティーを組まないかと言われて嬉しかったのだ。


 それに、定まった拠点もなく、ふらふらと旅をするのもそろそろ一区切りつけようと思っていたこともある。


 つまりは、お膳立てが揃っていたのだ。


 こうして――、俺はニアと冒険者パーティーを組み。

 今はなぜか、婚約者(仮)として一緒に王宮に戻ってきている。


 宰相たちの前で、ニアを婚約者とすると言って周囲の度肝を抜いた時も実に楽しかった。


 こんなに面白いのに、どう考えても俺の手の内に収まらなさそうで、軽々と消えていってしまいそうなのもまた面白い。



 あの時占い師がいった『運命』というのはきっと、俺にとってはこういう存在のことなのだろうと。

 いまではどこか納得している自分がいるのだった。

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