第15話 失踪の経緯と婚約者宣言

「――それは、マハル教の大主教聖下だいしゅきょうせいかの叙階式に出席された帰りのことでした」


 ことの経緯は、エリクの兄、ライナス・ルド・ジグリス第一王子が国王の名代でこの国の主教であるマハル教の大主教就任の叙階式に出席したことから始まる。


「式典を無事に終え、大聖堂を出立し、途中フィールズの街を通過したところまでは報告を受けていたのですが。そこから次の街へ行く途中の森の中で、緊急通信が入りました」


 ライナス王子の乗る馬車が、賊の襲撃を受けていると。

 殿下をお守りしているが、数が多いため応戦がかなり厳しい状況であるとの報告が入り。


「宮廷魔術師も伴っており、いざという時の転移の準備もしていたようなのですが。結局のところそこで通信が途切れ、手配した兵たちが遅れて馳せ参じた頃には、見るも無残な惨状しか残っておりませなんだ……」

「……生き残った者は」

「残念ながらその場には。もしかしたら運良く落ち延びている者もおったやもしれませんが、今のところそういった者の報告は受けておりません」


 と、宰相が重々しく事情を説明してくれる。

 まあ、仮に生き延びていたとしても、王子殿下を守れずに自分だけ生き残っておめおめと姿を表すのはなかなかに勇気のいることだろうとも思う。


 私なんかは、生きるも死ぬも運なのだから、拾った命を恥じることなく生きて名乗りでればいいと思うほうだけど、王宮仕えで王族付きになんてなったらそうも言えないんだろうなあ……。


 なんというか、そういうの、悪習だよね。


「兄上の消息は」

「多くの人員を割いて捜索はさせておりますが。未だ此度こたびの事件を表立って公表すべきか否かも定まらない状況でもあるため、かんばしい結果はまだ」


 相手側の目的もはっきりとしない状況で(王子だと知らずに偶然賊が襲撃しただけなのか、それとも王子と知って襲ったのかってことね)、第一王子の失踪、しかも王位継承権を持つ人物の行方不明の話を公表していいか、まだ結論が出ていないのだと宰相が言う。


「公表はして構わん。俺が父上と兄上の代わりに国王代行として立つ。だから、国をあげて捜索にあたれ」

「は……」


 要するに宰相たちは、公表することで市井に落ち延びている王子に逆に危険が迫らないか心配していたために公表を渋っていたようだが、エリクはそこは押して公表していくようだ。


「生きている状態で見つけ出した者には褒美を、そうでない状態で見つけ出したものは話を詳しく聞き出し対処する」


 いずれにせよ、王族の行方があやふやなままよりは、生死も含めてはっきりとわかるに越したことはない。その結果、悲しい事実が待ち受けていたとしても――。

 そのあたりを、感情的にならずに淡々と采配できるあたり、確かにエリクには兄や周囲の人たちのいう通り、人の上に立つ才覚はあるのだろうなと隣で見ていた私であったが。


「また、俺が国王代行としてここにいる間は、彼女を婚約者として滞在させる」

「な……!」


 エリクの言葉に、殿下……! とコーネリアス宰相が声を荒げる。


「なんだ」

「なんだではありません。そんな、素性もわからない怪しい娘を……」

「素性ならば先ほど名乗ったではないか」


 コーネリアス宰相の抗議をエリクがさらりとかわす。

 

 ――そう。

 いつのことだったかは正確に覚えていないが、私はエリクに自分が爵位持ちの貴族の娘だと言う話は割と前に話していたのだ。


 多分、一緒に生活していて「びっくりするくらい生活能力がないな……」と呆れられた時だったと思う。

 しょーがないでしょーが! そういう暮らしをしてこなかったんだから!

 と、その時に生まれとか生い立ちの話をしたんだ。確か。


 今思うと、エリクだっておんなじよーな、というか私よりもよっぽど生まれのいい身分なくせして、なんであんなに生活力に長けてるんだと思う……。


「そんな、名乗ったところで、その身分が本当かどうかも怪しいのでは……!」

「では、確認を取れば良い」


 クレイドル家に使いを出して、本当にニアという名前の同じ年頃の娘がいるのかを確認すればよいだろうとエリクが言う。

 この点においてもエリクとはすり合わせ済みだ。

 しかも、家からはほぼ勘当同然で追い出されているので、特に仕度金を払ったりとかの計らいは不要だとも話をしている。


 男爵家とはいえ、貴族は貴族。

 多少玉の輿感が強いが、庶民ではないのだからさほどあり得ない婚姻ではない。

 しかも、エリクの母親もさほど変わらない出自なのだ。

 これで私の爵位を侮辱したら、エリクを侮辱するのとも同義になる。


 故に、一応、王族を敬うべき立場である宰相は、強く出ることもできないのだろう。


「身分が本物であれば問題はないのだろう? 他に言いたいことはあるか?」

「……いえ」

「よし。じゃあヒース、すぐにでもクレイドル家に使いを出し、身分を確認するよう頼む」

「は」


 エリクがそう言って、いつのまにか部屋に控えていたもう一人の執事らしき老年の男性に声をかけると、命じられた男性はぴしりと短く返事をした。


「ああ、そうだ。あと、彼女に王宮図書館の閲覧権限も出しておいてくれ」


 どうせ、後から必要だと言い出すだろ? と、エリクがこちらに向かって軽くウィンクをしてくるので。


 ほんっとに気の利きすぎるほどに気が利く男だよ……!

 と思いながら、心の中で喝采を上げていた私なのだった。

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