第14話 望まない王位
「一部の人間が、兄ではなく俺を王位に、と言い出し始めたんだ」
俺は、そんなことは望んでいなかったのに。
あくまでも、兄が王位についた国で、それを支えていきたかったのに――。
「兄とも仲違いをしたくなかった俺は、その想いをそのまま伝えたら。兄は俺にこう言った」
――実のところ自分も、己よりエリクの方に王の特性があると思っている――と。
「俺はなんて言えばよかったんだ? 俺が王になるとでも言えばよかった? あんなに、王になるべく学びを続けてきた兄を差し置いて、そんな覚悟もできてない俺が?」
だからエリクは、兄に願い出た。
――自分を、王宮から出してほしい、と。
自分は王になる気はなく、あくまでも兄を支える存在でいたいのだと。
ここにいると、自分の望む望まない関わらず、そんな声が上がるのならば。
いっそ離れて、外で見聞を広めて来たい。
外交も兼ねて、王宮の外を巡って、いろんなひとたちを見て。
外から兄を助けようと。
そう願い出て王宮から出してもらい、冒険者に身をやつしていたのがこれまでの経緯なのだと、エリクが語った。
「――思った以上に重たい話だったわ……」
「だから言ったろ? 俺の境遇は割と重い、って」
ひととおり話終わってスッキリしたのか、そう告げるエリクの表情はさっぱりと明るいものに戻っていた。
「でも、エリクがお兄ちゃん大好きっ子なのはよくわかった」
「そう。俺、重度のブラコンなんだ」
「そうねー……」
「母親が死んだ時、妾でしかない母は王家の墓地に埋葬できないってしきたりをなんとかしようと、俺以上に頑張ってくれたのもあの人だったから」
だから、返しきれないほどの恩があるのだと。
エリクの言う話を、実際に目の当たりにしたわけではない。だけど。
――母親が死んで、悲しむ弟のためにと
確かにそれは、人よりも少し薄情だと自覚のある自分にさえ、胸を打つものがあった。
「じゃあ、なんとしてでもお兄さんを見つけないとね……」
「ああ」
エリクが、手にしたクレープをぺろりと食べきり、短く答えた。
――そうして、ちょうど話終わって少ししたタイミングで。」
私たちは王宮の正門まで、辿り着いたのだった。
◇
「――恐れ入りますが、王宮へ御用のある方はどなたとお約束があるか、身分と名前を名乗っていただきたい」
お決まりのテンプレート見たいなセリフで、門を通ろうとした私たちに門番が威圧的に立ちはだかる。
ザ! 門番! みたいな門番。
こういう人たちって、どこで見ても同じ人物なように見えるのは、している格好のせいなのかしらね……。
と、そんなどうでもいいことを考えながら、隣のエリクがなんとかしてくれるでしょうと鷹を括っていたら、想定通りエリクが物おじしない様子で門番に答える。
「約束はない。第三宮殿の執事を呼んできてほしい。第二王子エリクトールが帰還したと」
「はあっ……? お、王子……?」
エリクの身分を聞いた途端、それまで不遜な態度をとっていた門番が分かりやすく動揺を見せた。それから「か……、関係者を呼んでくるから、そのままそこで待っていろ! いや、お待ちください!」と言い捨てて、もう一人の門番を残して立ち去っていく。
「……本当の名前はエリクトールって言うんだ?」
「まあ、箔付けあるあるだな」
隣の私のつっこみに、エリクがそう言って苦笑した。
そうして、しばらくの間そこで待たされていると、間も無く「どうぞ、お通りください」と言われて王宮内部へと案内される。
案内される途中、「あの……、その方は」と私を伺うような案内係の言葉に、エリクが「連れだ」と短く答えていた。
うーん。
王宮とか久しぶりに来たな。
つっても、私が知ってるのは数百年前の王宮だしな。
あれから建築様式とかもだいぶ変わってるよね。
とか思いながら、物珍しげに(とはいえあからさまにならない程度に)王宮の様子を眺めていると、やがて前方から初老の男がお供をぞろぞろと連れて現れでた。
「エリクトール様、よくぞお戻りになられました」
「ああ」
「兄上様のことは、誠に申し訳なく……」
「謝罪はいい。取り急ぎ、状況を早く聞きたい」
「は。この近くに部屋を用意しておりますのでそこにて……」
「ああ」
「……あの、こちらの女性は」
そこで、ようやく初老の男が私の存在に気がついたのか、ちら、とこちらに視線を寄越しながらエリクに向かって尋ねた。
「ああ。紹介が遅れたな。この女性は――俺が妻に迎えたいと思っている
瞬間。
その場が凍りついたことを、私はなんと形容すべきであったろうか――。
こともなげに宣言するエリクに対して、固まる面々。
――いやっ! 実際私も固まったけどね! 咄嗟のことで!
そういう話で来ているのは承知の上とはいえさあ……!
ちょっ! そこの兵士! 頭から足下まであからさまにじろじろ見るんじゃないのっ!
という心の声はおくびにも出さず。
「申し遅れました。わたくし、クレイドル男爵家の嫡女で、ニア・クレイドルと申します。以後、どうかお見知り置きくださいませ」
きらきらきらきらきら〜、と。
かつて習った淑女教育のすべてを込めた、渾身の作法でお辞儀をした。
ふっ!
……完璧だ!
どうだ驚いただろー!
ぱっと見、冒険者風の服装をした女が、よく見ると美女でしかも貴族とか名乗り出して世にも美しいお辞儀を見せたんだぞ!?
驚きのたまえ!
と、内心でふんぞりかえっていた私に、周囲が「お、あ、あ……?」と微妙な空気を返して来た。
……え、なんでよ……?
あ、ちょ、エリクまで驚いたような顔しないでよ!
傷つくでしょ流石にいい!
ひゅるり〜、と、私の心の中に冷たい風が通り抜けていく中、悲しいくらいエリクからのなんのフォローもなく「とにかく、詳しい話を」と話を切り替えられたのだった。
この恨み、覚えておくからな!
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