第13話 王都入りとエリクの兄

 ジグリス王国、首都ファタル。

 温暖な気候に広い領土、肥沃な大地を持つこの国は、大陸の中でも有数の強豪国とされている。


「あっ、ねえ。あそこのクレープ買ってもいい? あとコーヒーも!」

「おい、観光じゃないんだぞ」


 そう言って呆れるエリクに「なによー」と答えてやる。


「だってえ。転移するのにめちゃくちゃ魔力使ったし……。せっかく首都に来たのに! 甘いもの摂取したいじゃなーい!」

「お前……。俺がお前にそう言われると、何もしないで連れてきてもらった俺が言い返せないのわかって言ってるだろ……」


 ――ご名答。

 さすが、わかってるなあー!


 とはいえまあ、私の分の荷造りとかもしてくれたし、別にエリクも何もしてなかったわけじゃないけどね!


 結局、こうやって呆れながらも私を甘やかしてくれるエリクが居心地良くて、半年もずっと一緒にいられたわけなんだけどね。


 ほらほら。なんだかんだ言っても結局いまも、クレープを買いにクレープ屋さんに向かって足を向けてくれるしさあ。


 優しい。

 まじ神。


「で、どれがいいんだ?」

「これ。このチョコとバナナと生クリームのやつ」

「へいへい」


 そう言うと、注文したクレープのお金を払ってくれて、出来上がったクレープを「ほら、こぼすなよ」と私に渡してくれる。


「わーいわーい! ありがとーエリクー!」

「こどもか……」


 言いながらも、エリクも自分の分で注文したクレープを齧りながら、再び王宮のある方向へと向かって歩き出す。


「でもさ、なんでわざわざ王都を経由したの? 一足飛びに王宮に転移することもできたのに」

「言いたいことはわかるが。いきなり王宮内に魔術で転移してきたら警戒されるだろ」


 私の規格外の魔術の強さは、味方であるならば心強いが、そうでない場合には相手にとって脅威になる。もし本当に宰相が黒幕なのであれば、最初から私に注目を集めさせる形にはしない方がいいと思ったというのがエリクの言い分だった。

 

「王宮には、外敵からの攻撃や侵入を阻むための魔術防壁が張られてる。ニアだったらそれらをかいくぐって入ることもできるかもしれないが、そんなのが突然現れたら脅威でしかないじゃないか」

「確かに……」

「だから、一旦王都に飛んで、正規の手順を踏んで王宮入りした方がベターだろ」


 なるほど、全く。

 反論の余地もない。


「それと、聞きたいことはもうひとつ。なんであなたは、自分の立場や責務をおいて、冒険者なんてやってたの?」


 そう。

 これは、エリクから話を打ち明けられた時に気になっていたことだ。

 エリクは「5つ上の兄のおかげで、王宮から出させてもらって冒険者をしている」――と言った。


 でもおそらく普通に考えて、これは特殊ケースだ。

 だって、庶子の王子といえど、王子には変わりない。

 本来与えられるべき王族の責務を離れて、なぜ冒険者をしていたのか。

 そこには何か、理由があったのだろうと思ったのだ。


「ああ、まあ、そうだな」


 私の言葉に、エリクが一瞬言い淀む。


「言いたくないなら、無理に言わなくていいけど」

「いや……」


 それとなく――、注意深く。

 彼の様子を伺いながらも、答えを待つ。


 エリクの兄弟構成まで聞いていないが、あの時――兄が失踪して、王族不在の今――というようなことも彼は言った。

 ということは、兄とエリクの二人兄弟の可能性が高い。


 そんな状況で、数少ない王位継承権を持つ人間を外に出すというのも、すこしいびつな気がしたのだ。


「いや、そうだな。……ちゃんと伝えておいた方がいいか」


 ここで話すのもどうかと思ったが、王宮内に入ってからの方がどこで誰が聞き耳を立てているかもわからんしな、とエリクがこぼす。


「――遮音の魔法を使うこともできるけど」

「ここでか?」

「もちろん」


 そうエリクに答えると、小さく呪文を唱え、即座に私とエリクの周囲に見えない遮音の壁を張り巡らせる。


「すごいな……、魔術ってのはなんでもできるんだな」

「なんでもはできないわよ。ある程度のことはできるけど」

「そうか」


 そう言うとエリクは、ふう、と小さく息を吐き出してから、とつとつと語り出した。


「この間も話をしたと思うが。兄は正妃の子供で5つ上で、俺は国王が侍女に手をつけて生まれた、まあ兄やその母君からしたらなんだそれはっていう存在だな」


 自嘲気味に言うエリクが詳しく説明してくれる話によると、この国は基本一夫一妻制なので、あまり妾の存在をよく思わないのだそうだ。

 国王と正妃の間にどれだけ夜の営みがあったのかはわからないが、第二子を産めずに他の女に手をつけられ子を成したということは、正妃の側にとっては自分が無能だとレッテルを貼られているようにも感じるものだそうで。


「俺の母は、侍女とはいえ王宮仕えできるくらいだから、まあそこそこ爵位のある家柄の娘だったんだな。とはいえ既に正妃がいて、一夫一妻制をうたっているこの国では、側妃に召し上げることもできず。愛妾兼第二王子の母として、ひっそりと王宮に置かれることとなった」


 正妃は分をわきまえた賢い女性だったために、はっきりと表立って嫌がらせをするようなことはなかったが、さりとて王宮内で肩身の狭い思いをしていた親子に手を差し伸べるということもなかった。


 王宮内の離宮で存在を消して生活していたエリクと母は、国の政権とは関係のないところで、ある程度の年齢になるまでは静かに暮らして居たのだそうだ――が。


「そこに現れたのが、兄上だった」


 ――君が、僕の弟か。はじめまして――。


 と。

 当時齢10ほどになるエリクの兄が、どこから聞きつけてきたのか自分の腹違いの弟がいると言うことを知り、どんな弟なのか見たくて、わざわざ会いにきたのだそうだ。


「あんなに心根の優しい人間を、後にも先にも俺はまだ見たことがない」


 そう言って、私の隣で懐かしそうに、優しげな表情で兄を語るエリクの表情からは。

 エリクにとって彼が、いいお兄さんだったのだろうということがひしひしと伝わってきた。


「兄のおかげで、俺は学問や剣術に触れる環境を得ることができた。兄は、王族内でいがみ合うことになんの意味があるのか、王族にとって、国を良い方向に導く以上に大事なことなどあるのかと、俺によく語ってくれた」


 だから俺も、兄が王になった時のために支えられる人材になるべく、己を研鑽していこうと思っていたのに――。と。

 そこまで述べた後、エリクの表情が急に曇り出した。


「一部の人間が、兄ではなく俺を王位に、と言い出し始めたんだ」

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