第12話 ルーティーンと出発
そうして、エリクの実家である、ジグリス王国の首都にある王宮へと出発する日の朝。
出発に向けての荷造りはエリクがしてくれると言うので、すっかりエリクに飼い慣らされてしまっている私は、おとなしくエリクの言葉に甘えていつものルーティーンをこなしていた。
――私のルーティーン。
それは、毎朝起きたらすべての呪文を最低2周そらんじることだ。
一応言っておくけど、そらんじるだけよ?
実際に使うわけじゃないのよ?
なんで? って思う人のために、一応ちゃんと説明させていただくが。
――人の脳は、使わないことで忘れてしまう。
よく使う術は比較的問題ないが、そうでもないものに関してはいざという時にど忘れしてしまう恐れがある。
それじゃあ術など何の役にも立たないじゃないの。
今の時代、無詠唱魔術が主流なのだから別にいいではないか――という意見もあるかもしれないけどね。
それはそれとして、先に論じた通り、無詠唱魔術を使うには媒介として道具が必要となるわけで。
使えるすべての魔術を魔道具に掘り込んで、マジックバックにでも入れて持ち歩くことだってできなくはないけど、じゃあそのすべての魔道具を作るのにいくらお金がかかるかって話だし、さらにそれだけの量を入れられるマジックバックが一体いくらすると思ってるんだって話だ。
あと、これが一番大事なのだけど。
普段から魔道具での無詠唱魔術に頼りきりになりすぎると、いざ何かトラブルがあって、魔道具が手元にない状態になった時に、何もできなくなる。
だから所詮、簡略化は簡略化なの。
すべての基本を体得した上で使わないと、あまり意味がないと私は思ってる。
まあ、言うよりはやるが
朝の鍛錬ついでに、今日は呪文をそらんじるだけではなく、実際の魔力発動訓練もやっておこう。
王都に行ったら、気軽に鍛錬場とか使わせてもらえるかどうかもわからないしね!
ヴン……、と、マジックバッグから取り出した杖を手に取り、目標地に向かって身構える。
そうして杖に彫り込んだ呪文に指で触れ、そこに魔術を流し、それを呪文詠唱の代わりとして術を発動する。
『
最後のキィスペルについては、省略せずに声に出す。
すると、ずうううううううん! という盛大な音と共に、巨大な岩壁が現れる。
そこに、手にした杖の別の箇所に掘り込んだ別の呪文に触れ、次の魔術を発動すべく魔力を流し込む。
『
どぉーーーん! と、間髪入れずに音を立てて、自ら生み出した岩壁にこれまた自ら生み出した炎の塊がぶつかる。
魔術がぶつかった岩壁には、焦げ跡がくっきりと残り、中程までえぐれた程度だ。
まあー、こんなもんか。
これでも普通に下級の魔物くらいだったら一撃で倒せるんだけど。
さて、次は。
『――風よ、舞い上がれ。炎を起こせ』
魔術の元となる、古代語を用いて呪文を唱える。
言葉を紡ぐほどに、先ほどの無詠唱での術式とは比較にならないほどの負荷が体に巡る。
『……満ちて満ちて。我が敵を灼き滅ぼせ――、
瞬間。
どごおぉおおおおおおおおぉん……!
と。
先ほどは少しえぐれただけでしかなかった石壁が、魔術が当たった衝撃で、大きな音を立ててガラガラと崩れ落ちた。
うん、まあまあかな!
簡単に説明すると、結局、術の発動に
本来、魔術というものは体内に満ちる魔力をスペルワードと共に練って練って、最終的に膨れ上がらせたものをキュッと締めてバン! と出す(感覚ね、感覚)なのだが、無詠唱で発動するとあんまりこの感覚がない。
だからなのか知らないけど――、というか多分そうなんだけど。
最近の魔術師は、魔術の練り方もあんまりうまくないし、それ故にみんなが体内に保有してる魔術量も昔と比べて減ったねー、って感じがすごくするのよねー。
肺活量とかと似てるかどうかはわからないんだけど、魔力って練れば練るほど大きくなるような気がしてて。
だから、最近の魔術師の魔力量が貧弱になっちゃったのは、かつて私が無詠唱魔術とかを生み出しちゃった弊害かなあ〜、ごめん! という気持ちがあったりなかったりもする。
「おー、やってんなー」
そんなことを考えながらひととおり魔術の試運転をやっていたら、そろそろ終わりにするかなというタイミングでエリクがやってきた。
「終わったの?」
「それはこっちのセリフなんだが」
荷造りができたかという意味で尋ねたのだが、逆にエリクからは朝のルーティーンは終わったのかと問い返されてしまった。
「終わった終わった。ちょうど今ね。そっちも準備ができたなら、転移陣を作る準備をするけど」
「おお。俺はもういつでもいいぞ」
そう言ってにかっと笑うエリクに、「じゃあやりますか」と答えて、準備を始めることにした。
エリクがダイニングに用意してくれた荷物の前に立ち、私は、何もない空間にすっと指を立てる。
そのまま、指先に魔力をこめながら一筆書きで魔法陣を宙に描いていく。
人差し指と中指を駆使しながら、円を描くように素早く描かれる幾何学模様。
これはあれね、無詠唱魔術で呪文を描く要領で魔法陣を描くわけよ!
それも私が前世で開発以下省略!
「でーきたっ!」
「……あのな。すごい集中してたから黙って見てたけど。お前なんでもできすぎてなんかもう」
転移術式なんて、宮廷魔術師でもごく限られた人間しか使えないんだが――、と、なぜか半ば呆れたような様子のエリクにそう尋ねられる。
「やだなあ。細かいこと言いっこなし! 感謝しよ! ね? 冒険者コンでこんな凄腕魔術師を引き当てた自分の引きの良さを!」
「まあそれについては異論はないんだけどな……」
そう言いながらじとりとこちらを見つめるエリクに、「ほらほらあ、そんなこと言ってないでさっさといくよ!」と肩をぱしぱしと叩いて。
ぱあん! と両手を強く叩きあわせて、宙に書いた幾何学模様を起動させる。
瞬間。それまでも淡く輝いていた転移陣が、ぱあっ――と強い光を放ち始めた。
「早く早く。魔力が通じてるうちに入らないと」
そう言いながら私は、転移陣を眺めていたエリクに向かって、手を差し出した。
「ああ。じゃあ――、いくか」
エリクがこちらに向かって頷き、ぎゅっと力を込め、私の手を取る。
転移陣の座標はこの国の王都だ。
街に着き次第、王宮を目指していく。
そうして、私たちは、半年間慣れ親しんだ住処から、次の場所へと旅立ったのだった。
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