第11話 一方、半年前のクレイドル家
「旦那様……、よろしかったのですか? ニアお嬢様を追い出して……」
私の名前は、セバスチャン・ルノー。
クレイドル家の家令である。
先日、この家のご家族一同が、長女であるニア様を追い出してしまったのだ。
「セバス……、何を
ニア様の兄君である長兄の婚約も決まり、末娘のメアリ様のお相手も決まったのだ。
ご長男の娶ったお相手がこの家に嫁いでくるときに、評判の悪い嫁き遅れ(とはいえニア様はまだ18歳であらせられるが)がいては、世の評判にも関わろう、と旦那様がガハハと笑う。
……まあ、旦那様の言い分もわからなくはないのだが……。
正直、この家の家人のなかで、一番能力的に優れていたのはニア様だった。
それこそ、他のご兄妹は華美に彩るために大金を使うことしか知らない方ばかりだったが、ニア様はちゃんとお金の価値というものをわかっておられた。
ご自分で稼いだお金のうちの一部をちゃんと家に入れられ、時に領地の中で農作物や魔術資源的に価値が出そうなところを教えてくれ、クレイドル家の収益となる一助となっていたのだ。
ニア様曰く――「自然の摂理と魔力は切っては切れない。だからまあ、こういったことで知り得た
確かに、普段は魔術にのめり込み、怪しげな研究をしているように見えたお嬢様ではあったが、客観的に見て一番まっとうな人物でもあらせられたのに。
それにひきかえ、旦那様は――。
「旦那様、今年の領地の作物の収穫率ですが。今年は乾季が長く、作物の出来が良くなかったため、昨年よりも収益が2割減となる見込みでございまして――」
「なんだ、そんなもの。領地民から取り立てる税を2割引き上げれば良いではないか」
「……」
――この有様である。
「旦那様。それでは領民が飢え、民の作業効率や生活水準に影響が出ます」
「そんなもの、一時下がっても来年よくなればまた元に戻るであろう」
何を言っておるのだ、セバスは――? と。
心からそう思っている様子の旦那様に、内心でこっそりとため息をついた。
――残念ながら、我が領地の主人は無能なのである……。
唯一救いがあるとすれば、中途半端に能力があるのではなく完全に無能であるが故に、それらしく言い含めれば丸め込むことが容易いことだ。
「旦那様。でしたら私に良い案があるのですが、お任せいただけないでしょうか?」
そう、旦那様に向かってにっこりと笑みを浮かべながら、進言する。
昨年の収穫で多く採れ、男爵家の備蓄用に保管していた作物を領民に配給し、その分今年の収穫は前年通りに徴収する。
鮮度は落ちるが食べられないことはないので領民にとっては補填にはなるし、こちらとしても税の徴収を下げないで済むので痛手が少ない。
一時的に備蓄がなくなるのは損にはなるが、どのみち抱えていても金にならない財なのでさほど大きな痛手にはならない。
そう説明すると「うむ、ならばお前の采配に任せる。下手をこかないならばなんでもよいわ! がっはっは」と了承が得られたので、とりあえずはよかったとほっと胸を撫で下ろした。
正直、悲しいことだが、尊敬に値する主人ではない。
しかし逆に、私の裁量である程度なんとかできているが故に自分の家族や領民を守れているのだと思うと、この地位を辞めることもできない。
後継者であるご長男も、父親を判で押したような似た者親子であるので、少なくともこの先のこの家の改善は見込まれることがない。
――せめて、ニア様がこの家を継いでいてくれたら――。
旦那様のおっしゃる通り、確かに魔術に傾倒しすぎるきらいはあったが、頭の良い方であったため、話せば理解を示してくれるし、温情もある。
なぜこの家族からこのお方が生まれたのかと思えるほどにはまともな人材であったのに。
――この親子はきっと、死ぬまであのお嬢様の価値を知らずに生きていくんだろうな――。
そんなことを思いながら。
差し当たっては、ニア様から月々いただいていた分の金銭の補填を、どこで埋めるべきか。
この家族がニア様を追い出した時、仕事で邸宅を離れていた自分のタイミングの悪さを死ぬほど後悔しながら、とぼとぼと仕事に戻るのであった。
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