第10話 結婚がダメなら婚約しよう

 …………。

 ………………?


 何言ってんのこの人?


「いや、今、結婚がダメって話をしてなかった?」

「してた。だけど、婚約をしたからって結婚をしなければいけないということはないだろ?」

「婚約って普通、結婚を前提にするものだと思うんだけど……」

「普通はまあそうだな」


 と、私の言葉にすんなりと頷くエリクだったが。


「まあ待て。俺がこの話を切り出すにはちゃんと理由がある」


 ややドヤ顔で、理由があるから最後までちゃんと話を聞けというエリクに、「えぇ……?」とは思いながらも改めて聞く体勢を作る。


「まず、俺が今これで、国に帰るとする。そうするとどうなると思う?」

「どうなるって……」

「兄がいなくなった今、周りはみんな俺に早く後継ぎを作れっていうだろ。そうするとみんな、適当な女性を俺に押し付けようとしてくるじゃないか」

「それは、まあ……」


 適当かどうかはわからないけど、もしかしたら次期国王になりそうな男に自分の娘やら家族をくっつけておきたいと思うのはまあ普通のことでしょう。


「そんなところにニアを連れて帰ったらどうなる?」

「どうって。ただの助っ人、もしくは冒険者仲間でしょ?」

「はいそれ。それだ」


 ……え?

 いや、なにがなのか全然よくわからないんですけど!?


「どう考えたって、俺の周りのやつらはニアが邪魔になるわけだ。だってみんな、自分に近しい女性を俺にくっつけて、自分の立場を有利にしたいわけなのに、一番近くに女がいるんだ。そうするとどうだ?」

「……邪魔な私を排斥しようとする……?」

「そうだ。正解だ」


 わーい! 正解だー!

 なんて思うよりも、なんとなく話の先が見えて、じわじわと嫌な予感がしてきた。


「ただの客人としてニアを置いておくと、どうしたって何かめられた時に守りきれないだろ。というかめられる可能性が高いと思わないか? それよりも婚約者として連れて帰れば、誰もおいそれと手は出しにくくなる」


 言っている意味はわかる。

 わかる、けれども――。


「婚約者としてついていったって、結局邪魔なことには変わりないんじゃないの?」

「でも、王族の子をなしているかもしれない女性を、おいそれとは追い出せないだろ」

「……子、っ……?」

「事実はなくても、そう思わせておけばいいって話だ」


 そう言ってエリクが、私に向かってニヤリと笑う。

 う、うおお……!

 この人、思った以上に策士だった……!


「だから、ニアが今回、俺についてきてくれるというのであれば、婚約って形にしてついてきてほしい。その方が俺としても安心できるし、兄の問題が解決するまでにニアに結婚するって言ってもらえるような努力は見せる」

「ちょ、ちょ待って、その、結婚するって言ってもらえる努力って何!?」

「そんなの、今具体的に思いついているわけないだろ。……もちろん、問題が解決した時にまだ、ニアが結婚したいって思えていなかったのであれば、その時は婚約は解消してニアの好きにしてくれればいい。俺は別に、ニアを縛り付けたいと思ってるわけじゃないからな」


 え〜〜〜と……。


 エリクの話に、未だ眉間に皺を寄せたままの私に、「だからな、要点をまとめると」と言って、エリクが話を整理してくれた。


 エリクのお兄さん探しで、私がエリクについていってる間は【婚約】という形で一緒にいる。

 それは、必ず結婚しなければいけないわけではなく、あくまでも城での私の立場を守るためのもので。

 問題が解決した時、私にそのまま結婚する意志が持てないのであれば、婚約を解消して好きにしていい、ということ。


「え……、なんかそんな、あやふやな感じで婚約ってしていいものなの……?」

「普通はしないだろうが、言わなきゃ周りにはわからないし、今回はそれが最適案ならそれでいいんじゃないか?」


 …………。

 そう、なのかなぁ……?


「……行ったら、超特急で婚約から結婚させられるとかいうことにならない?」

「ならないだろ。王族の結婚だぞ」


 普通は婚約から結婚まで半年から1年かかるのが普通だろ、と。

 ……まあ、確かにそれはその通り……。


「それに、兄のことがあるから、それが片付くまでは具体的には何も進まないと思うぞ」


 つまりそれは、問題解決までは明確に猶予があるということで。


「……え〜〜〜〜〜、じゃあ、とりあえず婚約者って形でついてくうううう?」

「……。そんなに嫌なのか……?」


 逆に、そんなに嫌がられると思っていなかったから、いくら俺でも傷つくんだが……、というエリクに。


「いや、嫌って言うかさあ……」


 婚約が嫌とか云々より、騙していくっていうことがなんか引け目あるって言うか……。


「騙してるわけじゃないだろ。だって実際に俺は、婚約してもいいって思ってるわけだし」


 結婚したいと思ってる相手を連れて帰るという点では、なにも間違ったことは言ってないだろ? と。

 珍しく押しの強いエリクに、だんだんこっちも「そう言われたらそう、かなあ……?」という気持ちになってきて。


「……わかった。それが、エリクにとっても、やりやすい方法って言うんだったら……」

「よし。じゃあ決まりだな」


 ということで、結局私が、エリクの婚約者として同行することが決まった。


「でもさ、なんか無理強いみたいな形でついてこさせるようなことにはなったけど。俺はニアがついてきてくれて本当に心強いよ」


 そう言うエリクの表情が、心からそう思って安堵しているように見えたので。

 最終的には私も、エリクがいいと言うならまあいいかということで落ち着いたのだったけれども。


 それにしても、王子殿下の婚約者(仮)か……。

 人生って何が起こるかわからないね!

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