第9話 多分、お前のこと好きなんだと思う

 ジツハオレ、コノクニノオウジナンダ――?


「………………ん?」

「実際には、国王が城の侍女に手をつけて生まれた庶子だけど」


 ――いちおう、王位継承権もある――と。

 突然そんなことを言い出すエリクに、私は目が点になる。


「5つ離れた兄がいてな。その兄のおかげで、俺は王宮から出させてもらって、こうして気楽に冒険者をさせてもらっていたんだが」


 先日、その兄が行方不明になったという話を耳にしたのだと、エリクが言った。


「行方不明……?」

「ああ。馬車で移動中に賊に襲われ、そのまま消息が知れないらしい」

 

 同行していた護衛たちは全滅。

 生死もわからないまま今に至っているのだと。


「……犯人の目星はついてるの?」

「いまのところ、推測でしかないが」


 私の問いかけに「俺はおそらく――、この国の宰相であるコーネリアス公爵なのではないかと思う」とエリクが小さな声でぽつりと答えた。


「大きな声では言えないけどな」

「それってつまり……、宰相が王家乗っ取りとかを企んでるってこと?」

「まあ、そういうことになる」


 と、私の言葉に苦笑で返しながら、結構な重大な事実をこともなげに言うエリクだったが。


「えっ……と。今ものすごくさらっと言ったけど、それ結構大事おおごとよね?」

「そうだな」


 私が詰めても、相変わらずの飄々とした余裕な態度だ。


「それで――、エリクはどうするつもりなの? お兄さんを探しに行くの? それともその宰相とやらを締め上げにいくの? というか国王は健在なんでしょ。なにやってんのよ」

「公表はされていないが、国王は長いこと病に臥せってるんだ。だから名代として兄が国王代行として政務を果たしていた」


 今となっては、その国王の状態さえ、公爵の差金なのではないかと思われるがな――、と。


「すぐにでも兄を探しに行きたいのが正直なところだが、まずは一旦王宮に戻ろうと思う。この事件が宰相のせいであってもそうでなかったとしても、向こうにとってはこれは好機だ。王族不在でやりたい放題できる状態にさせないためにも、まずは帰らないと」

「じゃあ、私もついてく」


 正直――、考えるよりも先に口をついて出ていた。


「だって、お兄さんを探さなきゃいけないんでしょ? だったら、多分私の魔術が役に立つ」

「しかし――」

「心配しなくても! そんじょそこらのやつらにやられるほど私弱くないし。別に、エリクが王族だって知ったからって権力におもねろうとかそういうつもりも一切ないし。私はただ、この半年エリクの相方としてやってきて、困ってる相方を助けたいって、それだけよ」

「ニア……」

「それに! この半年ですっかり誰かさんに骨抜きにされて、私もうひとりで生活するだけの生活能力ないんだから! あといろいろ立て替えてもらってたお金もまだ返せてないから!!」


 ここで放逐されても逆に困るわ! となるべく重たげな空気にならないようにからりと告げる。


「本当に……、本気で言ってるのか?」

「こんなこと、冗談で言うタイプじゃないって知ってるでしょ」


 戸惑うように私に向かって尋ねてくるエリクに、なに言ってんだと言わんばかりに堂々と言い返してやる。


「そうか……」

「うん」


 後はそれきり。

 しばらく考え込むように黙り込んだエリクの、返事を待つ。


「なあニア」

「なに」

「結婚しないか?」

「――――――は?」


 エリクの口から――、本日二度目の、頭を真っ白にさせる爆弾発言が飛び出た。


「俺さ……、多分、お前のこと好きなんだと思う」

「い……、言っている意味がよくわからないんですけど!?」


 エリクの中で、行方不明になった兄を探す話からどうして結婚しようという話まで飛躍したのかがわからず、思わず言い返す。


「ニアはきっと、俺の持ってる重たい境遇にとらわれるより、のびのび生きてる方が性に合ってるんだろうなと思ってたからずっと黙ってたけど。俺、お前といると居心地がいいんだ」

「だから言ってる意味が全然わからないんだって!」


 こっちの質問の答えに全くなっていない言葉を紡いでくるエリクに、なおも言葉を荒げて言い返すが、言い返されたほうのエリクは全く動じる様子もなく。


「――だめか?」

「いや、ダメっていうか……、だって王子でしょ?」

「ああ」

「……あの、王子様には、王子様らしい結婚があると思うんだけど……」

「でもニアは、実家が爵位持ちだって言ってたじゃないか。王族と貴族の結婚なら、別にそんな非現実的な話じゃないと思うが」


 ……まあ、確かにおっしゃる通り。


 とはいえ――、結婚?

 私がエリクと?


 確かに、エリクのことはイケメンモテ野郎だとは思っていたけど、まさかその対象が自分に来るということを全く想定していなかったから、そのためにいまめちゃくちゃ動揺している。


 ……嫌、い、では、ない。

 むしろ、私も居心地いいとは思ってるけど……。


 王族かあ……!

 正直、王族にはあんまりいい思い出がありません!


 と、そんなことを思っていたら。


「いや、もういい、わかった」


 エリクの方で、すっぱりと話を切り上げてきた。

 

「え……」

「即答させられない時点で俺の負けだ。そもそも、今まで俺もそういうアプローチはしてこなかったし、困惑する方が普通だと思う」

「あ、うん……」


 確かにそれはソウネ……!

 

「だからここで、もう一つ提案がある」

「……提案?」

「結婚がダメなら、とりあえず婚約という形で行こう」

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