第7話 新しいダンジョンマスター

「あわっあわわわわあああああわああ!」

「ニア! 大丈夫か!」


 突然のダンジョンの揺れに慌てふためく私と、そんな私に向かって手を伸ばしてくるエリク。


 はっし! とエリクが私の手を掴んだ瞬間、ほぼ反射的に左手の指輪でふたりを包むように防御結界を張った。


「あ――」


 床が――。


 ガラリと。


 突然、沈み込むように地面が崩落していく――!


 やばっ……、流石に、二人分の転移魔術を使う余裕はない!


「ひ……やぁああああああぁあああああああ!」


 そうして――、情けない悲鳴を上げながら。

 私たちは崩落していく地面と共に、地中へと落下していったのであった――。



 ◇



「ん…………」


『ダンジョンのあるじを、書き換えました』


 朦朧もうろうとする意識の中、やけに事務的な女性の声が耳に入る。


『新しいマスター、ニア・クレイドル。を、【志学】のダンジョンのあるじに設定しました』


 新しいダンジョンの、マスター……?


「ん〜……」


 軽く身じろぎする耳元は、なんだかやけに生あったかい。


「ニア」

「ん〜」

「そろそろ起きろ」

「んぅ……、はっ!」


 ゆさゆさと肩を揺さぶられ、それでやや覚醒した私は、その瞬間自分がエリクに膝枕されていたことにようやく気づき、慌てて跳ね起きる。


「ごめん……、意識飛ばしてた……」

「いや、それはいいけど……。聞いたか? 今の」


 今の――?


 エリクに問われて、寝ぼけた頭を振り払うように、深呼吸して意識をはっきりとさせる。


「――新しいダンジョンのマスター、ってやつ?」

「ああ、やっぱり。俺だけに聞こえてたわけじゃなかったんだな」


 まあ、ニアの名前を言ってたしそれは当然か、とエリクが例の卵型の石を手のひらに乗せながらそう言った。


「多分、声の発生源はこれだ」

「――見せて」


 エリクの手の上にあるそのブツを受け取ると、くるくるとひっくり返しながらまじまじと見つめる。


「確かに……、古代語で、私の名前とダンジョンの名前が書いてある……」

「ということは、あのドラゴンを倒したってことがキーになったってことか?」

「多分、そういうことだと思う」


 もしくは、倒した後に、この卵に魔術を流し込んだことがキーになったか。


 前にも言ったが、このダンジョンはもともと、魔術師が魔術の研究のために作ったものだと言われている。

 つまり、このダンジョンを正しく継承するには魔術の知識と魔力が必要なわけで――。


「ところで、なあ。もう一つ気になっていたことがあるんだが」

「うん? なに」

 

 私があごに手を当てて考え事をしている最中にエリクが私の肩を叩き、そのまま目線でとある方向を指し示す。


「……家?」


 明らかに、洞窟の中だとわかる岩天井の下、日光のような光に照らされた、ごく普通の民家がちょこんと建てられていた。


 そう――、洞窟の中の一部に、普通の民家と思しき家と、なぜか周囲に青々と緑が生い茂っている。


「普通の家ね……」

「普通の家だなあ……」


 一瞬呆気に取られ、エリクと目線を交わした後、「……よし」と言っておもむろに立ち上がり、家の玄関と思しき扉に向かって足をすすめる。


「おいおい、誰か住んでたらどうするんだよ」

「誰か住んでたら住んでる人に事情を聞けばいいでしょ」


 と、私がそう答えると「まあ、それもそうだな……」とエリクもあっさりと納得し、黙って私の後からついてくる。


 エリクを後ろに控えたまま、そっと扉のノブに触れてみると、反対の手で持っていた卵がふわりと光り、扉を開錠したように見えた。


「……こいつが鍵だった、ってことか?」

「詳しい仕組みはわからないけど、たぶんそうね」


 言いながら、エリクと建物の中を検分して回る。

 台所、食堂、リビング、寝室――一見してみると普通の家だ。


 しかし。


「誰もいないな……」


 人の気配どころか、主だった家具には大きな布がかけられ、まるで長らく不在にしていますと言わんばかりだ。

 床や家具の上に埃が溜まっていないのは、おそらく先ほどの鍵と共に状態保存の魔術をかけていたからだろう。


「この部屋も、どうやら鍵がかかっているみたいだぞ」

「……貸して」


 そう言って、エリクと入れ替わりドアノブを握ると、先ほどと同じように卵が光り、かちゃりと解錠されたような音が響いた。


「……研究室だわ」


 そして、その奥には分厚い魔導書と思われる本が壁いっぱいに敷き詰められている。

 本棚に綺麗に収められた本のひとつを手に取ってみると、まさに私が求めていた古代魔術の魔術書だった。


「やっぱりここ……、【志学】のダンジョンの主の研究所兼住居だったんだ……」


 ということは……?

 無事目的のお宝ゲット!?

 しかもダンジョンの主が書き変わったということは、ここは私が自由に使っていいってことなのでは!?

 これは……、住まいも魔術書も手に入って、一気に問題解決の予感!


「よかったじゃないかニア。これで、魔導書探すって目的も達成できたんだろ?」


 背中からそう言われて振り向くと、エリクがそう言ってにこにこと心底よかったなと言わんばかりに笑っていた。


 ――あ、そっか。


 瞬間、胸中に満ち溢れていた嬉しさから、つきりと寂しさのようなものが僅かに走る。


 ――ダンジョンの攻略が終わったってことは、エリクともここで終わりか。


 ほんの数日間しか一緒にいなかったけど。

 正直、こんなに一緒にいて、いろんな意味で居心地がいいと思えた人物はいままでにいなかった。


 ――惜しい。


 こんな人材を――、いまここで「お疲れ様でした! じゃあまたどこかで会えたら!」と言って、失ってしまって良いのだろうか――?


 しかも、この素晴らしい魔術書たちと家を手に入れるのに一役買ってくれているのに。


 「はいさよなら!」は、あんまりじゃない――?


「――あの」


 あのさ、と。

 ダメでモトモトがモットーの私が、考えるよりも先にエリクに向かって声に出しながら片手を上げていた。


「ここを攻略できたのは、私だけの力じゃなくてあなたの力もあったからよ。お世辞抜きに、ほんとそう」


 だから、ここから先は提案なんだけど、と。

 キョトンとしながら私の話に耳を傾けるエリクに、言葉を続ける。


「できればこの先も、私とまたパーティーを組んでくれると嬉しいんだけど。もちろん、毎回じゃなくてもお互いの都合の合う時だけでもいいし。なんならこの家に住んでくれてもいいから」


 ちょうど、家無しだった私としては、住む家ができてちょうどいいのだと。

 それに私は家事がからっきしだから、手伝ってくれる人がいると助かるしと。


 そういうと、エリクは少し考えるような表情になった後、「……いいのか? 俺、一応男だけど」と言ったので。


「……え? そういうタイプじゃないでしょ。それに、万が一の時は返り討ちにできるくらいの実力はあるつもりなんだけど」


 と返したら。


 ふはっ、とエリクが笑い、「それもそうか」と言葉を続けた。


「まさか、初めて出た冒険者コンで本当に相方とマッチングするとは思わなかったけど――、これも何かの縁だしな。よろしくな、ニア」

 

 そう言って、片手を差し出してきたエリクに対し。


「こちらこそ。いろいろ頼りにしてるわ。改めて――よろしくねエリク」


 と言って、私はその差し出された手を握り返したのだった。




 こうして私は、冒険者コンで素晴らしい相方を得ることとなったのである。

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