第4話 無詠唱魔術と詠唱魔術
「それにしてもニア……、お前のその魔術、ちょっと規格外すぎやしないか?」
あれから、ここまで来る道中に何匹かの魔物を倒し、エリクは剣を
「え?」
「いや『え?』じゃないだろ。普通、無詠唱魔術であの火力が出るか? 下手すると詠唱魔術よりも威力が出てるんじゃないか?」
と、私に向かってそう突っ込んできたエリクの言う【無詠唱魔術】というのは、今やこの時代では主流となった魔術のことだ。
――それまで、魔術というのは通常、呪文を唱えて媒介にしなければ発動できないというのが常識だった。
しかし数百年前、とある大魔法使いが、杖や魔道具に呪文を彫り込み、それを起動させることで術式を発動することができるという技術を編み出したのだ。
――何を隠そう、これが前世の私の研究テーマで。
実は、私がこの技術を開発したんだけどね! えへん!
――とまあ、自慢もまあまあそこそこに。
この技術を編み出したことで、詠唱にかかる時間が大幅に短縮され、魔術の発動ラグがなくなるという、世にも画期的な革命が起こった。
あえて難点をあげるとすれば、詠唱魔術よりも若干威力が落ちることと、魔道具を用意する材料費がかかることだ。
無詠唱で呪文を発動させるには、魔道具に彫り込んだ呪文に触れ、その溝に自分の魔力を流し込む必要があるため、使いたい魔術を彫り込んだ魔道具を持っていることが必須となる。
大体スタンダードなのは杖に彫り込むことだが、せいぜい一つの杖に彫り込める魔術は4種類ほど。それ以上無理に彫り込むと、発動させる時に発動させたい呪文以外にもうっかり指や手が触れてしまって、うまく術式が発動しないという不具合が起きやすくなってしまう。
まあ逆に、二つの術式に触れて二重発動させるということもできるのだが、そんなことができるのは体内に保有する魔力量が多く、かつ魔力の扱いに長けた上級者だけだ。
もちろんわたしはできるけどね! えへんえへん!
「魔術の二重発動もできて、その上あの威力を出せるのは宮廷魔術師にもそうはいないぞ? 宮廷魔術師になろうとか思ったことはないのか?」
「あ〜、う〜ん。ソウネ……」
親が、許してくれなかったからね〜……。
『そんなもんになるくらいなら、玉の輿にでも乗れ!』というのがうちの親の口癖だった。
この世界における宮廷魔術師というのは、基本貴族社会が強いこの世界において唯一、魔力があって才覚を認められれば爵位や出自関係なく取り立てられる役職なのだが。
それ故に、貴賤意識の高い貴族たちからすると、下に見られがちな傾向がある立場なのでもあった。
なので、テンプレ下流貴族で自意識の高いうちの親が、そんなものを認めるはずもなく。
とはいえまあ私も、興味がなくはなかったから宮廷魔術師について調べては見たんだけど、どちらかというと今彼らが行っているのは【魔術の研究】というよりも【魔道具の研究】に重きを置いてるようで。
悪くはないけど、私が今興味あるのはそっちじゃないんだよなー!
私がやりたいのはあくまでも【魔術の研究】だからなー!
と思って、結局はあまり執着せずに、ひとりで黙々と研究を極めようと思ったのだった。
エリクにはそんな、私の全ての事情を
「そうね。結婚する気がないなら出てけ、って言われて、今よ」
「それで結婚しようとは思わなかったのか?」
「……結婚に興味がないわけじゃないけど。魔術の研究をさせてくれる相手じゃないと、相手にも申し訳ないなって。気の合わない貴族の家に押し込まれても、お互いに良くないと思ったから」
と、エリクには答えたものの、実のところは。
前世でも結局、一度も結婚しないまま――それどころか誰とも恋愛もしないまま生を終えてしまっているので、興味がないわけじゃあなかった――というよりは、むしろある方だと思う。
でもさあ。
我ながら、乙女なことを言う自覚はあるけど。
気持ちが動かないのに恋愛したって、って思うじゃない?
そう。
だから私は、結婚云々よりも多分、恋愛がしてみたいんだろうな。
――そんな乙女チックなことを、口が裂けても出会ったばかりの目の前の男に言うつもりはなかったけど。
そっか、大変なんだな、と相槌を返してくれるエリクに「そうよ、大変なの」と私も軽い相槌で返しながら。
まあ結局は今世も、前とおんなじ感じで魔術の研究に明け暮れるんだろうな、とどこか諦めモードの私なのであった。
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