エピローグ 未来へ

 ゼフィスはエルレーンを世界の外に放り出した後、これまで生きてきた世界から分化し、その後の未来がない世界へと向き直り、入り込んでいく。

 そこは荒廃した世界。自分の暴走によってありえたかもしれない世界だ。見覚えのある面影がほとんど無い中で、魔力の気配だけを追って彼は飛んだ。

 そうして見えてきた地上には誰かが戦う光景が飛び込んできた。

 大男の大剣により倒れこむ長剣の男、それに赤い虚ろな目をし破滅の魔王になってしまったゼフィス自身がそこにいる。

 真紅の大剣を持つ男はゼラードだ。満身創痍ながらも、魔王ゼフィスを倒そうと前に進もうとしている。

 彼を挟むように、ゼフィスは破滅の魔王と対峙する。

 本来ならば二人のゼフィスは存在し得ない。世界のルール上、完全同質の魂は共存できないのだ。

 エルレーンのように外道になればそれも可能だが、世界に対して急激な修正を加えようとすれば、世界自身が反発して抑止力が発動する。

 だが、この世界はもう消えゆく世界なのだ。もっとも可能性が消失した原因は、因果のジレンマの中に消えてしまった。

 だからこそ、この時、この瞬間、ゼフィスは現れなければならないのだが。

『未来か』

 現れた自分に対し、赤い目のゼフィスは呟く。ゼラードはゼフィスに気付かない。振り向く気力すら残っていないのだろう。

 それはそれでゼフィスにとって好都合である。彼はその言葉に頷きながら、彼らの、そして自分への未来のために術式構成を紡ぎ始める。

『我らは見つけられるのだな』

 その時だけは、彼自身もエレンケイアが喋っているのか、意識を乗っ取られつつも生きているゼフィスが口にした言葉なのかは分からなかった。

 だが、赤い目の魔王が言うとおり、そしてエクスレイヤーへ宿らせた過去の自分へのメッセージが未来を作ることを知っている。

 二つのフラグメントスフィアがなければ、希望を繋げたゼフィスは存在しえないのだから。

 渾身の力を振り絞り破滅の魔王に一矢報いようとするゼラードの魂と真紅の大剣とを合わせて、本当に行くべき場所へと送り出す。

「魔王剣。それが救いだ。」

 ゼフィスは万感の思いで呟いた。

 ゼラードを送り出した後はエクスレイヤーの力を本来の世界へと送り出す。御村竜二が魔人化せず、剣のみを引き継いだのはこのせいだった。

 フラグメントスフィアとしては役割を果たすだけの機能しか持たされていない。それによって竜二は過去を失ってしまうことになってしまったが。

『破滅か』

「違う。君がこの世界にいたことを俺は記憶する。そうすることで君は完全に消えない。そして戻るんだ。本来の世界へと。さぁ行くぞ」

 ゼフィスは為すべきことを為し、崩れ行く世界と消え行く破滅の魔王の腕を取り、再び飛び出す。

 彼の重量感も存在していた事すらも徐々に消失いってしまうが、ゼフィスはそれでも引っ張り上げていく。

 目的の世界に辿り着く頃には引っ張っていた存在は消失してしまっていた。だがそれでも共に辿り着いたと思える。

「帰ってきたぞ、俺たちの故郷に」

 ゼフィス・エントクロマイヤーの光の軌跡が、東アジア連邦も日本も藍明守すら存在しない、本当の異世界を照らす。

 エントクロマイヤーの故郷である、世界の果ての小島の古城へと光る流れ星は落ちてゆく。

 そこから始まるゼフィスとエレンケイアを巡る戦いはまた別の話。


                  *****


 数年後。

「ただいまー」

 昔ながらの引き戸を開けて、ゼフィスは帰りの挨拶をする。

「戸締りせずに家を開けてるのか。ラミアのせいだな?」

 声を響かせたのに誰も反応してこないし、玄関は真っ暗。人気がない状態にゼフィスは憤慨する。

「シェニス、リーシャ、入りなさい。ヘルも。」

 ゼフィスにはあまり似ない、赤毛の男の子と黒髪の女の子の子供が玄関に入ってくる。子供たちに続いて黒髪の美女が入ってくる。子どもたちはどちらかといえば、このヘルという美女によく似ている。

「おっと生活様式が違うからな。靴は脱ぎなさい。」

 玄関の電気を点けながら、子供たちに靴脱ぎを促す。土足で家中に上がり込まないのも久しぶりである。

 数年ぶりの居間はあまり変わっていない。季節は春過ぎの梅雨。さすがにコタツは片付けられている。

「くつろいでいなさい」

「陛下、私も」

「私はもう陛下ではないよ。昔のようにあなた様で構わないんだよ、ヘル。」

 知らない家の、知らない様式の、知らない家具を見回して不思議そうにしている子供たちに言って、ゼフィスはダイニングで冷蔵庫を漁り始める。美女が、ゼフィスを手伝おうとして、敬称を使ってしまう。

 ヘル。ヘリアマルト。ゼフィスの妻だ。彼女と二人の子供を作り、家庭を築いた。

 ゼフィスの中に、もうエレンケイアはない。エレンケイアを巡る戦いを故郷で終わらせて、ゼフィスは一度、一国の王になってしまった。彼女が言ってしまったのは、その呼び名だったのである。

「はい、あなた様」

 かつては戦いの中で出会った2人であったが、不思議と相性が良く、すぐに恋に落ちた。ゼフィスは特別愛妻家だったつもりではないが、ヘル以外の女性を側室に迎える気にはならなかった。

「あれ? 誰ー?」

 ゼフィスがグラスに麦茶を注いで、子供たちに出していると、ラミアの声が響いて来た。引き戸の開ける音が妙に懐かしい。

 どたどたと勝手知ったる足音と共に、ラミアが居間に現れる。ゼフィスの記憶の中にある姉の姿を少々ズボラにしたジャージ姿の女性。

「ただいま。カギ閉めないで出るのは、いくらなんでも良くないぞ。」

「久しぶりにその言葉はない!」

「ビックリした。ゼフィス、何年ぶり?」

 ラミアの叫びの後ろから、スーツ姿の記憶から多少老けた男性も現れる。神威だ。

「さぁ。異世界とこちらの世界じゃ時間の流れが違くてなあ。」

 ゼフィスの言う通り、時間の流れは全然違う。ゼフィスは10年単位で異世界にいた。こちらの世界では5、6年しか経ってはいまい。

「まあ、あちらでやることは済ませたからな。これからはここでゆっくりと守護者をするさ。」

「守護者?」

「ああ、世界の守護者。強い化け物が現れたら、エルレーンみたいに世界の外に叩き出す仕事さ。」

 ゼフィスは笑顔で神威に言う。

「大体はライザードに仕事は譲ろうと思うがね」

「ふふ。そうだねぇ。ところで、ラミアが漫画の連載を持ってさぁ。それがライザードをモデルにしたスーパーヒーローモノでねぇ。」

 人間の身体に戻り、ラミアと家庭を築いた神威も、ここにきて学生の時代に戻ったように話を進める。本当はできなかったゼフィスとの話。それを今、取り戻している。

 それらはこれからも続いて行く。子どもたちが、自分たちのように青春を過ごすようになっても、藍明守の毎日は、まで、続いて行くのだ。

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HEROs 赤王五条 @gojo_sekiou

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