4 暗躍

 総司はいないものの、いつも通り店を開店しようと竜二が準備を進めていた時、電話が鳴った。総司からだった。

『店の方は休業でいい。どうせ今日は仕事にならん。それよりも今日は自宅待機だ。特に夜は出歩くなよ。こっちは昨日の一件からだいぶ事態が動いて、今から対処に忙しい。あとロフィスさんに会ったら学園に来てくれと伝えてくれ。頼むぞ』

 等々、竜二に言い伝えて早々に電話は切られた。電話越しで、後ろの物音がしていたが忙しそうであった。

 竜二は仕方なく作業途中で店の戸締りをして静流神社の境内へと出る。すると、朝自宅にいた地黒の美人、ミナキと名乗った女性がやってきていた。

 立っている姿を見ると否応なく長身でスレンダーな体型を再認識させられる。身長だけは竜二よりも高い。頭1つ分ぐらいだろうか。

 下はホットパンツ、上は中華料理屋のチャイナドレスのような珍妙な柄と感じのノースリーブを身に纏っている。

 竜二の自宅を出た後、帰って着替えてきたのだろう。

「仕事熱心なことね」

 彼女は面と向かって皮肉ってきた。竜二はそれを聞いて嫌な顔は一つもしない。

「これが俺の仕事、変わりたい人生だからな」

 他人には意味深に聞こえるかもしれないが、過去の記憶を思い出せず、これから竜二であるべきことを考えるとこれしかなかったのだ。

「アンタ、訳アリみたいだが、しばらく出歩かないほうがいいらしいぞ。俺が言うハナシでもないけどな。」

「心配無用。本職はプロよ。あんたこそ早く帰ったほうがいいわよ。」

 売り言葉に買い言葉のようだが、それがお互いの優しさであった。そしてそれは見事に正面衝突する。

 少しの沈黙。重苦しい空気が辺りを包み、お互い言葉を詰まらせた。

 その沈黙を破る音が響く。電子的な固定電話の着信音。2コール鳴って、竜二が受話器を取る。

「はい、静流神社甘味処です」

 参拝客の休憩所兼甘味処は人気スポットである。営業の具合を聞いてくる客も少なくはない。

 ただ今の状況においては聞くまでもないか。

 それ故に掛けてきた相手も、そういう手合いであることは分かっていた。

『この声、総司はいないのか?』

「店長は所用で外しています。どなたですか?」

『一足遅かったか。俺は、まあいわゆる武藤ニュータウンのヒーローかな。』

 若い男の声で電話口から冗談めいたことを言ってくる。構っていられないような気がして、げんなりとしていると、受話器がミサキに奪われる。

「ちょっと探偵さん? 状況は目まぐるしく変わっているのだけど、理解してる?」

『何でお前がそこにいるんだ』

 ミサキと探偵の静流が知り合いなのは、総司とミサキが知り合いなのと大体理由は似ている。今更、ここで言うべきことではない。

『まあいい。状況が目まぐるしいのは同意だ。地下道にいたゼフィスが地上に出てきた。武藤の駅前広場に陣取ったまま動かないが、目に付くものに攻撃をして警察にはどうにもできない。』

「アンタがあたしに警告してきたのは昨日の昼間のことよ? その後に藍明守に黒い影が学園を襲撃してきたわけだけど。」

『マジかよ。こっちは手数不足で逃げ帰る羽目になったから、手伝いを頼みに電話してきてるってのに。』

 静流の状況と藍明守の状況がここで共有される。渦中にいるというのに、後手に回りすぎている。

「ゼフィスが地上に出たのなら、藍明守に残っているAAAが動くでしょう。昼にも黒い影が出てくるでしょうけど、昼間の方が御しやすいんで、昼間に何とかしようとするでしょうけど。」

 ミサキは忍者である。昨夜、黒い影について情報を集めるべく公園に張っていた。竜二がいたのは偶然だったが、彼をギリギリまで黒い影への囮にしたのは秘密である。

 なんやかんやで逆に助けられる羽目になったので、お詫びに部屋へ連れ帰ったということにもなった。

 義理や人情が絡めば動かないこともない。しかし、正義や仁義では渡世しない。重要なのは金である。

『お前に払う金も道理もない。それにAAAが動くなら俺の出番は少ないだろうよ。』

 電話の相手の静流も、仁義や義理は金で買えるものだと思っている。彼がイクスペルで戦うのはほんのちょっとの正義と、街に住む人々の人情のためである。ほかに戦える人間、組織がいるなら、遠慮なく頼りにする。

「まあ、そうね。そういうことなら、黒い影やゼフィスに対する切り札になりそうな奴が一人いるけど、いくらで買う?」

 ミサキとて静流の考えは分かっている。だから、最低限ぼったくりをする意識はある。

『いらんな』

 返答はクールだった。直後、バイクのエキゾースト音が外に響き、タイヤが地面を擦る音も聞こえる。

 バイクの音が鳴り止み、すぐに店の戸が開かれる。

 姿を現したのは、静流・クラウド本人。手に電話端末を手にしている。

『こうして飛ばして来たからな。隠し事の売買はやめにしようや。』

 唾広の帽子を被った青年は端末にもミサキにも言って、電話を切った。


               *****


 日が沈みつつある時刻。夜が来れば黒い獣の時間になる。ゼフィスとは昼間仕掛ける算段であったが、待機中にゼフィスが地上に出てきてしまった。

 すでに犠牲が出ており、武藤ニュータウンの警察では彼に対応できないだろう。

「光、音も聞こえる!」

 二台のヘリの内、一つから身を乗り出した総司が叫ぶ。広場に向かうヘリから、広場で瞬く光や音が響いているのが聞こえたのだ。

 光はともかく、音はローター音のせいでほとんど聞こえないはずなのだが。

「降下する! 2番機は荷を落としながら1番機と帰還だ!」

「りょ、了解!」

 総司の背中には降下装備などありはしない。そもそもビル間を抜ける低空飛行で速度を乗せたまま降下など普通ありえない。

 肉体の強化がされているゼラードはまだしも、総司は生身に近い。だというのに、彼はそのまま降りた。

 共に乗っているゼラードが驚く行動力だが、青年の動きはそれだけに留まらない。

「せいやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 総司の足先から稲光が瞬き、降下地点の獣に飛び蹴りが直撃する。蹴り砕かれた獣は消えるように霧散した。

 突然現れたことに驚愕したか、あるいは新たな獲物に喜んだか、周囲の獣が総司に飛び掛る。

 総司はそれに対し、周囲に半球状電撃フィールドを一瞬展開し、瞬時に飛び掛る獣を無力化してしまう。

「こいつらは簡単なんだけどな」

 事も無く言う。正体さえ分かっていれば彼にとって雑魚で、最初から本命はゼフィスだ。彼は無表情で広場の中心にたたずんでいる。

 先ほどまでの彼との戦闘光はライザードイクスペルとのものだ。イクスペルの巨大銃をいくら撃っても、ゼフィスの魔力障壁は破れてはいない。

『正直、打つ手がなくなってきたところだった』

 と、マスクとアームスーツの者から声が響く。静流・クラウド。数年前から付き合いのある探偵である。

 彼は総司が降下してきた地点まで下がってきて、無言の共闘を開始する。

「俺にもあの障壁は破れそうにもなさそうだが」

 ゼフィスの魔力障壁を一目見て対策を立てようと総司は口を開くが、言い終わらぬ内にゼフィスの頭上にケースの塊が降ってくる。

 それはヘリの2番機に積んでいた荷物だ。ジュラルミンケースが三つあり、中身には小火器がいくつか入っている。

 手数と掃討戦を見越した火器であった。それらケースの直撃に対しても魔力障壁は展開される。青い障壁が広がり、ケースは弾かれて周囲に散乱する。

 そのどう見ても無駄な質量攻撃の一瞬、異変はゼフィスの背後で起きていた。

 深い確実な踏み込みから繰り出されるゼラードの大剣の一撃がゼフィスの背後に叩きつけられた。障壁の発動はなかった。

「確実に殺る」

「それは困るな」

 漏れたようなゼラードの声の後、飛来した声と姿がゼラードに爆裂を見舞う。それにより、ゼラードとゼフィスも吹き飛び、転がる。

 代わりに広場の中央に降り立ったのは白く見える銀髪の男だ。外套を羽織り、およそ現実的ではない格好の赤目で青白い肌の男。

「ディレイフニル!?」

 総司が声を上げた時、背後で爆発音が起きた。

「この場は生贄の祭壇。犠牲とかがり火で燃え上がらねば困る」

 ディレイフニルがそう言ってるのを尻目に総司が目線を背後に向けると、火と煙を立ち上らせているヘリの残骸が2つ見えた。

 ちらっと見えた限り、脱出できたとは思えない。仮に脱出できたとしても、周辺を徘徊する獣に襲われる確率が高いだろう。

 そして、言葉からして、ディレフニルがAAAの理事の地位を捨てた行動を起こしたということになる。

「ゼフィス・エントクロマイヤーにはこのまま不適合な人間を滅ぼしてもらって、私を王とする国の土台を作ってもらおうと思っている」

『言ってる意味は分からんが、お前が敵だってことははっきり分かる』

「同感」

 上から目線で余裕ぶるディレイフニルに対し、総司もイクスペルも棒立ちになっていたわけではない。

 相手が魔力障壁を持つゼフィスならいざ知らず、多少力のある夜の住人には負けない。そういう自負で、彼らは動いた。

「薬物、【デモニック】の蔓延」

 二人が動くのを見ながらディレイフニルは続ける。しかし手は動かしている。

 イクスペルの巨大銃からの射撃を青い外套で防ぎきる。

「そして日常を侵食する異常事態。人間たちはカオスと混乱に打ち震える。」

 射撃の直後、総司が飛び込む。鋭く速い右の拳がディレイフニルの顔面に伸びるが、右手で簡単に逸らされる。

 間髪いれずに左の拳を入れるも、これは外套によって防がれる。そしてそのたわんだ外套の妙な力によって総司は後退させられてしまう。

「薬物により魔人化する人間。ゼフィスの呼び出した獣による惨殺。どちらをとっても、もはや人間社会は崩壊する。」

 イクスペルは巨大銃に仕込まれたブレードで斬りかかるも、ディレイフニルは手をかざして宙に赤い星型の魔力場を紡ぎ上げて、それを防いだ。防ぐと同時に魔力場は輝きを一瞬増して消えると同時にイクスペルを吹き飛ばした。物理反射だ。

「つまり、彼を利用すれば私はこの星の王になれるのだよ。我々よりも圧倒的に数の多い人間を同士討ちで排してな。」

 急造のコンビではあるもののイクスペルと総司の二段構えの攻撃を、ディレイフニルはその場から動かず捌いてしまった。

 自らの野望を説明しながら、である。

「だから、彼を殺す可能性の有る君は排除しなければならないな」

 そう言うと彼から魔力の赤い小さな塊が周囲に5つ生まれ、それら全てが態勢を立て直しつつあったゼラードに降り注いで爆発する。

 先のゼラードが吹き飛ばされたのと同じ爆発だ。今度はゼラードも防ぎきった。威力はこけおどしだが、けん制としては面倒なことこの上ない。

「さて、今度は3人でかかってくるかね」

 予定外の事態がもう幾度も起きている。ディレイフニルの起こした爆発によって吹き飛んだゼフィスも立ち上がっている。

 未だに動く気配はないようだが、ゼフィスとしての意識も失われているのであれば何が起こっても不思議ではない。

 ゼフィスを何とかすればいいのに、それをディレイフニルがけん制している。明らかにした野望をもって、時間だけは稼ぐだろう。

 今までの言動が余裕の証拠だ。

 3人での一斉攻撃。総司は一瞬でそれを組み上げ、イクスペルやゼラードに目配せし、自らは手に雷球を発生させる。

「九狼神威や伊達優雅よりもお前か、ガキめ!!」

 出会った時はお互いそれきりだと思っていた。ディレイフニルの目から見ても有望なのは神威で、総司は迷い込んできたガキだ。

 総司からしても、ディレイフニルは有名な地主に過ぎなかった。

 だがここにきてディレイフニルは気付いた。総司は指揮の才に恵まれている。ディレイフニルの言動に反発しつつも冷静に場を見ている。

 ゼラードと一緒にコイツも排除せねば、とディレイフニルは動こうとする。

 その時、もう何度目か分からないが再び不測の事態が起きた。一般車が通らないはずの広場の通りに一台のバイクが突っ込んできた。

 バイクは静流のもの。跨るのは御村竜二だ。

 彼はハンドルから片手を離して手の中にエクスレイヤーを出現させる。

「いけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

 竜二はバイクが広場に乗り上げた瞬間に飛び上がり、エクスレイヤーをゼフィスへと投げつけた。鋭い切っ先が魔力障壁を中和するように突き刺さる。


               *****


 ゼフィスの意識は闇の中にあった。もはや指の一つも動かせない。

 金縛りにあったように体は微動だにできない。それでいて意識は夢か現かはっきりしない。

 立っているのか、逆さになっているのか、沈んでいるのか、横になっているのか、判断がつかない。

 今すぐに起きねばならないはずだったが、その理由が思い出せない。

『惨めだな』

 どこまでも闇が広がっていた空間に声と光が広がっていく。

 その声にようやく首だけが反応できる。虚ろなゼフィスが見た声の主は自分であった。

『だがこうして会えば、この出来事は必然であった。私もまた、こうして私に出会った。そして私は私に言う。エレンケイアの力を使えと。エレンケイアの力が俺たちを救うと。』

 ゼフィスには何を言われているか分からない。虚ろな思考でエレンケイアとは何かと考える。

『エレンケイアは破滅。破滅故に己の大切なモノを全て滅ぼすだろうと身を隠した。だがエレンケイアはこの身を滅ぼそうと、殻を破ってでも実体化しようとした。私はそれを押さえ込んだ。必死に押さえ込んだ。だが無理だった。押さえ込んでいる内に精神は磨耗してしまった。自分が何をしていて、自分が何を守ろうとしていたのかも分からなくなっていた。』

 ゼフィスの方も思い出してきた。ゼフィス自身が説明してきた通りだ。

『私はエレンケイアではない。私は、僕はゼフィス・エントクロマイヤーだ。ロフィスという父とマサキという母を持つ。僕より出来のいい姉のラミアがいる。僕が守りたかったものは優貴。僕は父の力を継ぎ、優貴をいつまでも守るつもりだった。』

「それは叶わなかった」

 ゼフィスは虚ろな表情で口を開くことが出来ていた。目の前にいるゼフィスはそれに苦笑したようだった。

『思い違いをしていた。僕は優貴が好きだった。優貴も僕を好きだと思い込んでいた。僕は思い込みで自己顕示欲を発露させていたにすぎない。当然である事が勘違いだったんだ。』

「だがもうオシマイだ」

『違う。エレンケイアは破滅させる力だ。僕自身ではない。エレンケイアと僕は別の存在だ。私の力もそうだ。私が持つ力と私自身は同じではない。ではエレンケイアは何か。』

 ゼフィスはゼフィスの考えを否定する。そして自分自身が問う。

 いつのまにか暗闇でしかなかった周囲が白く澄み渡っていた。光で眩しいわけではなく、あくまで闇が晴れただけだ。

『エレンケイアは今も私と共に有る。見失ったりするな。エレンケイアの力が僕を救い、この世界を救う。魔力を編んで己の力を発現させろ。お前が真の敵を、エルレーンを倒すんだ。』

 そう言って、ゼフィス自身は光の粒となって消えた。あの瞬間、ゼフィス自身は杖のようなものを持っていた気がする。

 もう指は動く。身体は軽くなった。正常な平衡感覚で持って立ち上がれる。何より思考することができる。

 今見えたものは何か、そう考える前にゼフィスは手を伸ばした。どこまでも上へ上へ手を伸ばした。

 白い空の先にある未だに存在する闇を掴もうと手を伸ばした。闇を掴む事は出来なかったが、ゼフィスの魔力はその想いを体現した。

 魔力で掴んだ【エレンケイア】という存在はファクトスフィアの杖、シグルズであった。


                 *****


 竜二が投げたエクスレイヤーはゼフィスに突き刺さったかのように見えたが、寸前で停止した。

 そして長剣は消滅するように光となって消えてしまった。

「何で!?」

 竜二が驚愕の声を上げる。かなりアクロバティックな奇襲だったが、彼自身は無傷で広場の側に着地していた。

 絶好の奇襲だったのに、何の効果もないどころか妙な防がれ方をされれば、そんな声を上げざる得ないだろう。

「驚いてしまったが、こんな子供では何もできなかったな」

 少々声が震えているが、ディレイフニルは煽る。

「ちっ」

 仕掛けたのは静流だった。彼が賭けた何かの現象、それがあの防がれ方だ。だが、何の成果もない。失敗だったのか、見当ちがいだったのか。

「それに時間切れだ。もう夜だぞ!」

 広場の時計は6時を回っていた。日は沈んでしまった。獣たちが活性化し、夜の者であるディレイフニルの力も増すはずであった。

 だが、未だに徘徊していた獣の気配は霧散した。そしてディレイフニルの背後で光が輝き始めていた。

「シグルズ!」

 今まで無表情で意識がなかったゼフィスが生気を取り戻し、ファクトスフィアの杖を右手に出現させていた。

 杖から放たれる輝きもさることながら、ゼフィスの表情にはこれまでにない意志の力が灯っていた。

「ディレイフニル!」

「バカな!?」

 心底ありえないという驚愕の表情でディレイフニルはゼフィスと対峙した。ゼフィスは彼を倒すべきと判断したのか、シグルズを突き出す。

「なぜこちらに向ける!?」

「エレンケイアを利用したな! あれを利用して人間を滅ぼそうとした!」

「なぜそう言える!?」

 ディレイフニルは図星を突かれて動揺したのか、さきほどやってみせた物理反射ができていない。ただの防御力場で杖の波動を防いでいる。

 ディレイフニルの言う通りゼフィス自身に判断する材料はなかった。本能的にディレイフニルに攻撃をし、そしてこの言葉で敵だと確信した。

「お前は敵だ!そして真の敵と繋がっている!」

「何を!」

 ディレイフニルが圧され始めている。ゼフィスの力もさることながら、力のある言葉がディレイフニルの動揺を誘っている。

 ディレイフニルにしてみれば、どうやって知ったのかという気持ちだ。

「僕は僕自身を見た!そうだ、僕の言うとおり、【エレンケイア】は力だ!だからお前の背後にいる真の敵、エルレーンを倒さなければならない!!」

 その瞬間、ゼフィスはディレイフニルに圧し勝った。ディレイフニルを広場に乗り上げた車に叩きつけて追い詰める。

「貴様、何を言っている!?」

「ディレイフニル!これがお前の利用した破滅の力だ!」

 シグルズは輝きを増していく。その込められた魔力の杖をディレイフニルに投げつける。シグルズは、ディレイフニルの防御障壁を何枚か貫き、胴を貫いた。

「がぁっ!!」

 優位なはずでいた位置から一転して、危機に陥っているディレイフニルは未だ困惑でいた。

 どうしてゼフィスの今までの状況から、自分を敵にする事が出来るのか。

 どうして一瞬でこんな力を発揮できているのか。

 どうしてエルレーンと協力関係を結んだことが分かったのか。

 それらが分からない。ゼフィスの言葉の意味が分からない。しかし、分かるのはこの武器が現在最も強い吸血鬼を滅ぼそうとしていることだ。

 杖そのものは魔力を溜め込むだけの器である。だがその器がほぼ不死である吸血鬼を殺そうとしている。

 そうだ、破滅の力だ。この杖には滅ぼそうという力が込められている。

 ゼフィスはエレンケイアをファクトスフィアへと移してしまっていたのだ。彼はゼフィス自身と出会ったあの心象風景で極めて本能的にそれを為していたのだ。

「まだ彼を殺させるわけにはいかない」

 ディレイフニルの側に転移陣が現れ、二つの人影が現れる。その内の一つはライザードに似たアームスーツを身に纏っている。それは強引にシグルズを叩き折った。

 叩き折られたシグルズは光を失ってディレイフニルからも抜け落ちる。とはいえ、ディレイフニルも相当ダメージを負ったらしく、陰鬱な表情で膝を付く。

 アームスーツのほうは叩き折るときに使った両腕が動いていない。もう一つの人影、長い金髪の男はゼフィスを見据えて言う。

「よくもまあ抵抗してくれたものだ」

 金髪の男は周囲を見回し、敵に対して目配せをする。

 彼の両手は空。長身ではあるがひょろ長でさほどマッチョな身体ではない。見た目も美形で、悪党の風貌ではない。ただ不気味で、妙な威圧感を持っている。先程まで殺意のあったゼラードも、今は動けない。

「君が世界を滅ぼしてくれれば言うことは無かったのだがね」

 物騒な物言いをゼフィスにする。ディレイフニルが何か言いたげだが、ダメージのせいで喋ることはない。

「まあいいさ。こちらの準備は整っている。ヒリつく勝負の方が私は好きだよ。」

 美形の男だから、微笑みは映える。ただ、意味するところは、未だに通じない。

 分かることは、ゼフィスを操り、状況を眺めていた黒幕が現れたというところか。

「なら」

「やってもらおうか!」

 総司とゼフィスは同時に動いた。イクスペルとゼラードが動きに合わせた。

 総司の電撃とゼフィスの魔術が金髪の男に向かい、イクスペルの銃撃が更に襲う。最後にゼラードの直接攻撃が振り下ろされる。

 それは全ての遠距離攻撃は防がれ、ヴァティスブレイドの一撃も、魔術障壁のようなものに防がれる。

「ぐああああああ!!」

 ゼラードは悲鳴を上げて吹き飛んだ。

 攻性防壁。 

 ゼラードの力そのままが跳ね返って、彼に襲いかかったのだ。逆襲してきた光弾に灼かれ、削がれ、彼の体が赤く染まっている。致命傷はなさそうだが、失血で重傷化する恐れがありそうだ。

「一人落ちたが、まあ誤差だろう」

 一斉攻撃を防ぎ切った男は涼しい顔をしている。

「私は君たちの足掻きが見たい。奮闘が見たい。全力を出して、最後に心折られる瞬間が見たい。だから、決戦の場を教えよう。」

 男はにこやかに言う。総司たちは動けない。障壁に阻まれるし、攻性防壁があるなら下手に直接攻撃もできない。

「リヴァイアサン。人工島リヴァイアサンで君たちを待つ。来なければ、リヴァイアサンからロケットが飛び立ち、爆発し、デモニックの魔力が地球中に広がる。耐性のない人間たちが一斉に魔人化して、この星を人間でないものの星に一瞬で変えてみせよう。」

 恐ろしい計画を語る男。わざわざそれを話し、戦いの場に招く。狂人の所業であるが、この男が何者にせよ、まともな人間でないことは誰にだって分かる。

「私の名はエルレーン。それじゃあ、待っているよ。」

 彼は名を名乗り、ディレイフニルとアームスーツに手を触れる。転移術式が発動して、南の空へと飛び上がって飛んで行ってしまった。

「奴が、エルレーン」

 今のゼフィス自身はようやく知った。そして彼が倒すべき敵であることも知れた。

「エレンケイア。シグルズ。」

 だが、ゼフィスにとって、今まで自分を苦しめていた力を失うことは切り札を失うことと同じことだ。強引に折られた杖を眺めて、歯噛みする。

「やれやれ、だ」

 イクスペルの変身を解き、静流が姿を現す。彼は竜二を乗せたバイクを引き起こす。

「民間人はこれで退散するぜ?」

「見なかったことにしといてやらあ」

 一応の断りを総司に入れ、静流はバイクで走り去る。総司はそれを見送ると、竜二が近付いて来てるのに気付いた。

「よせよ。立てるって。」

 竜二は気を遣ったつもりなのだろうが、総司は手で制して、意地を見せた。

「ゼフィス、逃げんなよ」

「誰にモノを言っている」

 連絡端末を取り出す総司はゼフィスに対して釘を刺すが、ゼフィスはふてぶてしく言葉を返した。

 元々、総司とゼフィスは犬猿の仲である。関係性として元に戻ったとも言えよう。

「よう、終わったよ。救急車1台頼むわ。」

 直接の上司である、ポナパルトにそれだけ言って、電話を切る。そして昼と夜の境目の南の空を睨む。

「決戦、ね」

 強いというよりも厄介な手合いと出会った。エルレーンという黒幕を倒すべく、リヴァイアサンに向かわねばならないが、彼の者をどうやって倒せばいいか。今の総司には皆目見当がつかなかった。

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