第24話 サークル活動?

 スーパーで適当な弁当を買って、ユナさんの部屋に戻った。自分の部屋に帰ってもよかったのだが、一人でいるのも退屈だ。


「戻りましたー」

「ああ、みのるんか。おかえり」


 ユナさんの部屋は、もはやこのアパート全員の共用スペースになっている。なぜってこの部屋、私物が異様に少ないから広いんだもの。ワンルームに五人収容しようとしたら、ここ以外には考えられない。


「あれ、笹岡さんと松村さんは?」

「ササオ氏は突然『うぉあっ!』と叫んでどこかに行き、こず姉はそれを追いかけて飛び出していったよ」


「なにそれ怖い」


 人間ってそんな不可解な動き出し方しないでしょ。

 地味に追いかけていった松村さん、やばいな。じわじわくる怖さだ。


「まあ、二人ともいい大人だ。迷子になったりはしないだろう」

「俺が心配してるのはそこじゃないんですけどね」


 突如としてどこかへ行ったことの方がよっぽど不可解だ。

 ユナさんは膝の上のナンシーさんを撫でて、電子レンジを指さす。


「みのるんは昼ご飯を食べたまえ。腹が減ってはインダス文明」

「なんて?」


「腹が減ってはインダス文明」

「震えるほどしょうもないこと言ってた!」


「これぞ我の渾身の持ちネタ。くくく……怖いか、みのるん」

「その程度のギャグで自信を持てるのが怖いよ……」


 今までユナさんと喋ってきた中で、持ちネタが一番面白くない。誰か助けて。この人に真っ当な面白さを教えてあげて。


「オカルト研究会に入ったからには、みのるんにも持ちネタを作ってもらうぞ」

「漫才研究家と勘違いしてないですか?」


「オカルト研究会 (ココア同好会・漫才研究会を含む)」

「めちゃくちゃだよもう」


 こんな会話をしていても腹が減る一方なので、買ってきた弁当を温める。ちょっと豪華に、エビフライが入ってるやつだ。待つのもダルいので、時間は一分。半端な暖まり方をした容器を取り出して、定位置に戻る。


 割り箸を割って、固くなった白米を口に運ぶ。まあまあの味だ。これくらいのクオリティの食事が、ちょうどいい精神状態のときがある。今とか。


 もそもそ食事をしていたら、ユナさんが立ち上がってテレビの電源を点けた。おもむろにパソコンも取り出すと、HDMIゲーブルを繋ぎ始める。なにかの準備をしながら、ユナさんが俺に話しかけてくる。


「さっきと比べて、憑きものが落ちたような顔をしているな。みのるん」

「そうですかね」


「ああ。それなりにいい顔をしているよ」


 自分の顔に触ってみても、違いはわからない。でも、言われてみれば確かに、出ていく前ほど悪い気分じゃない。

 一つの結論を得て、すっきりしたからだろう。たとえそれが、絶望的なものであったとしても。


 ユナさんは引き続き、準備にとりかかる。


「なにか始めるんですか?」

「せっかくのゴールデンウィークになにもしないのは、癪だと思ったからね。心霊動画の鑑賞を開始する!」


「憑きものが戻ってきちゃうって」


 落ちたようだって言ったそばからそんなことをするなんて、人の心がないのだろうか。


「だが暇なのも辛いだろう。そんなときは、溜めていた心霊動画を消化するに限るのだよ」

「オカルト研究会としては完璧な答えですが、そういうのは自分の部屋でやってください」


「ここは私の部屋だが」

「あっ」


 完全に忘れていた。ユナさんの部屋だったな、ここ。完全に皆の共用スペース扱いされてるし、私物がほとんど目に入らないから失念していた。


「すいません。俺としたが、凛音のようなことを……」


 人の部屋を勝手に自分のテリトリーに変えてしまう、あの理不尽幼なじみと同じことをしてしまった。これは大いに反省すべき案件だ。


「凛音氏か。彼女は今、なにをしているのだろうな」

「やることがあるんじゃないですか。どうせ、そのうちひょっこり帰ってきますよ」


 適当な返事をしながら、スマホで調べてみる。ゴールデンウィーク中、『音響てぃらの』の予定は、ライブが一件。場所は都内のライブハウス。


 これが終わっても戻ってこなかったら――そのときは、彼女がここから出ていく可能性も考慮しないといけないだろう。


 ユナさんは神妙な面持ちで頷くと、パソコンを操作する。


「では、凛音氏が戻ってくる前に、この恐ろしい映像は見終えておかないと」

「脈絡がなさ過ぎる」


 一ミリも関係ないことを、さも関連性があるように言うのはやめてほしい。


「安心してくれみのるん。ちゃんと私も怖い」

「安心を求めてるわけじゃないんですよ。あと、安心の材料にもなってないです」


 二人揃って仲良くぷるぷる震えることになるだけだ。


「だが、私の部屋だ」

「ぐうの音も出ない正論ですね。では、俺はこのへんで失礼させていただきます」


「だが同時に、みのるんの部屋でもあるぞ」

「唐突なダブルスタンダード⁉ 嫌ですよ、一人で見てください」


「一人で見たら怖いに決まってるだろう!」

「そんな勢いよく言うことじゃない! だったら、ナンシーさんがいるでしょう」


「ナンシーは人じゃない!」

「そうだけども! 言い方もっと優しくしてあげて!」


 心なしか、呪いの人形がしゅんとしているように見える。こういうとき、憎悪じゃなくて哀愁を漂わせるのが、ナンシーさんの可愛いところだ。

 俺、ついに呪いの人形に可愛さ見出しちゃったよ。


「そんなに構えなくていい。心霊とはいったが、ちょっとした百鬼夜行が映っているくらいだから」

「考え得る限り一番怖いやつ!」


 ちょっとした百鬼夜行ってなんだよ。魑魅魍魎、バチバチに集まっちゃってるじゃん。逆に言うとそれより怖いものがゴロゴロしてるってことか。世の中、どうなってるんだよ。


 ユナさんは口を大きく動かし、流暢な発音で言う。


「ウェルカムトゥアンダーグラウンド」

「やかましい」


「本当に……一緒に観てはくれないのかい」


 一転して、ユナさんは肩を落として塩らしくなってしまう。小柄な彼女にそんな顔をされていると、俺が悪いことをしているみたいだ。俺は小柄ではない一般男性なので、冤罪をかけられやすいのだ。


「わかりました。じゃあ、とりあえず一本だけ。無理だったら逃げますからね」

「さすが我が研究会期待の星!」


 俺のゴールデンウィークは、サークル活動で始まるらしい。けっこう大学生っぽいじゃないか。


 ちなみに、動画はトラウマになるほど怖かった。二人揃ってナンシーさんに縋り付いて、ガタガタ震えてやり過ごすことしかできなかった。しかもこの動画、まさかの連続再生になっていて一時間ノンストップだった。


 ようやく停止したところで、ユナさんが床を這ってパソコンの電源を落とす。恐怖を頭から追いやるように、俺はスマホに触れた。ロック画面が表示されると、新着メッセージの通知があった。


 笹岡さんからだ。三分前に、こんなメッセージが来ていた。


『もうすぐつく』

「え、こわ……」


 いきなり飛び出していった笹岡さんが、なぜか俺目掛けて帰ってこようとしている。


 不可解極まりないが、呼ばれているし、念のため外で出迎えるか。


「笹岡さんが来るみたいなので、ちょっと出ますね」


 外に出て、えんじゅ荘の前にある細い道で待機する。前から来るか、後ろから来るか。その場で回転しながら警戒していたら、勢いよく人影が飛び出してきた。


 一人はサングラスを装着した、茶髪パーマの男。その後ろには、長い黒髪を振り回しながら疾走する女。


「こっわぁ」


 二十歳を過ぎた男女のガチダッシュにドン引きしてしまった。でかい体で向かってくるの、普通にヤバいって。


 前を走っていた笹岡さんが顔を上げ、俺のことを認識すると大声で叫ぶ。


「くぅぅううぜぇええええええ!」

「ええっ⁉」


 俺、なんかしったけ⁉

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