第18話 その男、優柔不断につき

 相談の結果、デートは次の水曜日になった。映画館に行ったのが土曜だから、丸三日間は準備するための時間がある。特に日曜は、課題ぐらいしかやることがない。入念に調べれば、余裕を持って当日を迎えることができるだろう。


 ――などと思っていたら、火曜日。大学の授業も終わって、すっかり日が暮れた。絶望しながら講義室で動けずにいるのが、俺だ。


 ここに座ってる間は、時間止まっててくれないかな。二十四時間後には始まってるんでしょ。あり得ないって。


 現時点で凛音に伝えていること。「動きやすい格好じゃなくてもいい」これだけ。なんにも伝えてないのと同義だ。それなのに凛音ときたら、ぴょんぴょん跳ねてわくわくを表現してきた。


 とんでもないプレッシャーだ。ずっと胃のあたりが変な感じする。


「やっべえ」


 候補がないわけじゃない。ここは東京。電車、地下鉄を使えばこの世のすべての娯楽にアクセスできる場所。だが、その選択肢の多さがかえって俺を悩ませる。


 こんなとき、誰かのアドバイスを得ることができれば……。だめだ。ぱっと思い浮かぶメンバーに絶望しかない。また賭けの対象にされる。そんな屈辱はあってはならない。


 頭を抱えながら、スマホで調べ物を継続する。通知が来た。凛音からの新着メッセージ、送られた場所は『えんじゅ荘』のグループ。


「あ……」


 嫌な予感がした。タップして、開く。


『明日、私と稔は夜いません。よろしくお願いします』

「終わったぁ!」


 ギャンブル確定!


 凛音が口を滑らせる可能性を考慮していなかった。とはいえ、口止めするにもなんて伝えればいい?


「ユナさんと笹岡さんが、俺と凛音が『付き合う』か『付き合わない』かで賭けをしてるんだ。だから今後、怪しまれるような言動は控えてほしい」


 なんて言えるわけないだろ。どんな空気になるかわかったもんじゃない。あまりにも詰み状況過ぎる。


「もうやだ……おうちに行けない」


 幸いなことに、今日はご飯会の日じゃない。だが、部屋にいたら笹岡さんが突撃してくる気がする。誰か友達の家に転がり込めはしないだろうか。無理だな。そこまで仲がいい人はいない。


 絶望。


 明日のデートまでに地球爆発してくれないかな。

 いや、爆発されたら困るんだけど。頼むからなにかしらの理由で延期にならないだろうか。ならないよな。凛音、ああ見えて忙しいもんな。暇な時間をすべて俺の部屋で過ごしてるから、しょっちゅう会ってるように錯覚するだけだ。


 こんなところにいても、どうにもならない。とりあえず、大学を出よう。適当なファミレスで時間を潰してから帰る。これだ。


 外に出る。

 ちょうどそのタイミングで、右手から声がかけられた。


「あら、久瀬くんじゃない」


 バイト帰りなのか、松村さんはスーツ姿だった。高身長ですらっとした彼女がそんな格好をしていると、学生ではなくOLに見える。若くしてリーダーを任されていそうな雰囲気だ。


「お疲れ様です」

「奇遇ね。今から帰るところ?」


「……いえ、今日はちょっと遅く帰ろうかなと思ってて」

「非行は感心しないわね」


「えっ、悪いことする前提で話が進んでる⁉」

「スプレー缶での落書きは普通に犯罪よ」


「そんな古風なグレ方してません!」

「……暴走?」


「松村さんの目には俺がどう見えてるんですか」


 そもそも免許もないのに、どうやってバイクで騒音を立てろというのだ。それに俺、暴走族にしては見た目が地味すぎる。こんなやつ、族に入れてもらえないよ。


「でもね久瀬くん。今の時代は、普通に生活している人が凶悪な思想を持っていたりするのよ」

「言っていることはわかりますけど、矢印を俺から外してください。持ってないですから。なにかをするほど強固な思想」


「そう。じゃあ、特に予定はないけどただ遅く帰るだけなのね」

「そのつもりです」


 客観的に見れば、かなり怪しい発言ではある。なにか隠してそうだな。もしかして俺、非行に走ろうとしてるのか。


「晩ご飯はどうするの?」

「外食にしようかなと思ってます」


「なら、一緒に行きましょう」

「え」


「ササオともユナともご飯に行ったんでしょう。私も先輩として、後輩とご飯に行く必要があるわ」

「……や、でも、凛音とは」


「全員行ってるわよ」

「そうなの⁉」


 知らない間に親睦深めてるじゃん。でも、いつの間に。凛音は隙あらば俺の部屋にいるはずなのに。


「私は五百円定食を食べに行ったとき」

「あっ、確かにありましたね。そんなことも」


「ササオは授業の間にばったり会って、一緒にアイス食べたらしいわね」

「そうだったんだ……」


 ちょっとヒヤッとする。笹岡さん、顔がいいし遊び慣れてるからな。先輩として雑談していただけだとは思うが、いちいち気になってしまう。こんなことで不安になっていたら、キリがないというのに。


 だいたいあの人は、俺と凛音の関係性で賭けをするような人だ。自ら手を出そうとは思っていないはず。


「ユナさんは?」

「久瀬くんが来る前日に昼ご飯をごちそうしたようね」


「仕事が早すぎる」


 どんだけ先輩として振る舞うのが好きなんだよ……。ユナさん、持ち上げたらめちゃくちゃ奢ってくれそうで怖い。ヒモとか飼い始めそう。


「というわけで、行きましょうか」

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