第16話 デート
デートと言われてみると、確かに凛音は、いつもより気合いの入った格好をしている。
インナーカラーの入った髪はアイロンで巻いていて、女性的なフリルのある白いブラウス、ベージュのワイドパンツ、靴はブラウンのブーツ。
活発さと柔らかさが同居する、彼女らしいファッションだ。
可愛い。
俺の幼なじみって、こんなに可愛かったんだ。
再会してから何度も思っていることを、また思い知らされる。
そんな格好で、今から、デート。
俺が混乱している間に、凛音はずんずん歩きだしてしまう。
凛音はいつもより早歩き。耳がほんのり赤いのは、夕焼けのせいだろうか。別に、こうやって一緒にどこかへ行くことは今までもあったはずなのに。デートという一言で、お互いの歩幅が揃わなくなってしまう。
「どこへ向かってるんだ?」
「映画館だよ。ほら、定番って感じでしょ」
「そうなのか」
「そうなんだよ~」
定番。それがとても、こなれた人の発する言葉に聞こえた。
「……えっ、凛音、デートしたことあんの」
ぐるぐると脳みそが回転するような気がした。頭蓋骨の中で、ぶよぶよの物質が流動する。動揺が自分でもはっきりわかる。情けない。
凛音は首だけ動かして振り返る。インナーの赤が、彼女の明るさを際立たせる。
――そりゃそうだよな。こんな子が、デートもせずにここまで来てるわけない。
「どっちでしょうか」
「いや、やっぱどうでもいい」
「えぇ⁉ 急に塩対応だなぁ」
俺が傷つくためのクイズなんて、なかったことにした方がマシだ。つーか別に、デートしたことあるくらいで傷つかないし。傷つかないよ。本当に。
「それより映画、なに観るか決まってるのか」
「あっ」
「まじかよオイ」
俺はそんなに詳しくないけど、デートってこんな感じなのか。いや、友達と行くときだって観るものくらいは決めるだろう。というか、観たいものがあるから行くのが映画館であって……この時点で破綻してるような。
「ちょーっと待ってね。今から、探すから。大丈夫。東京って映画館もたくさんあるから」
「それは確かに、そうだな」
最新作の上映はもちろん、過去の名作を専門にしている劇場もあるだろう。問題は、その中から凛音がなんの映画を選ぶかだ。デートっぽい映画、ってやっぱり恋愛ものとかなのだろうか。
恋愛しながら恋愛映画を観るって、いまいちよくわからない感覚だ。普段から観る習慣もないし、ちゃんと楽しめるだろうか……。
「ねえ稔、これなんかどうかな」
凛音がぱっとスマホの画面を見せてくる。
『巨大怪獣大戦争5―炎の大陸―』
……ええっと。これは、あれかな。ネタでやってるのか。ウケ狙いだよな、さすがに。デートだと思いっきり宣言して、こんな男の子の夢だけで作られた作品を選んだりは――うわぁ、めっちゃ目が輝いてる。凛音は本当にこれが観たいらしい。
「ナンバリングされてるけど、俺、一つも観たことないぞ」
「大丈夫! 繋がりなんてあってないようなもんだから」
「いいのかそれ」
「面白ければいいんだよ。私もね、最初はアホっぽいなぁって思ってたけど、気がついたら虜になってたんだ。稔も食わず嫌いしないで、一度は怪獣に熱狂するべきだよ」
「マジで?」
「マジだよ」
「じゃあ行こう」
そこまで言われるなら仕方がない。デートか否かはさておき、行ってみるとしよう。結局、一番大事なのは楽しむことなのだから。
凛音は軽やかに歩みを進める。いつも通りに戻ったことに安堵しつつ、彼女の横に並ぶ。さて、こいつは一体、なにを企んでいるのだろう。
キャラメルポップコーンとオレンジジュースを買ったら、あとは心ゆくまで映像を堪能するだけ。
巨大なスクリーンで暴れ回る怪獣。迫力のある轟音。吹き飛んでいく人類の文明。衝突する暴力的な質量。ツッコミどころが浮かぶと同時に、次のツッコミどころが押し寄せてくる。ボケの大渋滞による、強制的な物語の調和。筋道が通っていないことこそが筋道だ。と言わんばかりの勢い全ブッパ。
スタッフロールが流れている最中、俺は呆然として動けなかった。
スクリーンが明るくなって、隣に座っていた凛音が顔をのぞき込んでくる。満面の笑み。
「ね、よかったでしょ」
俺は、ゆっくりと頷いた。
まだ心臓が強く鳴っている。傑作だったかと聞かれれば、そんなことはなかった。だが、拙いところがあっても、あの作品には剥き出しのロマンがあった。少年が夢見たものを、そのまま形にしてやるという熱量と執念があった。
映画館を出て、エスカレーターに乗る。そこでようやく、言葉がこぼれた。
「あれが、怪獣映画……」
「そうだよ。あれが怪獣映画です。ガオー」
そういえば凛音って、アーティストとしても『てぃらの』を名乗ってるもんな。昔からデカくて強い生き物が好きだったし、自然な成長なのかもしれない。恋愛映画が来るかと思ってドキドキした俺がバカみたいだ。
「もう夜だし、晩ご飯食べていかない?」
凛音がガラスの向こうを指さす。空は黒。その下に広がる街は、イルミネーションのように輝きを放っている。さすが東京。暗さを全く感じない。
「そうだな。腹も減ってきたし」
「はい! 私、中華料理の気分!」
「激辛が欲しい気分なのか?」
「激辛じゃないのもあるよ」
「激辛じゃない……中華?」
「どうしたの稔。すごく苦しそうだけど」
しまった。ここ最近の記憶が強烈すぎて、中華へのイメージが急降下している。本当は美味しいものなのに、今じゃただの罰ゲームだ。
思い返せば、そうだ。ラーメンとかは辛くないもんな。
「問題ない。じゃあ、中華料理屋を探そう」
映画館は駅前の商業施設に併設されている。ちょうど俺たちがいる階が、飲食店の密集したエリアだ。
エスカレーター脇にあるマップを見ながら、中華料理屋を探す。先に見つけたのは、凛音だった。
「あっ、『天龍』ってところあるよ」
「行ってみようか」
「うん!」
歩きだして数歩で、凛音がくるりと振り返った。ゆったりした衣服が、ふわっと膨らむ。甘い香りが俺まで届く。
少女は得意げに言った。
「私、デート上手いでしょ」
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