第14話 両成敗

 凛音を見送って、俺はオカルト研究会の部屋に移動した。大学の隅にあるサークル会館、日当たりが悪い三階の角部屋。目の前の廊下は、二度と使われることのないだろう机や椅子が放置されている。


 そんな惨状は無視して、建て付けの悪いドアを開ける。


「お疲れさまでーす」

「来たかみのるん! さあ、行くぞ!」


「え⁉」


 奥の席に座っていたユナさんが勢いよく立ち上がり、入り口に向かってずんずん歩いてくる。有無を言わさず照明を切って、俺を廊下に連れ出す。


「なんですか急に。俺はただココアを飲みに来ただけなのに!」

「つべこべ言わずに、着いてきたまえ。これはオカルト研究会として、とても重要な活動だ!」


「オカルト研究会⁉ なんですかそれ。俺が入ってるのはココア同好会です!」

「まあそう暴れるな。君にしか頼めないことがあるんだよ。もちろん、お礼だってする」


 珍しく真面目なトーンだったので、落ち着いてユナさんの顔を見る。……いや、どっちだろうこれ。別に普段も、この人の中では真面目な発言だろうからな。


 とりあえず、話を聞いてみよう。


「なにをしに、どこへ行くんですか?」

「次の活動のためのの下見だよ。いつもは他のメンバーといくのだが、今日は都合が合わなくて困っていたのだ」


「俺、そういうの全然詳しくないですし……一人で行くのはダメだったんですか」

「常識で考えたまえよ、それだと怖いだろう」


 バカだなぁ、みたいな顔して言ってるけど、内容がめちゃくちゃ可愛いじゃん。


「いいですよ。ちょうど今日は、時間を余していたところなので」

「素晴らしい答えだ。では、いざ出発!」


 小さな歩幅で歩きだしたユナさん。今日は呪いの人形は抱いていない。花見はしたがるが、下見は興味ないらしい。もう人間の感性じゃん。


 サークル会館を出たところで、ユナさんの横に並ぶ。無言なのも退屈なので、移動中に報告しておくことにした。


「この間の凛音のことなんですけど、無事解決しました」

「もちろん知っているよ。凛音氏のSNSをフォローしているササオ氏が、ひどく騒いでいたからね」


「えっ」


 心臓が止まりかけた。

 すっかり忘れていたが、凛音が写真を上げたSNSは完全プライベート用。つまり、男たちへの牽制だけじゃなくて、それ以外の人にも誤解を生んでいるってことだ。


「ササオ氏の喜びようと言ったら。『あいつ、やるときはやる男だな! 久瀬稔、さすが俺が見込んだ男だぜ!』とか言っていたぞ」

「や、あの……ご期待に添えるレベルではやってないです」


 あの人の中では、告白、カップル成立! ぐらいまで話が進んでいるのだろう。

 ユナさんが首を傾げる。


「というと?」

「男避けのために写真撮っただけで、関係自体は以前と変わらないといった感じです」


「素晴らしい!」


 感嘆の声を上げて、おもむろに拍手を始めるユナさん。想像とは全く異なる反応に、ビクッとしてしまった。え、なんでこんなに歓迎されてるの?


 困惑する俺をよそに、ユナさんはスマホを取り出して耳元に当てる。電話をかけた。誰にだろうか。


「やあササオ氏。どうやら、みのるんたちの関係性に変化はないらしい。賭けは私の勝ちだ。約束通り、今度学食のチーズケーキを奢りたまえ」

「知らないうちに俺たちで賭け事されてる⁉」


 ユナさんは通話を切ると、俺のほうを見て、しゅんとした顔で頷いた。


「これは仕方がないことなんだ、みのるん。わかってほしい」

「なんですか。仕方がない理由って」


「君らが面白いのが悪い」

「この……! 人の複雑なところを……!」


「からかわれたくないのなら、ポーカーフェイスとネットリテラシーでも身につけるのだな」


 勝ち誇ったように胸を張るユナさん。

 ……くそっ。腹は立つが、自分のせいなのも否定しきれない。俺は凛音がなんかするたびに動揺するし、凛音は俺の隣に引っ越してきた時点で疑われても仕方がない。


 だが腹は立つ。この二つの感情を消化するには――あの手段を使うしかない。


「そうですね。まったくユナさんの言うとおりです」

「みのるん。君はまだ若い。精進したまえよ」


「はい。先輩。これからもご指導お願いします」


 そのために今は、従順な後輩を演じておく。ユナさんはチョロいから、大げさにやるくらいが丁度いい。ほら、なんか嬉しそうにスキップ始めちゃったよ。どんだけ後輩が欲しかったんだ、この人。


 軽快な歩調のユナさんは、サークル会館を出て十分ほどのところで足を止めた。

 大学構内にある小さな池だ。広い道に面しているが、今は人気がない。周囲にはベンチもあるから、週末は憩いの場にもなっているのだろう。


 えんじゅ荘とは逆方向にあるから、ここには初めて来た。


「見たまえ、みのるん。ここが次回の活動場所である」

「なにするんですか、ここで。まさかここが心霊スポット……とか?」


「残念ながら、ここはなんの変哲もない池だよ」


 適当なベンチに腰を下ろして、ぐるりと周囲を見渡すユナさん。現在は夕方。もう三十分もすれば、街灯の明かりがつき始めるだろう。


「新入生をいきなり心霊スポットに連れて行くわけにはいかないからね。それなりに雰囲気のある場所で、怪談話をする。というのが毎年恒例なのさ」

「意外とちゃんとしてるんですね」


 凪いだ水面を眺めながら、ユナさんが穏やかな笑みを浮かべる。それは普段の彼女とは違う、大人びたものだった。


「こんな小さな団体に、せっかく入ってくれたんだもの。思いっきり、安全に楽しんで欲しいと願うのは当然だよ」

「……」


「みのるんも是非参加してくれたまえ」

「……そうですね、考えておきます」


 俺は立ったままで、池をじっと見つめる。幽霊会員を自負していたし、会費を納め、ココアを飲むだけで四年間過ごそうとしていたけれど。少しだけ前向きに、オカルト研究会をやってもいいかもしれない。


 そう思っている自分が、不思議だった。


 ちらっと横を見ると、ユナさんは温かく笑っていた。


「それはいい」


 それから静かに立ち上がると、池に背を向けて歩きだす。


「さて、もう用件は済んだ。ついてきてもらったことだし、先輩として、夕飯は奢るよ。行きたいところを言ってくれ」

「ありがとうございます。……じゃあ、俺のオススメに行きませんか?」


「ああいいとも。私は寛大な先輩だから、君が本当に食べたいものを、たらふく食べさせてあげよう」


 正直あまり気は乗らないが、もう決めたことだ。


「笹岡さんにも声かけてみませんか? あの人、暇だったら来ると思うので」

「ということは、ササオ氏も好きな店なのだな。それは期待できる」


 愉快そうにお腹をさするユナさんに、後ろからそっと言う。

 怪談話には及ばないが、意味がわかると怖い話を。



「知ってますか、ユナさん。人間には罰が必要なんですよ」

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