3章 砂糖菓子は歌えない
第13話 悩みの顛末
夜桜を見に行った。帰り際、桜を背にしてツーショットを撮った。
凛音がその写真をSNSに投稿したことで、彼女に送られるメッセージは激減したという。おおかた、俺のことを彼氏だと勘違いしたのだろう。それを狙っての提案なので、上手くいった、ということではある。
解放祝いに、俺と凛音は大学近くの喫茶店でパフェを食べている。
平日の午後二時。この時間に自由が与えられている大学生活、最高かもしれない。
「平和な日常サイコー! ありがとね、稔」
「たいしたことはしてないよ」
本音を言ってしまえば、ああいう手段は最初から頭の片隅にあった。男を避ける一番の方法は、男の影を匂わせること。なんてのは、あまりに有名な話だ。それを避けていたのは、俺の中で精算ができていなかったから。
精算。過去と向き合うこと。今だって別に、できたとは思わないけれど。前向きに苦しもうとは思えている。
なにはともあれ、凛音の悩みは解決した。
だが、今度は別の方向で俺が悩むことになってしまった。
「あの写真、スキャンダルとかで炎上したりしないか? けっこう心配なんだけど」
「気にしすぎだよ。私、顔出してないし。――ってあれ? なんで顔出してないのに、私だってわかったの?」
「声と公式の情報、あとは活動用のSNSで投稿してた内容」
「……ネットストーカーの才能あるね」
「本物のストーカーに言われたくはないな」
俺は有名人の正体を特定し、凛音は一般人の家を特定した。どっちもどっち。やや凛音のがやばめである。
「だって稔のお母さん、聞いたら即答してくれたんだもん」
「あの人は……なんで俺には言わないんだよ」
「うっかり私が『言わないでおいて』って、お願いしたからかな」
「それはうっかりじゃない。しっかりだ」
まごうことなき確信犯。どうして人を驚かせることに持てる力を注いでしまうのだろうか。この幼なじみは。
「凛音のご両親はなんて?」
「もう高校も卒業したんだから、自由にしなさい。だって」
「やりたい放題なわけだ」
東京都は言え、彼女であれば、いいところに住む金は十分にあるだろうに。わざわざぼろアパートでの暮らしを選ぶなんて。
限定のパフェを口に運ぶ。凛音はのほほんとした顔をしている。
「最初はこんなところで大丈夫かなって不安だったけど……でもよかった。えんじゅ荘の人たち、面白い人ばっかりだし」
「そうだな。賑やかで退屈しない」
上級生三人の自由っぷりを見ていると、いろいろ悩むのが馬鹿らしくなってくる。そのおかげで、俺も気楽にいられる。
「稔は今日、このあとどうするの?」
「オカルト研究会でココア飲もうかなと思ってる」
「ココアで餌付けされちゃってる……」
「けっこう美味しいぞ。凛音も入るか?」
「ココアは自分で買うから大丈夫! ほどほどにしとかないと、稔も呪われちゃうよ」
「大丈夫だよ。ナンシーさんは無害な子だから」
「ユナさんみたいなこと言い始めてる……」
ドン引きする凛音に、軽い危機感を覚える俺。あの小さな先輩の影響、思ったより大きいのかもしれない。気をつけないと頭ユナさんになってしまいそうだ。
でも最近、ナンシーさんに対して親しみを感じ始めているんだよな。あの人形、人の心に入り込んでくるタイプの呪物なのかもしれない。
嫌な想像を振り払って、俺からも同じ質問をする。
「凛音は?」
「お仕事です」
「そっか。頑張ってな」
「はーい」
のんびりした声で返事をしてから、凛音ははにかんだ。
「なんか、変な感じするね」
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