第10話 贅沢な考え

 知識を得た。激辛料理は喉だけじゃなくて、肛門まで破壊する。

 ヤケクソになって頑張ってしまった自分を殴ってやりたい。俺は隅っこに隠れて水ばっかり飲んでるべきだった。


 笹岡さんも翌日はズタボロで「座るの痛くね?」と言っていた。わかる。でもなんで達成感に満ちた表情をしていたかはわからない。ドMだろ、あの人。


 唯一の救いは、花見の日に痛みが引いたことだ。


「ここらへんでいいか。久瀬、ブルーシート広げるぞ」

「はい」


 このシートは、笹岡さんが軽音サークルから借りてきたものだ。大人数で使うようだから、サイズは大きめ。余裕を持って荷物も置ける。


 四隅に重たい荷物を置きながら、松村さんが言う。


「こういうときは、ササオがいると便利よね」

「おうよ。このために軽音サークルに入ったと言っても過言じゃないぜ」


「それは音楽のためでありなさいよ」

「バーベキューセットも借りられるぜ」


「私も軽音サークル、入ろうかしら」


 上級生たちがなにやら頭の悪い会話をしている。松村さん、あれで結構天然だからな。ウケ狙いとかじゃなくて、素で軽音サークルに入ろうか検討しているのかもしれない。


「楽器がなくても入れるものなの?」

「いや、さすがにそれは無理かもな」


 とか会話してるもん。怖いよ。

 ブルーシートの上に真っ先に乗ったのは、テンション高めのユナさんだ。大きなリュックサックを背負っているから、余計に小柄なのが際立っている。


「今日は素晴らしい花見日和であるな。ナンシー!」


 大きなリュックサックに両手をつっこんで、ぬっと出てきたのは呪いの人形。ご存じナンシーさん。

 ナンシーさん⁉


「なに持ってきてんですか!」


 外見がどう弁明しても呪われてるナンシーさんに、残る三人も言葉を失っている。この人たちが黙るって、結構ヤバいことだよね。


「ナンシーもお花見に行きたいと言っていたのだ。夢枕で。だから部室に行って取ってきた」

「夢にまで出てくんの⁉ そんなもん持ってきちゃだめでしょ!」


「呪いの人形だって花見をする権利はあるだろう」

「呪いを広範囲に広げるなって言ってんですよ!」


 ユナさんは人形をぎゅっと抱きしめると、渡さない、みたいな顔をする。


「ナンシーの呪いはそんなに安いものではない。ナンシーは私をずっと呪い続ける。いわば『ずっ呪(のろ)』の関係なのだから」

「ソウルフレンド (直球)すぎるでしょ」


 凛音はいつの間にか俺の後ろに隠れているし、松村さんは笹岡さんを盾にしている。状況としては似ているが、少なくとも俺は盾じゃなくてよかった。


「あの……その子、危険はないんですか?」


 おずおずと凛音が尋ねる。ユナさんは力強く頷いた。


「うむ。ナンシーは大事に扱えばわかってくれる」

「なら、人と同じですね」


 俺の後ろから、凛音がゆっくりと前に出る。靴を脱いでブルーシートに乗ると、ナンシーさんの前にしゃがんで一礼。


「よろしくお願いします」


 適応しちゃった……のか。さすが凛音と言うべきか。やはり凛音と言うべきか。恐る恐るではあるが、ナンシーさんの頭を撫でている。


 それを見て、笹岡さんたちも警戒を緩めたらしい。さすがに触れることはしないが、邪険に扱うつもりはないらしい。呪いを恐れているだけかもしれないけど。


 笹岡さんは独り言で、

「まあ、女子が一人増えたと思えば」

 とか言っている。激辛が脳にまで響いてしまったのだろう。


 妙な空気をリセットするために、俺はここまで運んできた大きな風呂敷とクーラーボックスを輪の真ん中に置く。風呂敷を外せば、中から出てくるのは重箱だ。これはオカルト研究会から借りてきた。呪物かもしれない。


「さっそくですけど、始めましょうか」

「お弁当だー!」


「酒だー!」


 馬鹿二人がそれぞれの欲望に従って飛びつく。

 まあ、どちらも待ちわびた瞬間なのだろう。凛音は調理中にずっとつまみ食いの欲望と戦っていたし、笹岡さんはビールを冷やしている冷蔵庫の前に座り込んでいた。松村さんが叱ってくれなかったら、どっちも家で消費されていただろう。

 委員長、偉大なり。


 飲み物と紙皿、割り箸が全員に行き渡る。笹岡さんと松村さんはビール。ユナさんは梅酒。俺と凛音はペットボトルのジュース。


 乾杯の音頭は、ナンシーさんを抱えたユナさん。


「それでは、満開の桜に――乾杯!」


 凛音は俺の隣に座っている。

 このくらいの距離感は、心地よい。

 これでいいのにな。とか、贅沢なことを考えていた。

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