第8話 ユナさんは先輩

 ユナさんに連絡を取ったら、すぐに返信が来た。


『話がしたければ、オカルト研究会に来るがいい』


 松村さんの方も、十分ほどで返事があった。


『今日のお昼は学食でワンコイン定食の予定だけど、一緒に食べる?』


 話し合いの結果、ユナさんの元へはオカルト研究会の幽霊会員たる俺が。松村さんの元へは、ちょうどお腹がすいてきた凛音が向かうことになった。


 そうしてやってきた、オカルト研究会。足を踏み入れるのは、説明会のとき以来だ。幽霊会員という肩書きに忠実に、週一の集まりには一度も参加していない。


「お邪魔します」

「ずいぶんと遠慮がちな挨拶じゃないかみのるん。ここは君の、心の故郷と言ってもいい場所だぞ!」


「にしては落ちつかないんですよねぇ」


 壁に貼り付けられた謎の札とか、本棚にある『UMA発見! vol.15』みたいなビデオとか、部屋の隅にちょこん置いてある呪いの人形とか。心の拠り所にするには遠慮したい要素が多すぎる。


「我が研究会には、美味しいココアが常備してあるぞ」

「ここが心の故郷かもしれないです」


「案外ちょろいな、みのるん。まあ座ってくつろぎたまえ」


 ユナさんと向かいのパイプ椅子に座ると、ちょうど電気ケトルからカチッと音がした。ユナさんが立ち上がって、小さな歩幅で動き出す。背伸びして棚からコップを取る姿は、心配でこっちがハラハラする。だが、それ以降は非常にスムーズな動作で粉を溶いたココアを完成させてくれた。


「ほら、これでも飲んで落ち着きたまえ。みのるん、悩み事があるときはね、温かくて甘い物をまずは摂取するべきだ」

「ええっと、俺の悩み事じゃないんです。友達が困ってて」


「最近のイマジナリーフレンドは相談も持ちかけてくるのか」

「俺のことなんだと思ってるんですか?」


 最近のAIはそんなこともできるのか。みたいなことを言われてしまった。

 めちゃくちゃ高度な妄想をしていると勘違いされているらしい。


「予想外だったら申し訳ないですが、俺にも友達くらいはいますよ」

「名前と生年月日、それから住所もわかったら教えてくれたまえ」


「呪わないで」


 ドロッとしたインクを万年筆にちゃぷちゃぷするのもやめてほしい。そのインク、成分に血とか含まれてないよね。


「みのるん、オカルト研究会のくせに友達を作るなんて生意気だぞ」

「自分が所属してる団体を下げすぎでは?」


「道の真ん中を歩けるような団体でないのは確かだろう。そしてそんなことは、我々とて望んでない。なぜなら、オカルト研究会は世界の裏側を暴く団体だからだ!」


 ドーン!

 効果音が鳴りそうな勢いで、ユナさんが立ち上がる。


「まあ座ってくださいよ」

「うむ」


 お願いしたら素直に座り直してくれた。なんだこの可愛い生き物は。なんでこんなに可愛いのにドキドキしないんだろう。


「それで、相談とはなんだね。先輩として、後輩の悩みはちゃんと解決してあげるよ。先輩としてね」

「先輩扱いされること、あんまりなかったんですね……」


「うぅ」


 取り乱すでもなく、普通に悲しそうな顔をするユナさん。人間的な好感度は上がり続けているが、先輩という概念からは遠ざかり続けている。


「その友達は女子なんですけど、ちょっとモテすぎて困ってるらしいんです」

「霊に?」


「存命中の男性に」

「ほう」


 この人に相談したのが間違いだったかもしれない。まあ正直、本命は松村さんでユナさんには期待していなかったけど。


「ところでその女子は、凛音氏のことだね」

「……まあ、はい」


 こんなところだけは鋭い。ユナさんは首を左右に振ると、残念そうに言う。


「かわいそうに。生者の男性に好意を寄せられるなんて……」

「亡霊もなかなかしんどいですけどね」


「だが、その悩みなら力になれる! よくぞ私を頼ってくれた、みのるん。君は人を見る目がある」

「本当ですか」


 ユナさんは部屋の隅にあった人形を持ってくると、机の上に載せた。


 海外製のものなのだろう。天然パーマの髪が編み込まれている、チョッキを着た女の子――がベースで、あちこちから綿があふれ出し、目が片方なくなり、なんか血みたいなのがこびりついている呪いの人形だ。


「この子が凛音氏を守ってくれるだろう」

「……まあ、ビジュアル怖いから効果はありそうだけど。その子、なんなんです?」


「『ナンシー』だ。新人はさん付けしないとキレるから、気をつけた方がいい」

「バチ怖いじゃんその設定。……え、ナンシーさんってなにかするんですか」


「夜になるとけっこう動くぞ」

「人形の怪異で一番怖いやつ!」


 ユナさんは嬉々とした表情でナンシーさんの説明をする。「昨日はあっちの隅にあったのが、今日の朝来たら部屋の真ん中に来た」じゃないんだよ。


「だが割に無害な子でな。大事にすればちゃんと伝わる」

「――いや、でもだめですよ。凛音になにかあったら困るでしょ」


「そうか。残念だ。ふがいない先輩ですまない」

「…………」


 どうしよう。フォローできる材料が見つからない!

 しょんぼりするユナさんを慰めるため、俺はかつてないほど頭を使うはめになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る