2章 夜桜は君に降れ
第6話 スタートダッシュは順当に
高校時代は、勉強の記憶ばかり残っている。部活は厳しいところには入らず、机の上で参考書ばかり睨んでいた。授業中に寝るなんてことはなかったし、テストの成績も校内ではいい方だった。
でも、それだけだった。
努力を重ねたところで、一番上には届かなかった。目指していた大学は、試験を受けた段階で落ちたのがわかった。後期試験では余裕を持つた大学を選んでいたため、周りからはもう一年頑張れ、と言われることも多かった。
「お前が浪人しても、うちは別に困らないんだぞ」
「いや、いいよ。いい大学に行きたかったわけじゃないから」
父親に説得されて、ようやく俺は気がついた。ずっと勉強してきたけれど、俺は入りたい大学があったわけでも、いい点数を取りたいわけでもなかった。
ただ、一番にならなくちゃと思って。追い詰められて、適当に手に持ったのがたまたまシャーペンだった。進学校だったから、目の前には勝手に参考書が置かれるような環境だった。
なんでもよかった。
遠くへ行ってしまった凛音に、追いつけるなら。
◇
なにごとにおいても、スタートダッシュは大切だ。
皆がそれを理解しているからだろう。大学に入って、最初の一週間は激動だった。授業にでるたびに知り合いが増え、廊下を歩くたびにサークルの勧誘に捕まった。流されるままに見学に行ったから、えんじゅ荘にいる時間はほとんどなかった。先輩方もサークルの活動とかで夜はいなくて、会っても軽い会話をして解散。
凛音とは学部が違うから、日中はほぼ別行動。サークル見学のときに何度か一緒だったくらいで、他の時間は新しい知り合いと過ごした。
そんな生活が一段落したのは、ユナさんに「オカルト研究会に入りたまえよ。幽霊会員でかまわないから」と言われたことがきっかけだった。サークル選びに飽きていたこともあり、俺は首を縦に振った。
晴れて手に入れた称号は、オカルト研究会の幽霊会員。参加しないだけなのに、妙に存在感がある。
凛音が結局どこにも所属しなかったのは、既に彼女が忙しく活動しているからだろう。
サークルの次には、バイトが必要だ。安い家に住んではいるが、お金はあるに超したことはない。近くにある喫茶店が、ちょうどバイトを募集していたので応募した。
新生活の滑り出しは順調と言っていいだろう。
今日は久しぶりに、えんじゅ荘で夕飯会が開かれることになった。献立はカレー。調理は帰宅が早かった俺とユナさんが担当した。つまり、ほとんど俺一人だった。
ちゃぶ台をぐるりと囲んで食事をするのは、ほっとするひとときだ。実家を出て気がついたことだが、俺は一人で飯を食べるのに向いていない。特に夜、一人で食べていると孤独感に襲われる。
だから、えんじゅ荘のこの文化に救われている。
食卓に上がる話題はバラバラだ。
ユナさんは心霊スポットの話、松村さんは激安スーパーについて、笹岡さんがサークル内の恋愛について、凛音は気になるスイーツについて。おのおのが自分の順番を見つけると語り始める。俺の役割は、すべての話題に相づちを打つこと。こちらから話を切り出すことはほとんどない。
食事が終わり、皿も洗い終えると、のんびりお茶んで話し続ける時間がある。部屋に戻ってしまってもいいのだが、不思議と座り直してしまう。凛音が手を上げたのは、その時間に入ってすぐだった。
「よかったら今度、お花見しませんか」
開催が決まったのが一秒後、開催日が決まったのが三分後だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます