2章 夜桜は君に降れ

第6話 スタートダッシュは順当に

 高校時代は、勉強の記憶ばかり残っている。部活は厳しいところには入らず、机の上で参考書ばかり睨んでいた。授業中に寝るなんてことはなかったし、テストの成績も校内ではいい方だった。

 でも、それだけだった。


 努力を重ねたところで、一番上には届かなかった。目指していた大学は、試験を受けた段階で落ちたのがわかった。後期試験では余裕を持つた大学を選んでいたため、周りからはもう一年頑張れ、と言われることも多かった。


「お前が浪人しても、うちは別に困らないんだぞ」

「いや、いいよ。いい大学に行きたかったわけじゃないから」


 父親に説得されて、ようやく俺は気がついた。ずっと勉強してきたけれど、俺は入りたい大学があったわけでも、いい点数を取りたいわけでもなかった。

 ただ、一番にならなくちゃと思って。追い詰められて、適当に手に持ったのがたまたまシャーペンだった。進学校だったから、目の前には勝手に参考書が置かれるような環境だった。


 なんでもよかった。

 遠くへ行ってしまった凛音に、追いつけるなら。





 なにごとにおいても、スタートダッシュは大切だ。

 皆がそれを理解しているからだろう。大学に入って、最初の一週間は激動だった。授業にでるたびに知り合いが増え、廊下を歩くたびにサークルの勧誘に捕まった。流されるままに見学に行ったから、えんじゅ荘にいる時間はほとんどなかった。先輩方もサークルの活動とかで夜はいなくて、会っても軽い会話をして解散。


 凛音とは学部が違うから、日中はほぼ別行動。サークル見学のときに何度か一緒だったくらいで、他の時間は新しい知り合いと過ごした。


 そんな生活が一段落したのは、ユナさんに「オカルト研究会に入りたまえよ。幽霊会員でかまわないから」と言われたことがきっかけだった。サークル選びに飽きていたこともあり、俺は首を縦に振った。

 晴れて手に入れた称号は、オカルト研究会の幽霊会員。参加しないだけなのに、妙に存在感がある。


 凛音が結局どこにも所属しなかったのは、既に彼女が忙しく活動しているからだろう。

 サークルの次には、バイトが必要だ。安い家に住んではいるが、お金はあるに超したことはない。近くにある喫茶店が、ちょうどバイトを募集していたので応募した。


 新生活の滑り出しは順調と言っていいだろう。

 今日は久しぶりに、えんじゅ荘で夕飯会が開かれることになった。献立はカレー。調理は帰宅が早かった俺とユナさんが担当した。つまり、ほとんど俺一人だった。


 ちゃぶ台をぐるりと囲んで食事をするのは、ほっとするひとときだ。実家を出て気がついたことだが、俺は一人で飯を食べるのに向いていない。特に夜、一人で食べていると孤独感に襲われる。

 だから、えんじゅ荘のこの文化に救われている。


 食卓に上がる話題はバラバラだ。

 ユナさんは心霊スポットの話、松村さんは激安スーパーについて、笹岡さんがサークル内の恋愛について、凛音は気になるスイーツについて。おのおのが自分の順番を見つけると語り始める。俺の役割は、すべての話題に相づちを打つこと。こちらから話を切り出すことはほとんどない。


 食事が終わり、皿も洗い終えると、のんびりお茶んで話し続ける時間がある。部屋に戻ってしまってもいいのだが、不思議と座り直してしまう。凛音が手を上げたのは、その時間に入ってすぐだった。


「よかったら今度、お花見しませんか」


 開催が決まったのが一秒後、開催日が決まったのが三分後だった。

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