第9話
「くぅぅぅ、悔しいです! あんなウサ耳ジジイにいいように使われるなど!」
「まぁいいじゃないか」
「よくありません! これでは結局のところなにも得ていないのと同じです! 直接機械墓場に向かうのと変わりません!」
「えー、でもぉ、僕がいるよ?」
バックミラーを見ると、後部座席に座っているミリィが自分を指さしていた。
なんでも彼女はあの兎獣人の村の中でも戦闘に長けているそうで、今回は長老の計らいによって一緒に来てもらうことになったのだ。
今の彼女は俺がかしていたマントの代わりに緑色の布の服を着ており、何やら大量の荷物が入ったカバンを大事そうに抱えている。
「なにも得ていないのと変わりませんが?」
「ひどい! ねぇー、ギンー! オルテガがひどいよぉー!」
「ははは……」
オルテガははっきりと言い過ぎな気もするけど、正直ミリィがどれくらい戦闘で役に立つのかは未知数だ。
なんせリザードマンに捕まってたわけだし。
「だいたいあなたはなにができるんですか?」
「僕は罠が得意なんだよ!」
「罠? もしかして岩場の上で昼寝してたのって、獲物が罠にかかるのをまってたのか?」
「正解正解! いつも朝に仕掛けて夕方確認しに行くんだけどあの日は運が悪かったんだよねぇ」
罠、か。
たぶんあの大荷物の中には様々な罠の道具が入っているのだろう。
直接戦闘って雰囲気じゃないとは思ってたけど、それなら役に立ちそうだ。
「気をつけてくださいマスター! けっしてハニートラップに引っかからないように!」
「たぶん、罠ってそっちじゃないと思うぞ……」
意味がわかっていないのか、ミリィは小首を傾げていた。
道中の賑やかさが増しながらも、徐々に周囲の景色が変わってきた。
荒地に様々な廃材が放置されている。
次第に廃材の量は増していき、ついには地面すら見えなくなるほどになった。
「車で進めるのはここまでですね」
オルテガがSUVのエンジンを切り、俺たちは外に出た。
見渡す限りのガラクタが視界を埋め尽くしている。
「あー久しぶりだなぁ、この感じ」
「ミリィはここにきたことがあるのか?」
「うん! よく罠に使う材料を探しにきてたんだ! たぶん、村の誰よりもこの場所に詳しいよ!」
「ってことは、地下への道もわかるのか!?」
「わかるわけじゃないけど、怪しいところになら案内できるかも」
長老がミリィをよこしたのは、土地勘も理由の一つなのかもしれないな。
それにしてもこの場所、配管やパソコン、他にも人や動物の形をした機械の残骸が山となって連なっている。
それに町の中心にそびえ立つ巨大なビルのせいで日が陰っているところが多く、墓場、と呼ばれるくらいには不気味な雰囲気だ。
「なにか出てきそうだな」
「その割には落ち着いてるね、ギン?」
「ああ、まぁな」
昨日のリザードマンとの戦闘でわかったが、俺のステータスならこの世界でも十分通用する。
「気を緩めないでくださいマスター。あなた様の実力であれば並の魔物には遅れを取らないとはいえ、非常に危険な存在がいることもまた事実なのですから」
「非常に危険な存在って、たとえば?」
「ユニークとかじゃないかな。このあたりのリザードマンのボスだし!」
そういってミリィはせっせとガラクタを回収して鞄に詰め込んでいる。
ユニーク、か。確かに突然変異っていうくらいだし強いのかもしれないけど、むしろ今は自分の実力がどのくらい通用するのか試したいくらいだ。
「強敵なら望むところだ!」
「おお、ギンってぱやる気満々だね!」
「たしかにユニークも注意すべき相手ですが、それ以上にドールズと呼ばれる存在には注意すべきです」
「ドールズ?」
「機械の神の親衛隊、のようなものです。姿はわたくしと同じような人間に酷似した姿を持つ者から明らかに異形な見た目をしているものまで様々ですが、すべてのドールズに共通しているのは人間に対する強い殺意。けっして彼らを侮ってはいけません。最悪の場合、自爆してでも人間を抹殺しようとしてきます」
「じ、自爆……」
相手は機械だ。自分の命を投げ打つことになんの躊躇もないだろう。
先に聞けてよかった。
「さらにドールズの中には特別なチューニングを施されたディッパーと呼ばれる機体がおり、彼らはそれぞれ星の名前をーーーー」
がん、と音がしてオルテガの解説が止まった。
振り返ると、彼女は空を見上げた状態で固まっており、足元に拳大の石が落ちるところだった。
「オルテガ……大丈夫ぅ?」
ミリィが不用意に近づこうとしたので俺は彼女の肩を掴んで止めた。
「だれですか?」
「へ?」
「落ち着けオルテガ」
言っても無駄だと思ったが、念のため言っておいた。
案の定、オルテガはライフルを くるりと回転させて肩に乗せると、ゆっくりと正面を向いた。
その顔は、寒気がするほど冷たい笑顔だった。
「わたくしのお話を妨害する……不届き者はああああああああ!」
笑顔は一瞬で鬼の形相に切り替わり、ミリィが「ひぇ!」と小さい悲鳴をあげて俺の背に隠れた。
「ギャギャギャ!」
汚い笑い声が聞こえて上を見上げると、空から巨大な影が落ちてきた。
俺たちの前に現れたのは二メートルはありそうなほど大きな体躯を持つリザードマン。
けれど、ただデカいだけじゃない。
両腕と両足に金属製のアーマーを装着しており、目にはゴーグルを装着している。
武器はガラクタを継ぎはぎして作ったであろう斧。
明らかにいままで遭遇したリザードマンとは違う風格がある。
「ユニーク!」
オルテガが叫ぶと同時に発砲。
けれどユニークリザードマンは斧の側面で銃弾を防いだ。
「防がれた!?」
「気をつけてくださいマスター! ユニークは通常の個体と比べて、なんらかの能力が異常に突出している場合がほとんどです! どうやらこの個体は身体能力が高い個体のようです! くっ!」
オルテガが話している最中にユニークリザードマンが斧をふりかぶってせまってきた。
すぐにミリィを突き飛ばして体を反らせる。
眼前をものすごい速度で切先が通り抜け、切られた前髪が宙を舞った。
「マスター!」
オルテガが続け様に発砲するも、ユニークリザードマンは手甲で防ぎ、今度はオルテガに詰め寄った。
巨体に似合わない俊敏さでオルテガに肉薄し、斧を振り回す。
速い斬撃とはいえ攻撃は直線的だ。オルテガは後ろに下がりながらかわし、宙返りしながら地面に手をついて距離をとった。
「って、なんだあれ?」
よくみると、ユニークリザードマンの後頭部に何かがしがみついている。
「くぇぇ」
なんか、小さくていかにもしょぼそうなリザードマンだ。
ユニークの後頭部に生えてる二本の角にしがみついて振り回されている。
「ね、ねぇギン! あの子!」
「ああ! 見えてる! けどいまは気にしてる場合じゃなさそうだ!」
「マスター! 危ない!」
オルテガが俺たちの頭上に三連射。背後に穴の空いたドラム缶が落下した。
「ぎゃぎゃぎゃ!」
「ぐげげげげ!」
ゴミ山からぞろぞろとリザードマンが現れた。
その数は十や二十なんてもんじゃない。気づけば五十匹近いリザードマンに囲まれており、あたかもそれはリングを取り囲むギャラリーのような様相となった。
「クソ、ゴミ山デスマッチかよ!」
「あわわわ! しかもこいつらどんどん物を投げてくるよぉ! きゃん!」
こぉん、とミリィの頭にヤカンがヒット。
「ミリィ!」
「はわわわ、ぼ、僕は大丈夫! でもちょっと隠れるね!」
ミリィはそういって両手で足元に穴を掘り始めた。
ガラクタを投げてくるだけならまだしも、周りのリザードマンは火炎瓶に口から吐いた火で着火して投げつけてくる。
徐々に歩けるスペースがなくなってきた。
「大丈夫かオルテガ!」
投げつけられるガラクタから、すでにすっぽりと穴に収まって頭にタライをかぶっているミリィを庇いつつオルテガに視線を送った。
彼女は反撃こそしているものの銃弾では決定打を与えられずにいるようだ。
「平気です! それよりマスターはご自分の心配をしてください!」
「オルテガ、交代できるか!?」
「交代!? ……なるほど、わかりました!」
オルテガはユニークの振り下ろした斧をバックステップで躱すと、斧の背を踏んでユニークの頭上を飛び越えた。
何発か頭部に発砲していたが、それも斧で防がれ舌打ちをしながら着地。
ユニークに振り返ることなく俺の方に走ってきた。
俺もオルテガに向かって走り出す。
けれど俺たちの間には火炎瓶が投げられ、火の海が目の前に広がった。
「マスター!」
「こい、オルテガ!」
俺たちは跳んだ。
行手を遮る炎の上で腕を掴み合い、お互いの方向に引っ張った。
その勢いを利用して火の海を一気に飛び越える。
「雑魚は任せてください! オラオラオラー!」
オルテガの暴れ撃ちによってゴミ山のリザードマンたちが頭を引っ込めた。
思った通り、これで邪魔はされなくなった。
あとは俺が仕事をするだけだ。
「さあこい、デカブツ!」
ナイフを抜いてユニークと相対する。
間合いは断然向こうが有利。けれど懐に入り込めば振り回せない分、こっちが有利だ。
「ぐぎゃあああああああ!」
ユニークが吼える。
びりびりと大気が震えて剣山のように並んだ牙が見えた。
あんなので噛まれたらひとたまりもないだろう。ごくり、と生唾をのみこんだ。
「怖いじゃねぇかデカブツ。だけどお前に教えてやるよ。遠藤ニコルソン曰く、時には障害に立ち向かうこともまた最良の人生だ!」
俺は地面スレスレにまで頭を下げて走り出した。
次の動きは予測できる。これだけ低い姿勢で突進すれば迎撃する方法はただ一つ、縦にまっすぐ振り下ろす攻撃だ。
俺の予想は的中して、ユニークは斧を振り上げた。
ガラ空きになった胴体にすかさずパルスガンを撃ち込む。
「がっ!」
本来なら一撃必殺級の威力を持つパルスガンだが、ゆにーくの皮膚は絶縁性能が高いのか肌の表面が少し焦げる程度のダメージしか与えられなかった。
だが痺れたのか確実に動きが鈍くなった。
遅れて振り下ろされた斧の下を前転で飛び込みユニークの足元に滑り込む。
ユニークは斧の柄を突き出してきたが、顔を反らせて回避。頬が少し切れたのか、じわりと熱い感触がした。
「うおおおおおおおおおお!」
ユニークの下腹部にナイフを突き立て、立ち上がりながら腹を割いた。
滝のように血が流れ出て、ユニークは立ったまま白目を剥くと、そのまま後ろに向かって倒れた。
「さすがですマスター!」
「あとは雑魚を始末すれば終わりだな!」
にしたってこの数だ。むしろここからが本番かもしれない。
「くええー」
そんなことを思っていると、ユニークの亡骸から気の抜けた鳴き声が聞こえてきた。
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