第8話
なにもない真っ白な空間に立っていた。
「ここは、どこだ?」
壁なんかないのに、声が妙に反響する。
おかしいな、いまはミリィを送り届けるために荒野を走っているはずなんだけど。
「ん?」
いつのまにか、目の前に椅子に座った女性がいた。
こちらに背を向けているその人は、なにかを大事そうに抱き抱えている。
「そんなところでなにをしているの。はやくこっちにきて」
優しげな声で呼ばれ、俺はその人に近づいた。
「見て。ほら、笑ってる」
嬉しそうな赤ちゃんの声が聞こえて、俺は足を止めた。
「よく見て、ほら。……あなたの子よ」
俺の子だって?
俺はその人の肩越しに恐る恐る覗き込む。
すると、彼女に抱かれている赤ちゃんの姿がみえてきた。
その顔は、げに恐ろしいトカゲの頭をしていた。
「うわああああ!」
「うふふ、おかしな人。どうしてそんなに驚くの? あなたの赤ちゃんなのに」
「お、俺の子じゃない! だって俺は、人間だ!」
「そうねあなたは人間ね。でも、じゃあーーーーわたしはどうかしらああああああああああああ!」
女が振り返ると、その顔は赤ちゃんと全く同じトカゲ顔だった。
「うわあああああああああああああ!」
目を覚ますと、俺はSUVの助手席に座っていた。
空っ風が吹き荒ぶ荒野を走っている。
「ギン、うなされてたけどなにか嫌な夢でも見たの?」
運転席と助手席の間からミリィがひょっこりと顔を出して尋ねてきた。
「あ、ああ、まぁな」
「申し訳ありませんマスター。わたくしとしたことが運転に熱中するあまり気付きませんでした」
「いや、いいんだ」
「ちなみにどんな夢を見たのですか?」
「……忘れさせてくれ」
まさかリザードマンの子供を産む夢だなんていいたくない。
たぶん昨夜に繁殖だなんだと話していたからこんな夢を見たのだろう。
なんとも気分の悪い夢だ。
「まもなく目的地ですよマスター。到着したらお水をいただきましょう」
「ギンにはたぁーっぷりご馳走するよ! オルテガにはあげなーい!」
「わたくしは食事も給水も必要ありませんが、いまは兎の生き血でも啜りたい気分です」
相変わらずオルテガはミリィ、というか獣人に対して厳しいご様子だ。
「えーと、今どこに向かっているんだっけ?」
「どうやらまだ完全に目覚めていらっしゃらないご様子ですね」
「いま向かってるのは、僕の村だよ!」
「ああ、そっか」
そういえばミリィを送っていくって言ったっけ。
オルテガのやつ、生き血を啜りたいとかなんとか言ってる割には協力してくれてるようだ。
「悪いなオルテガ。急いでいるのに」
「マスターの判断ですもの。悪いことなどありませんわ。ですが、この遠回りによって助けられる命が間に合わなくなる可能性があることは肝に銘じておいてくださいまし」
「ああ……」
そうだ、俺たちはいま救難信号らしき電波を追ってここまできたんだ。
電波はまだでているし、どれくらい時間が残されているのかはわからないけどいそいだ方いいのは間違いない。
だとしても俺は、目の前で助けを求めているひとがいるのなら助けたい。それが人間であっても獣人であってもだ。
それこそが俺のQOLだから。
「でもさでもさ、オルテガは信号が出てる正確な位置がわからないんでしょ?」
「そうなのか?」
「ええ、まぁ……たしかに電波が微弱すぎて正確な位置は特定できておりません」
そうだったのか。
そういえば目的地もとりあえず西へ! なんてアバウトな感じだったしな。
「僕は機械のことなんかぜんぜんわかんないけど、長老に聞けばなにかわかるかもしれないよ!」
「長老って、ミリィの村の?」
「うん! とっても物知りでみんな頼りにしているんだよ! あ、見えてきた!」
ミリィが指差す方向に顔を向けると、小さな村落が見えてきた。
村の近くにSUVを停車した。
車から降りると、土を使って作られた家々から刺すような視線を感じた。
「なんでしょうかこの気配」
「敵意……かな」
「では、抹殺……でしょうか」
「いやいやいや」
オルテガがライフルの引き金に指をかけたところで、彼女の肩に手を置いた。
「おーい、みんなー! 帰ってきたよぉー!」
ミリィが俺たちの前に出て両手を振り上げて叫んだ。
すると村じゅうでざわめきが起きて、やがて一番奥の、一番立派な家から老齢の兎獣人が杖をつきながら姿を現した。
「おお、ミリィ……無事じゃったか」
「おじいちゃん! ただいまぁ!」
老齢の兎獣人に抱きつくミリィ。
その様子をみたからか、続々と家の中から兎獣人たちが出てきて、俺たちはあっという間に囲まれた。
「あんたたちがミリィを連れ帰ってくれたのか?」
「魔物じゃなさそうだが、なに獣人なんだ?」
「この四角い乗り物はなんだ?」
「いや、ちょ、まったまった!」
出てくるや否やぎゅうぎゅうに詰め寄られ質問攻めにあい身動きもできなくなった。
後方にいたオルテガに助けて欲しいと視線を送ると、彼女は深いため息を一つついて空に向かって発砲した。
「我々は人類! 世界を救うため、この村の長に会いにきた!」
ざわつく村人たち。
ゆっくりと俺たちから距離をとり始めた。
「い、いきなり撃ったぞ……」
「おいおい、やばいんじゃないかこいつら……」
「さ、早くお家にもどりましょ」
物理的な距離と一緒に精神的な距離まで開いている気がする。
もう少し方法はなかったものかとオルテガに視線で訴えかけると彼女は「なにか、問題でも?」と素っ気なく答えた。
村人たちが遠巻きになり、相対的にミリィと彼女が抱きついていた老獣人が前にでた。
「ふむぅ、ずいぶん乱暴な客人のようじゃな」
「あの人はおっかないけど、銀髪のお兄さんは優しい人だよ! ねぇおじいちゃん、話を聞いてあげて?」
「ふむぅ……」
老獣人は手に持っていた杖で地面を一度叩くと「ついてきなさい」といって俺たちに背を向けた。
彼の進む道を開けるように、はたまた俺たちを警戒するように、村人たちが左右に分かれていく。
なんとも居心地の悪い視線を浴びながら、俺たちは老獣人の家に招待された。
丸テーブルが中央に置かれた丸い土の家。
壁にはリザードマンの革が飾られており、部屋の両脇には槍をもった青年が立っている。
「ミリィ。茶を淹れてくれんかな」
「はいはいさー!」
ミリィが家の奥にひっこむと、老獣人はパイプを口に咥えて火をつけた。
「ふーむ、さて、どうしたもんかのぅ」
「あの、あなたがミリィのおじいさん?」
「いかにも。そして儂がこの村の長である」
「マジかよ……」
ミリィの爺さんが長老だったのか。なら先に言っといて欲しかった。
俺がなんて話を続けようか考えていると、オルテガがテーブルの上に足を乗せて長老に銃口を向けた。
即座に警戒する青年たち。それぞれ槍の切先をオルテガに向ける。
「なにをしているこの無礼者!」
「長老に銃を向けるとはなにごとか!」
もう本当に何してくれちゃってんのこの子。
「ほっほっほっ、血の気の多いお嬢さんじゃ」
「単刀直入に聞きます。ここから西へ十キロほど移動した地点に人類が生活できる環境。たとえばシェルターのようなものはありますか」
「はて、どうじゃったかのう」
長老が煙をふかすと、オルテガの銃を握る手に力が入るのがわかった。
「ちょ、まてまてまて! 落ち着けオルテガ! そんなの交渉じゃないだろ!」
オルテガの銃を押さえて下げさせると、彼女は不満げに頬を膨らませた。
「そんなはずはありません。わたくしにインプットされた192作品のアクション、76作品のラブロマンス、12作品のホラーエンタテインメント、そして1287作品のパブリックエネミー映画などによる映像作品によるとこの方法がもっとも情報を引き出すのに適した対応だと考えられます」
「情報に偏りがありすぎだろ!」
どんだけマフィア映画が好きなんだよオルテガのやつ。
というか、オルテガを作った人の趣味なのだろうか。
「ふーむ、そちらの殿方は話がわかるようじゃな。さすがわ血の通った人間といったところかのう」
長老は顎の下に蓄えた白髭をさすりながら呟いた。
「オルテガが機械だと見抜いていたんですか?」
「機械は目を見ればわかる。それは人間とて同じことじゃ」
そういって長老は片眉毛を上げると、得意げに笑みをこぼした。
「戯言に興味はありません。さっさと情報をよこしなさい」
「だからやめろって……」
「教えることはやぶさかではない。なぜならきっと、儂らにとっても益のあることじゃなからな」
「益に? それってどういうことなんですか?」
「確かにここから西に十キロほどの場所に人間が隠れ住んでいる可能性のある場所が存在する。儂らが機械墓場と呼んでいる場所じゃ」
なんだか物騒な名前だな。
にしても長老のいまのいいかたが引っかかるな。わざと可能性ってとこおだけ強調していたような気がする。
オルテガも露骨に眉間に皺を寄せているし、たぶん聞き間違いじゃない。
「といっても、そこは表向きは機械たちの廃棄場にしかなっておらん。かつては行動不能になったり役目を終えた機械たちが集められておるだけの場所じゃ。いまとなっては土地そのものが廃棄されておるがの。ただ、近頃はほとほと困ったことにリザードマン共が住み着いてのう。しかもただのリザードマンの群れではなく、奴らはユニークをボスとした群れで儂らは手を焼いておるんじゃ」
「ユニーク?」
「突然変異のことです。魔物は遺伝子情報が不安定なため同族同士での交配でも異形種が産まれることがあるのです」
それが獣人と魔物の違いってわけか。
「そこで頼みがあるんじゃが、儂らの代わりにリザードマンどもを倒してはくれんか」
「交渉が下手ですね。すでに場所を聞いたわたくしたちにあなたがたの要望に答える理由がどこにありますか」
「……倒さないと、いけないんじゃないか?」
俺が答えると、長老はにかっと笑った。
「ほっほっほっ、さすが人間殿。つまりはそういうことじゃ。おそらく生き残った人間は機械墓場の地下におる。あそこにいれば材料や燃料には困らんし、機械にとっては単なる廃棄場所。奴らの目を掻い潜るにはうってつけの場所じゃろう。じゃが、その地下に行くためには否が応でもリザードマンの縄張りに足を踏みいいれる必要があるんじゃ。その意味がわかるな?」
「入ったが最後、群れを壊滅させるまでは追いかけ回されるというわけですか」
「その通りじゃ。当然、機械たちに見破られぬよう、地下への道は隠されておる。リザードマンに襲われながらそれを発見できるか?」
オルテガを見ると、彼女は力こぶを作ってふんすと鼻息を荒くした。
俺は長老に向き直り、両手でお手上げの意思表示をしながら首を左右に振ったのだった。
「では、話は決まりじゃな」
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