第7話

「いやぁーたすかったよぉ!」


救出した白兎の獣人は余っていたリザードマンの肉を食べながら嬉しそうに言った。


「君はリザードマンに捕まってたのか?」

「そうそうそうなんだよぉー! 僕が岩の上でお昼寝してたら突然奴らがやってきて、最初は食べられるかと思ったんだけど見ぐるみを剥がされて袋に詰められちゃったんだぁ」

「食べるのとは別の目的で捕まえたってことか?」

「おそらく、繁殖のためでしょう」


オルテガに顔を向けると、彼女は冷ややかな目で白兎の獣人を見つめていた。


「は、繁殖?」

「イエスです、マスター。以前説明した通り、魔物は異種族間での交配が可能です。それは人間や獣人も同じでして、ある程度の知能を有する魔物は異種族を捕らえて交配に利用するのです」

「じゃ、じゃあこの子も、俺たちが助けなかったら……」

「はぐはぐ」


呑気に肉にかぶりついている獣人少女。いまは俺のマントを羽織っている。その姿はウサギ耳や尻尾がある以外は人間と変わらない。


こんな子があんなトカゲに襲われるなんて、終末世界って過酷だな。


「まぁ、獣人がどうなろうと気に病むことはありません。獣人はかつて人間が魔物と交配した結果生まれたいわば人間の出来損ないです。数も多いですし、獣人の一匹や二匹くらいトカゲにレ○プされても大勢に影響はありません」

「お、おいおい、いくらなんでもそれはいいすぎだろ……」


オルテガのやつ、なんだってそんなに獣人を目の敵にしているんだ。


「ひどーい! 僕らは確かに魔物の血が流れているけど、魔物と違ってむやみやたらに変異したりしないんだよ! 兎の子は兎の子なんだ!」


魔物と違ってって、どういう意味なんだろう。


「確かに獣人は魔物と違って遺伝子が安定している分、突然変異も起きません。ですが、だからなんだというのです」

「それに僕らは魔物よりもずっと頭がいいし、人間よりもずっとずっと運動神経がいいんだよ! すごいじゃん!」

「黙りなさい万年発情期のアバズレビッチ兎。どんな相手とでもポコポコ子供を産む穢らわしい畜生の分際で人間よりもすぐれているなどとはおこがましい。生まれてくる子供が必ず獣人になるという点も遺伝子のしつこさが滲み出ています」

「い、遺伝子のしつこさってなんなの!?」


オルテガのやつ言いたい放題だな。


兎の子も唖然としちゃってるよ。


「あ、あのさ、特殊な能力を持ってるってところは俺も似たようなもんじゃないか? だからそんなにーーーー」

「ぜんっぜん違います! マスターは人間としての性能を120パーセント引き出した存在であって、人間としてはいわば血統書付きの最高傑作なのに対し、獣人は穢れた血を受け入れた雑種にすぎません! 品位が違いますよ、品位が!」

「ねぇ、この小さいお姉さんはなんでこんなに酷いことばっかり言うの? 僕、なにかした?」


兎の子は半泣きで俺に尋ねてきた。


どうもオルテガにとっては人間が最高でそれ以外は認められない存在らしい。


機械としては正しいけど、ちょっと考え方が偏っているな。


「小さいは余計です」

「だって小さいじゃん! 背も低いしおっぱいもほら! 僕の方が大きい!」


そういって兎の子は自分の胸を持ち上げた。


「…………」


それを見たオルテガが無言でライフルを手に取ったところで俺は慌てて割って入ることにした。


「ままま、待て待て待て! そうだ、君はなんて名前なんだ!?」

「僕の名前?」


兎の子は自分を指さしてきょとんと首を傾げた。


「そうそう! 教えてくれよ! 俺はもっと獣人のことが知りたいんだ! あー知りたいなー! 獣人のことがもっと知りたい! そのためには生きててもらわないとなー!」


ちらり、とオルテガを見ると、彼女は小声で「ビッチ」と呟いたあと、ライフルを置いた。


「僕はミリィ。この近くの村に住んでるよ」

「そうかミリィ! それじゃあ君の村まで行けばもっと獣人がいるんだな! よーし、見物ついでに送り届けてあげよう!」


このままだとオルテガのやつ、この子を荒地に置き去りにしそうだからな。


先に釘を打っとかないと。


「ほんとぉ!? ありがとう! えっとー」


あ、そういえば俺も名乗らなきゃいけないな。


いままでは名前なんてなくてもなんとかなってたけど、そうだなー、えっと、まずい全然自分の名前が思い浮かばない。


オルテガに視線を送ると、彼女は視線を伏せたままため息をついて「マスターの銀髪は美しいと思います」といった。


「銀……ギンだ。俺の名前はギン」


安直だけどまぁいいか。


一瞬、シルバとか名乗りかけたけど、ちょっとカッコ良すぎるしな。


日本人の俺にはギンくらいがちょうどいい。


「そっか、よろしくね! ギン!」


ミリィはそういって俺の腕に抱きついてきた。


とんでもなく大きくて柔らかい二つの膨らみに腕が挟まれる。


「おお……」


思わず声を漏らしたその時、銃声が響いた。


「うお!」

「ひゃあ!」

「おっと、申し訳ありません。暴発したようです」


見ると、オルテガが片手でライフルを握り締め、空に銃口を向けていた。


さてはわざと空に向かって撃ちやがったな。


ライフルの銃口から立ち上る紫煙が、夜風に吹かれて散っていく。



※ ※ ※


月明かりが照らす砂漠を、怪しい影が歩いていた。


全身を余すところなく黒い装甲で覆い隠したその姿はまるで幽鬼か亡霊を彷彿とさせる。


微かな胸の膨らみだけがその影が女性であることを証明していたが、性別など超越した威圧感がその影には備わっていた。


影は砂漠にのこされた四本の轍を見つけてしゃがみ込んだ。


頭部の装甲に赤い光が明滅し、解析を開始する。


車種はもちろんのこと、砂の沈み方から乗っている人数を、轍の消え方から移動開始時間を演算し始める。


全ての解析が終了したところで、影の背後の砂が隆起した。


あらわれたのは砂漠の主。土足で踏み込んできた余所者に襲い掛かろうと、いままさに鎌首をもたげている。


砂漠の主が無数に生えた牙を開いて食らいつこうとしたその刹那、影は振り向きざまに腕を振るった。


影の手から伸びた赤い鎖が砂漠の主を締め上げる。


抗いもがく砂虫を、影は力ずくで地に這わせて平伏させた。


かつて砂漠の主だった者の背に乗ると、影はまるで手綱のように鎖を引いて轍を追って前進を開始したのだった。


黒い装甲の下で、赤い眼光が怪しげに光を放った。


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