第6話

拠点を出発して一時間後。


俺たちはいつの間にか砂漠を抜けて荒地へと入り込んでいた。


「な、なぁオルテガ! ちょっと休憩しないか!?」

「はははは! なにをおっしゃいますかマスター! ようやくエンジンが温まってきたところですよ! それにあと三十分ほどで目的地に到着します! ノンストップで行きましょう!」


思ったよりも早く着くみたいだ。とはいえ時速八十キロくらいで爆走しているのだからそれに見合った時間で到着してもらわなきゃ困る。


「ヒャッハー! だれもわたくしを止められませんよー!」


それ以前にちゃんと目的地で止まってくれるか不安だ。


なんてことを考えていると、衝撃とともに突如としてフロントガラスにヒビが入った。


「な、なんだ!?」

「むっ!」


オルテガが急ブレーキを踏み、荒地の上をタイヤが滑る。


半回転しながら停車すると、オルテガがハンドルに足を乗せて上空に発砲した。


「オラオラオラ! わたくしの運転を邪魔する不届きものはどこのどいつだでてこーい!」

「お、落ち着けオルテガ!」


オルテガをなだめようとすると、ひゅん、と頭上を何かが通り過ぎ、オルテガの頭部に当たった。


思わずキャッチしたそれは拳大の岩。おそらくさっきフロントガラスにヒビが入ったのもこの岩のせいだ。俺はすぐに察した。俺たちはいま、何者かから攻撃を受けている。


「オルテガ!」

「ええ……ええ……わかっております。わたくしの運転を邪魔するばかりか、このわたくしに石を投げてくる輩がいるようですね……」


オルテガは仰け反ったままサングラスを握りつぶして答えた。


俺はすぐに車から飛び降りて周囲を警戒。すると近くの岩場の上に三つの影が降りてきた。


「ぎゃぎゃぎゃ!」

「ぎっぎっぎ!」

「ぐげげげ!」


現れたのは二足歩行のトカゲ。


二匹は棍棒を持っており、奥にいる一匹は背中に身の丈ほどもある巨大な袋を背負っており、手には岩を握りしめている。


たぶん、あいつが投石の犯人なのだろう。


「なんだこいつら!」

「リザードマンですね。トカゲ風情がわたくしの進む道を阻むとは……身の程を知りなさい!」


オルテガの放った銃弾が投石リザードマンの眉間にヒット。一発で命を撃ち抜いた。


前衛の二匹は死んだ仲間に目もくれず突進してくる。


「ちょこざいな!」


オルテガがライフルを一回転させて再装填させたが、二匹のリザードマンはすでに目と鼻の先にいた。


俺は咄嗟にナイフを抜いて、すれ違いざまに素早く二匹の細長い首を切断。


数拍遅れでリザードマンの首から吹き出した血が雨となって周囲に降り注いだ。


「やった!」

「まだです!」


勝利を確信したのも束の間、オルテガの声で振り返ると、一匹だけまだ立っていた。


どうやら浅かったらしい。けどこの距離ならパルスガンで仕留められる。


そう思って脇のホルスターに手を伸ばすと、リザードマンの頬がぷくっと膨らみ次の瞬間、目の前に火球が飛んできた。


「うおおおおおお!?」


予想外の攻撃に体が硬直していると、銃声が鳴り響き火球が消滅。


どうやらオルテガが撃ち抜いてくれたらしい。


「いまですマスター!」

「ナイス、オルテガ!」


俺はパルスガンを抜いてリザードマンの頭部を爆散させた。


最後はかなり焦ったがこれといったダメージもなく倒すことができた。


ミュータント糞ネズミで訓練したかいがあったな。


いやまて、それよりもいまこいつは火を使ったよな。ってことは、だ。


「なぁオルテガ! もしかしてこいつらって!」

「イエスです、マスター。火の魔素を持つ魔物です」


ついに魔素を持つ魔物を倒すことができた。


さっそくオルテガに解体してもらい食事の支度をしてもらうことにした。


そうこうしているうちに日が暮れ始めたので焚火の用意をして、野営の準備を進める。


日が完全にくれた頃、俺とオルテガは焚火を囲んで棍棒から作った木の串に刺したリザードマンの肉が焼けるのを待っていた。


「そろそろいいかな?」

「大丈夫だと思います」


しっかり焼けたのを見計らって肉にかぶりつく。


ちょっと知能があるようだったがそこはもう気にしないことにした。この世界じゃ食えるものはなんでも食わなきゃ生きていけない。


それに魔法を使うためだ。多少気持ち悪くても俺は食う。


咀嚼を少なめにして肉を飲み込んだ。


「ん?」


もう一口食べてみる。


今度はしっかり噛んで味わってみた。


かなり淡白な味だが、悪くない。


水分をこれでもかというほど飛ばした鶏胸肉みたいな感じだ。


「わりと美味いな」

「お口にあったようでなによりですマスター」


少し残してしまったが一気にリザードマン三匹分の肉を平げ、腹が丸々と膨らんだ状態で立ち上がった。


「げふぅ、いまなら魔法が使えるのかな」

「使えると思います。魔法は強くイメージすることで発現するらしいので、試してみてはいかがでしょう」

「イメージ、か」


俺は左手で右手首を掴み、上に向けた。


「イメージ……イメージ……」


手のひらの上に火が出るイメージを膨らませる。


「頑張ってくださいマスター」

「イメージ……イメージ……イメージ……出たか?」

「まだです」

「もっと、もっと、イメージ」

「まだでません」

「イメージしろ……イメージだ! うおおおおおおおおお!」

「でませんよマスター!」

「でろおおおおおおおおお! うおおおおおおおおおおおあああああああああ!」

「もっとです! もっとシャウトしてください! 魂を! ソウルを燃やすのですマスタアアアアアア!」

「ほぎゃあああああああああああああああああああああ!」


しゅぽっ。


そんな音がして目を開くと、手のひらの上に炎が出現した。


マッチ1本分くらいの、小さな炎が。


「しょぼ!」

「おめでとうございます、マスター。これで魔法の実績解除です」

「これで解除かぁ……」

「もっと大量に魔素を取り込めばきっともっと大きな炎が出せますよ」


もっと大量に、か。


リザードマン三匹でこの出力ってことは、一体どれくらい食べればまともな炎が出せるんだろう。


これでも魔素の吸収効率は高いらしいから気の遠くなる話だな。


魔法の習得はこつこつやっていくしかなさそうだ。


しかし不味いな。


「このままじゃ駄目だ」

「なにか不都合なことがおありですかマスター」

「ああ、深刻なQOL不足だ」

「……恐縮ですが、QOLが不足する事態というのはどのような状況なのでしょうか」


オルテガはガラス玉のような瞳を見開いてこちらを見つめてきた。


「美味しい食事に安らげる居場所! 自己を高めることができる環境! 人との関わり! それらが圧倒的に不足している!」


野宿生活に食料は味気ない魔物肉。いまだ現地人との遭遇もなし。こんなんじゃただの苦行だ。生活水準が上がる気がしない。


「わたくしのお傍では安らげないということなのですね……申し訳ありませんマスター。わたくしが至らないばかりに、よよよ」


オルテガがハンカチで目元を抑える姿を見て、俺はちくりと痛んだ胸を押さえた。


「はうっ! ああ、いや、違うんだ、そういう意味じゃなくて……そう! つまり俺は、ただ人類を復興させるだけじゃなくて文明そのものを再興したい! いや、してみせる! 人々が安心して暮らせる環境まで整えてこその救世主だろ!」

「まぁ、それは素晴らしい志でございますマスター! よっ、救世主!」


なんかうまく担がれた気がするけど、とにかく俺はこの荒廃した未来世界でQOLをあげてやる。


安心して暮らせる住居を用意して、食料の供給を安定させて、社会的コミニュティを形成し、インフラを整備して、人々に仕事を作り、自己研鑽に励んで、家庭を作り自己肯定感を高めまくってやる!


……やることが多すぎるから、とりあえず安心して暮らせる場所を確保することから始めよう。そもそもまず、生き残った人類を集めないといけないのか。道のりは長いな。


「はぁー、なんか疲れた、って、うお!?」


どっと疲労感がのしかかってきて尻餅をつくと、リザードマンが持っていた荷物の上に乗ってしまった。


なにやら柔らかい感触がして、すぐさま袋の上から退いた。


「な、なんだ?」


袋をみてみると、もぞもぞと蠢いている。


てっきり投げるための岩が入っているとばかり思っていたが、別のものが入っているようだ。


俺は袋の端っこを掴んでひっくり返した。


すると中から、得体の知れないものが出てきた。


桃色のクセの強い長髪をかき分けて頭部から生えた白いウサギ耳。両手両足を縛る荒縄。口には猿轡。お尻には小さな白い尻尾。


それと、とんでもない面積の肌色が視界に飛び込んできた。


「うー! うー!」


目をうるうると涙ぐませながらこちらを見上げていたのは、素っ裸にひん剥かれた白兎の獣人だった。


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