第5話
ミュータント糞ネズミの一件には本当に参った。
ずいぶんと苦渋というか苦い肉汁を飲まされたが得るものはあったと思う。
まずこの体に慣れてきた。最初は足が長くて走るのも大変だったが今ではバク転だって軽々できる。
この体、基本的な身体能力が凄まじい。片手腕立て伏せどころか逆立ちして腕立て伏せができる。
次に武器の扱い方もコツが掴めてきた。パルスガンはやや弾速が遅く、相手の動きを読みながら撃たないと当たらない。
高周波ナイフはその切れ味の良さから切った手応えがほとんど感じられない。振り抜きすぎないように扱うのが正しい使い方だ。
あとは魔法さえあれば完璧だ。ああ、魔法が使えればこの娯楽も何にもない終末世界が少しは楽しくなるんだけどな。
そう、娯楽だ。この時代、というか終末世界には圧倒的に娯楽が足りない。これはQOL的に致命的だ。
前になにか娯楽はないのかとオルテガに尋ねたら「実はわたくしには極めて人間に近い機能が備わっておりまして……わたくしと子孫を残す練習をしてみますか?」と提案されたことがあったので却下した上で娯楽についての話題はしないようにしていた。
だが七日目にしてすでに狩りがマンネリ化し始めているのは事実。
動きが単調な糞ネズミばかり狩っていれば当然こうなる。
かといってグレゴリアン・デスワームに挑むような勇気も実力もまだない。
せめて違う景色がみたいところだ。砂漠以外の、この終末世界の別の顔を見てみたい。
「では、そろそろ魔素を持つ魔物がいるエリアまで移動しましょうか」
終末世界に来て七日目。
俺の長い髪を切りながら、オルテガは唐突にそういった。
「え、移動するのか?」
「イエスです、マスター。実は七時間ほど前からとある信号をキャッチしておりまして、おそらくこれは救難信号ではないかと予想しております」
「救難信号!? でも人間はもう絶滅したんじゃないのか!?」
「絶滅はしておりません。1パーセントの生き残りがおります」
「あ、そっか」
全人類の1パーセントだもんな。
未来世界の世界人口がどんなもんかは知らないが、それでも数十万人から数百万人くらいは生き残っているはずだ。
まぁそれが世界中に分散しているわけだから、やっぱり少ないんだろうけど。
「魔素を持っている魔物を見つけるのはその道中でいいか。それで、これからどこに向かうんだ?」
「西です」
「漠然としすぎじゃないか?」
「正確な位置はわかりません。信号の強さからしておそらく静岡県の西部地区。浜松市周辺だと思われます」
「浜松市って浜名湖があるところだよな。あと新幹線の駅があるとこ」
「イエスです、マスター。マスターは博識でございます」
最近、オルテガは露骨によいしょしてくるな。
悪い気はしないからいいんだけどさ。
「けど、危険はないのか? 他のところより安全だからここを拠点にしているんだろ?」
「イエスです、マスター。ここは砂漠で魔物の数が少ないのと、グレゴリアン・デスワームが外界からの侵入を防いでいます」
グレゴリアン・デスワームは砂漠の主であると同時に守護者でもあるってわけか。
「ですが、いまのマスターならば問題ありません。砂漠の外にいる魔物とも十分戦えるはずです」
「そっか。オルテガがそういってくれるとなんだか自信がつくよ。で、移動はどうするんだ? もしかして徒歩?」
「答えはノーです、マスター。移動はこちらを使います」
しゃきん、と最後の一房を切り終えたオルテガは、鋏を置いて壁面のレバーに近づいた。
レバーを下げると、部屋の床が左右に開いた。
そこから迫り上がってくるターンテーブル。その上には屋根のないSUVが鎮座していた。
「車があったのか!」
「わたくしが整備した愛車、名をブラックデストロイヤー・ヘルダイブ号といいます」
「すごい名前だな……」
「お褒めに預かり光栄ですわ」
オルテガは淑女のようにスカートの端をつまんで会釈した。
褒めたわけじゃないけど、まあいいか。
車を側でみてみると細かな傷がたくさんついておりかなりの年代物であることがわかる。
けれどボディもフロントガラスも徹底的に磨かれており、短い銀髪のすっきりした自分が映り込む。
「善は急げだ、早速いこう!」
「イエスです、マスター!」
オルテガが運転席に乗り込み、俺はドアの縁を掴んで軽々と飛び越えて助手席に座った。
「おお、なんかちょっとわくわくするなぁこういう車……って、オルテガ?」
「ちょっと静かにしてくださいませ」
オルテガは黒い革手袋を装着し、サングラスをかけた。
「あの、オルテガさん?」
「黙ってないと舌を噛みますよマスター!」
どぅるん、とエンジンが始動した。
あ、ガソリンなんだこの車。
「いや、ずいぶんと気合が入ってるなーなーんて……」
「しゃあっ! 地獄の底までかっ飛ばしていくぜー!」
「いや、ちょっと、安全運転でーーーーひぃ!」
ぐん、とシートに頭が押しつけられ、景色が後ろへと流れていく。
俺たちが乗ったSUVは、凄まじい勢いで砂漠を爆走したのだった。
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