第4話

砂漠。そこは生命が生き残るにはあまりにも過酷な環境だ。QOL的には最低に近い。


まず水がない。この時点で大半の生物は適応できない。水分は生命の維持に欠かせないものだからだ。


次に、気温が高い。日中の気温は軽く四十度を超える灼熱の世界だ。水分が豊富な環境ならまだしも、乾燥した土地でこの気温ともなると、大半の生物は三日と持たずカラカラのミイラになってしまうだろう。


それでも砂漠には、少ないながらもこの環境に適応したタフな生き物がいる。


それが魔物となればより高い順応性を発揮するのだ。


「そっちに行きましたよマスター!」


なんかくるくる回すライフル(ウィンチェスターとか言うらしい。)を携えたメイド型美少女アンドロイド、オルテガが叫んだ。


彼女の視線の先には俺の腰くらいの大きさがある巨大ネズミが砂の上を疾走している。


あれはミュータント「糞」ネズミという魔物らしい。


高い繁殖力をもちさらに寒さや暑さ、湿気や乾燥、放射能にも強い戦闘力以外は完璧な魔物だそうだ。


その安定度の高さゆえか、他の魔物と交配しても細胞が変異しないらしく、とにかく数が増えまくってこの世界の至る所に生息しているのだそうだ。


命名したのはオルテガの開発者らしいのだが、あんまりな名前だと思うので俺はミュータントネズミと呼んでいる。


「任せろ!」


パルスガンを構えて狙いを定める。


ミュータントネズミはまっすぐ俺の方向に走ってくる。


たぶん、体当たりするつもりだ。こいつの攻撃方法は体当たりか噛みつきしかない。


サイズがサイズなのでどちらの攻撃もかなり痛い。


一匹目の時にどちらも食らって半べそになりながら倒したのは今となってはいい思い出だ。


落ち着いて照準を合わせて、パルスガンの引き金を絞る。


軽い反動とともに、ぎょん、という音が鳴って青白い塊が飛んでいった。


「ぎゃぴっ!」


電撃波はミュータントネズミの頭部にヒット。上顎から先を丸ごと吹き飛ばし、ミュータントネズミは倒れた。


「ふぅ、だいぶなれてきたな」


はじめは魔物とはいえ生き物の命を奪うことに抵抗があったものの、五匹目ともなると最初ほど抵抗は無くなった。


ちょっと野蛮すぎる気もするが、狩りみたいなものだと考えることにした。


「お見事です! マスター!」

「へへっ。さあ、グレゴリアン・デスワームが来る前に拠点にもどろうぜ」


グレゴリアン・デスワームは砂漠地帯を一定の周期で移動している。時間帯でおおよその位置を把握できるのだが、いまはオルテガに内蔵されているソナーも使っているので安全性はかなり高い。


その証拠に、ここ三日間の狩りでは一度もグレゴリアン・デスワームとは遭遇していない。


「それでは解体はわたくしがしますね。早く血抜きをしないと肉の質が悪くなるので」


オルテガはそういってナイフを取り出し手際よくミュータントネズミを解体し始める。


倒すことには慣れてきたけど、血とか内臓はまだ無理だ。直視できない。


ミュータントネズミの肉を拠点に持って帰り、オルテガに調理してもらう。


といっても、ここには非常食の缶詰と塩胡椒くらいしかないので基本的にはただ焼くだけだ。


「いただきまーす! んー!」

「どうですかマスター? 腕によりをかけて作ったのですが」

「このドブ川を彷彿とさせる臭みに噛むたびにどろりととろける歯応えのなさ! 極め付けは塩と胡椒じゃ誤魔化しきれないほどの苦くて酸っぱい味わい! 最高にゲロまずいぜこの肉!」


すごいやこんな不味い食べ物が存在するなんて。


これがアポカリプス飯かぁ。


「すごいですマスター! マスターの感想は過去の人類の感想と九十八パーセントの割合で一致しております!」

「いや、どこに感激してんだよ……」


本当に冗談抜きで死ぬほどまずいぜミュータントネズミ。


そりゃ名前に糞をつけたくなるのもわかる。それでも俺はこいつを食べなきゃならない。そうしないと魔素を吸収できない。つまり魔法が使えないからだ。


この未来世界のQOLははっきりいって最悪だ。健全な生活どころか人として最低限の暮らしすらままならない。


トイレは垂れ流しだし、食料は味気ない。社会的成功とか以前に社会がない。


だが魔法があればどうだろう。少なくともインフラ関係は改善されるはずだ。


「うおおおおおお! 食い尽くしてやる!」

「素敵ですマスター! まずいまずいと評判のミュータント糞ネズミをそんなに食べるなんて! もしもこの時代にギネス記録があったなら、マスターは間違いなく世界一まずい食べ物を誰よりも食べた人物として登録されることでしょう!」

「俺だって……んぐっ! 食いたかないけどさ……うぇ……。でも、食べなきゃ使えないだろ……ひぃん……魔法がさ……」


俺がこんなにがんばるのも魔法を使うためだ。


百万円払ったら魔法が使えるようになるなんて言われてもないものは出せない。


でも食べれば魔法を使えるようになると言われたならそれがどんなに不味くたって食べる。


それくらいの根性は備わっているのさ。


それがQOLを極めんとするものの精神性ってやつだ。


「食べても使えませんよ?」

「は?」


いまなんていった。


食べても使えない?


「おい、オルテガ。それ、どういう意味だ?」

「ミュータント糞ネズミは魔素を持たない魔物です。いわゆるスカということです。魔素を持つ魔物は、適合する魔素に対応した攻撃をしてきます」

「じゃあ、いくら食べても無駄ってこと?」

「イエスです、マスター」

「はは……なーんだ、そうだったの……」


俺は手に持っていたミュータントネズミの骨付き肉を床に叩きつけた。


「ざっけんなよこの糞ネズミがぁ!」


命名、こいつはミュータント糞ネズミだ。

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