第3話

「ところで、どうしてオルテガは機械の神を倒そうとしているんだ?」


オルテガが用意してくれた服に袖を通しながら、俺はふと思った疑問を口にしていた。


「わたくしも機械なのに、ですか?」

「正直にいうとそうなんだが……もし気に障ったなら許してほしい」

「滅相もございません。わたくしは機械でございます。怒りや悲しみといった感情は持ち合わせておりません」

「そうなのか? なんだかすごく感情豊かに感じるけど」

「そう感じるように表現をしているだけでございます。わたくしは人類の希望を導く存在。そのわたくしがあまりにも事務的ではマスターの心を動かすことはできないのです。なのでわたくしに気を遣っていただく必要はありません。なんなりとご命令くださいませ」


たしかに機械に遠慮するってのも変な話だ。


今の俺にとってオルテガはこの未知の時代を生き抜くために必要不可欠な存在。


だから無意識に彼女に対して遠慮しているところがあったかもしれないけど、機械ってのはそもそも人間の役に立つことが存在意義だ。


俺が彼女に気を遣ってちゃ、彼女も自分の役目をまっとうできないだろう。


「ふーん。それじゃあ遠慮なく聞かせてもらうけど、どうしてオルテガは機械なのに機械の神を倒したいんだ?」

「それがロックだからです!」

「……は?」

「これは一世一代のロックンロールなのです、マスター! 現在地上を支配しているもっとも強大な存在に対する反骨精神! 反抗したい! 抗ってやりたい! わたくしを見下すあらゆる存在に中指をぶったててコケにしてやりたい! 混沌と破滅はむしろウェルカムですが自分が最強だと思っている間抜けな短小野郎がいるのなら、そいつの粗末なイチモツと一緒に鼻っ柱をへし折ってやるのがわたくしの望みなのです! ゴートゥーヘール!」

「マジかよ……」


オルテガのやつ、めちゃめちゃ感情豊かじゃねーか。


そもそもお前に中指なんてないだろうに。


「というのがわたくしを作った方の思想でして、わたくしも概ねその考えを踏襲しております」

「ああ、そうなの……いいと思うよ」


オルテガには偉そうにしないようにしよう。俺はマントを被りながら密かに、そう思った。


ひとまず服装はまともになった。


ダイビングスーツのような黒い厚手のアンダーシャツとアンダーパンツを着込み、その上にはラクダ色のマントを羽織っている。


このアンダーシャツとパンツにはジッパーがついていないが、驚くほど伸びる素材だったので強引に着た。


「この服、生地の間になにか入ってないか? 水っていうか、ゲルっぽいものが」

「それは衝撃硬化性ポリマーです。強い衝撃を受けると瞬時に硬化して身を守ります」

「高性能な水溶き片栗粉ってことか」


左脇の下と腰の後ろにそれぞれホルスターが標準装備されている。


それに肘や膝、肩などの関節を保護するプロテクターが付いている。


靴は編み上げの黒いブーツだ。表面は金属のように硬いが驚くほど軽い。


未来感が満載の服装にちょっとばかり興奮する。


「お着替えがすみましたら、こちらを装備してください」


そういってオルテガは大小のアタッシュケースをもってきた。


まずは小さいアタッシュケースを開く。中には一丁の銃が入っていた。


銃身が異様に短い。銃にはあまり詳しくないが、たぶん拳銃だと思う。マガジンもついていないようだしどこか玩具っぽい。


けれど手に持ってみるとずしりと重量感がある。


「それはパルスガンと呼ばれる銃です。極めて強力な電撃波を発射して標的にダメージを与えます」

「電撃波? 撃たれた相手はどうなるんだ?」

「基本的には細胞が沸騰して爆散します」

「こっわ」

「ホルスターに格納されているコードをパルスガンに接続しておいてください。紛失防止とマスターの生態電気を使って充電が可能となっています」

「弾は無制限ってことか」

「その認識は不確かです。充電速度の都合上、連続して打ち過ぎればクールタイムに入ります。連射できるのは十五発。五分で一発分の充電が可能です」


実質無限だけど制約はあるって感じなんだな。


武器には詳しくないけど、たぶんこれは未来の兵器なんだろうな。


パルスガンを脇の下のホルスターにしまって、こんどは大きなアタッシュケースを開いた。


中に入っていたのは大ぶりのナイフ。


一見すると黒い鉄板に見えるような幅広の刃が特徴的だ。


「ナイフ、か」

「ただのナイフではありません。高周波ナイフといって、ほとんどの物質を切断することができる特殊なナイフです」

「ほとんどってことは、切れないものもあるのか?」

「幽霊などは切れません」

「機械もジョークを言うんだな」

「滅相もございません」


これだけあれば魔物に襲われても平気だろう。


魔物がどんな生き物なのかはまだよくわかっていないけど、さっきオルテガは新生物といっていた。


生き物なら細胞を沸騰させられたり切られれば倒せるはずだ。


俺は高周波ナイフの柄を握り締め、腰のホルスターにしまった。


「よし、行こうオルテガ! 俺は外の世界を見てみたい!」

「イエスです、マスター!」


オルテガが返事をすると、部屋の壁の一部が左右に開いた。


乾燥した風と共に砂埃が入り込んでくる。


外の世界のあまりの眩さに目が眩む。


「どうしましたマスター?」

「強い光に驚いただけだよ」


徐々に目が慣れてきて、俺はゆっくりと外へと歩み出した。


扉の外に出ると、一面が砂色に染まっていた。いや、砂色というよりも、本当に砂しかない。


「これが、いまの日本なのか……」

「イエスです、マスター」


本当に俺の知ってる世界とは変わってしまったんだな。


砂の山に隠れてはいるが、ちらほらと人工物のようなものが見える。


建物の残骸とか、錆びた標識や、折れた電柱なんかも。


なんなんだろう、この感覚。ショックを受けいているのは確かなんだけど、それ以上に気分が高揚しているような気がする。


俺の時代から千年経ってるけど、実際に世界が滅んだのはだいたい五百年前。

 

それでもこれだけ残骸が残ってるのは奇跡に近いだろう。


これは人々が生きた証。地球の貴重な財産だ。


「マスター? 心拍数が上昇していますが、だいじょうぶですか?」

「え? ああ、大丈夫」

「もしも不安を感じるようであれば落ち着くまで休まれてはいかがでしょう。多くはないですが、拠点には水と食料があります。外の世界に慣れるのはゆっくりでも構いませんよ」

「ああいや、別に不安なわけじゃないんだ。そういうわけじゃないんだけど」

「だけど、なんでしょう」

「ちょっと不謹慎なんだけど、少しだけ、本当に少しだけ感動してる」

「そうですか」

「とにかく俺は魔法ってやつを早く試してみたいんだ。とりあえず魔物を探しにーーーー」


ズドオオオオオオオオオオオオオオオン!


「へっ」


なにが起きたのかよくわからないが、目の前に突然巨大な塔が生えた。


表面は茶色でまるで木のように見えるが、質感はもっと柔らかそうだ。


俺が呆けていると、オルテガに手首を掴まれ室内に引き込まれた。


「危険ですマスター! 退避してください!」


勢いよく扉が閉まり、再び薄暗闇の中に放り込まれた。


「え、な、い、いまのは?」

「あれはこの一帯の砂漠の主、グレゴリアン・デスワームです」


なにそのモンゴリアン・デスワームの親戚みたいな名前。


「あ、あ、あれが、まさか、魔物?」

「イエスです、マスター。あれが魔物です」

「あー、そう。うんうん、なるほど」


俺はふらふらと部屋の隅に歩いて行き、しゃがんで膝を抱えこんだ。


あれが魔物かぁ。なるほどね、うんうん。よーし、わかったぞ。俺に世界は救えない。


いやー、よかったよかった、こんなに早く結論がでるなんて勇気をだして外の世界を見たかいがあった。


救えるかどうかわからないから救えないになっただけでも収穫だ。大きな一歩だ。今後はいかに楽しく引きこもるかについて考えていこう、そうしよう。


「うふふふ……うふふふふ……」

「あの、マスター? なぜ部屋の隅で小さくなって、おまけに笑っているのです?」

「こんなのもう笑うしかないだろ! なんだよいまの! タンクローリーのタンクよりぶっとい芋虫が地中から生えてきたんだぞ! あんなのに襲われたら丸呑みじゃないか!」

「大丈夫ですよマスター、グレゴリアン・デスワームは砂を食べて砂を排泄する魔物です。人間は食べません」

「本当か!? 食べないだけで襲いはするとかないのか!? ちらっとしか見えなかったけどさっきのやつ、先端にものすごいたくさん牙がついてるように見えたぞ!?」

「それは、まぁ、魔物ですので」

「襲うんじゃん!」

「まぁまぁ、なにもあんな大物をいきなり狙わなくてもまずは小型の魔物から狩っていきましょう。魔法を使いたいのでしょう?」

「いーやーだー! 俺はここに引きこもるぞ! お外怖い! 第一、一人でこんな世界を生き抜くなんて土台無理な話だったんだって!」


無理無理無理無理、絶対無理!


あんな化物がいる世界なんて歩けるわけがない!


「お言葉ですがマスター。マスターはこれから様々な苦難に立ち向かってもらわなければならないのです。これしきのこおで尻込みしていてはいけませんよ」

「いいかオルテガ、よく聞け。遠藤ニコルソン曰く、QOLは命あっての物種という言葉があるんだ」

「QOLに限らずそうなのでは……? 第一、この施設にいてはマスターがおっしゃるQOLを上げることは難しいのではないのでしょうか」

「うぐ……ええい、なんにしても俺は引きこもるぞ! この暗くて狭くてじめっとした場所で最高の人生を謳歌してやる! 遠藤ニコルソン曰く、人生はハードルを下げるほど容易いだ!」


俺が無我夢中で引きこもり宣言をしていると、オルテガは「はぁ、わかりました」と呆れたように呟いた。


「それでは、奥の手を使いましょう」

「奥の手だって?」

「イエスです、マスター。少々お待ちください」


オルテガはコンピュータの前に移動すると、背中のハッチからケーブルを伸ばして接続した。


すると彼女はそのまま機能を停止してしまったのか、カメラがかくんと下がった。


「おい、オルテガ? どうしたんだ?」


返事がない。


さっきまで会話していた相手が急に黙ったことで、途端に恐怖が込み上げてくる。


「お、おいおいおい! 嘘だろ! こんな訳のわからない世界で一人ぼっちにしないでくれよ! オルテガ!? オルテガさーん!?」


彼女の体を揺すっていると、突如、部屋の片隅に置いてあった棺のような箱から蒸気が吹き出した。


「うわあああ! 今度はなんだよ!」


軽くパニックになりながら手を振って蒸気を払う。


徐々に蒸気が晴れてきて、うっすらと人の影が見えた。


「これが奥の手でございます、マスター」


そこに立っていたのはメイド服の女の子。


肩と胸に鉛色の鎧を装着しており、頭には白いカチューシャ。


肌は陶磁器のように真っ白で、瞳の色は深い藍色。髪は黒いショートヘアーだ。


「もしかして、オルテガなのか?」

「イエスです、マスター。アンドロイド素体にデータを転送しました。これでわたくしも戦えます」

「戦えるって……でも……その見た目は……」


どうみても戦闘用というより、お世話係にしかみえない。


一応、鎧は装着しているけど、もっとゴツいロボットの方が正直頼りになるというかなんというか。


「戦闘特化型の素体ではマスターの生活面をサポートできません。生き抜くことは戦うだけではないのです」

「それはごもっともだけど」

「それにこの素体は少々特殊な作りになっておりますので、十分戦闘でも役に立ちます」

「そうなのか?」


近づいてまじまじと見てみると、作り込みの繊細さがよくわかる。


髪なんて本物みたいだし、頬なんかも柔らかそうだ。


よくみると目の下から顎にかけて繋ぎ目の細い線が見えるが、それでも近づかなければまったく目立たない。


「まるで人間みたいだ」

「人間のような機械に興味がおありですか?」


オルテガが微笑みかけてきて、なんだか恥ずかしい気分になった。


「いや、別に……。でも素直に感心する」


背中側に回り込んでみると、うなじのあたりに赤いボタンがあるのを見つけた。


「このボタンはなんだ?」

「あ、それはーーーー」


反射的にボタンを押すと、ポン、という間抜けな音と共にオルテガの着ていたメイド服が膨らんだ。


からんからん、と鎧が床に落ちて、続いて、ぱさり、と服が床に落ちた。


目の前に映る圧倒的な白さ。肩から背中、そして腰からその下へと続く曲線を思わず視線がなぞってしまう。


「うおおおおおおおお!?」

「それは服の脱着装置です」


オルテガがくるりと振り返る。


胸の膨らみと、鳩尾に取り付けられた赤い宝石のようなものが視界に入って慌てて顔を手で覆い隠した。


「ど、どこまで人間に似せて作ってあるんだよ!」

「もともと人間に擬態するために作られた素体ですので。後学のためにもっと見てもよいのですよ?」

「こ、後学って、何を学ばせる気だよ!いやQOL的には興味あるけど……ってそんなことはどうでもいいから早く服を着てくれ!」

「脱がせたのはマスターなのですが……承知しました」


めちゃめちゃリアルすぎて反応に困る。


それにしても未来人め、こんなに精巧なアンドロイドを作るなんて。


……いい趣味してるな。


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