第2話

オルテガの返事は、おおよそ予想通りだった。


人類が滅んだ世界において、俺という生きた人間は貴重だ。


人類の復興と機械の神の退治。これが俺に求められている役割。


ここまで現実味のない話ばかりだったが、だからこそ現実的に考えよう。


俺はただの人間だ。いまのところオリンピックに出られるような運動神経があるわけでもなければ、学問に精通している知識人でもない。


親の庇護のもとで青春を謳歌していた平凡な高校生なんだ。


そんな俺が、俺よりもずっと体力のある自衛隊や軍隊を壊滅させ、俺よりもずっとずっと頭がいい学者や技術者を抹殺した機械の神に勝てるわけがない。


やる気の問題じゃない、これはもはや、一と一を足すくらい簡単な話だ。


「俺に……できるはずないだろ」

「いいえ、できます。あなた様はわたくしが調整した至高の肉体をもっているのです。さあ、わたくしにむかってステータスオープンと叫んでください!」

「……え? ちょっとまって、なんだよ急に」

「いいからステータスオープンと叫ぶのです!」

「いや、それは、ちょっと恥ずかし……」

「はやく!」

「……あー、もう! ステータスオープン!」


オルテガのカメラが瞬き、俺とオルテガの間の空間にウィンドウが表示された。


そこには俺の全身が映し出されており、五角形のパラメーターやスキルなどが書かれている。


「これ、いまの俺か?」


パラメーターは五つ。腕力、知力、走力、耐久力。


それと、魔力?


「ああ、美しい……なんて素晴らしい肉体なのでしょうか……あらゆる数値が人間の理想値を示しています……」


オルテガのやつ、なんでこんなにうっとりしてんだよ。


だがまぁ、確かにいい体つきをしている。


これなら夏の海も堂々と歩けるどころかノースリーブのシャツを着てイキリ散らしながらジムに通うことだってできるだろうな。


QOL的にはかなりグッドだ。


ただいまはそれよりも気になることがある。


「なぁ、この魔力ってーーーー」

「パラメーターに関してはいまはまだいいでしょう! 着目すべきはスキル! さあ見てください! ぜひみてください! この完璧なスキル構成を!」

「お、おう……」


なんでこんなにテンションがあがってるんだこいつ。


頭をガシガシ掻きむしりながらスキルの項目を見てみる。


スキル1:超免疫・・・あらゆる病原菌やウィルスに対する耐性をもつ

スキル2:悪食・・・あらゆる有機物を消化、吸収できる

スキル3:分厚い細胞膜・・・放射能汚染の影響を受けない

スキル4:桃色の筋繊維・・・持久力と瞬発力に優れた筋肉を持つ

スキル5:高レベル魔素受容体・・・魔力の吸収効率が高い


なんだこれパッと見ただけでとんでもない肉体だってわかる。


特に超免疫がやばい。医者いらずじゃないかこんなの。


分厚い細胞膜っていうのもかなりやばいけど。


「ふっふっふ、驚きのあまり声を失っているようですねマスター! 七億回以上もトライアンドエラーを繰り返したかいがありました!」

「七億回!?」

「イエスですマスター! 正確には七億とんで三万四千八百九十二回です! これらのスキルを併せ持つにはかなり繊細な調整が必要で、時には肉体が耐えきれず細胞がネクロシスっちゃってどろどろに溶けたり、記憶データと肉体が合致せず発狂したりとそれはもうオイルが滲むような努力の末にあなた様が誕生したのです!」

「どろどろって……っていうか、なんでそこまでして俺なんだ? 記憶のバックアップなら他にもたくさんあっただろ?」


少なくとも俺がいたクラスメイト分はあったはずだ。


「それは偶然とも奇跡とも運命ともいえます。その肉体に合致する記憶データの持ち主がたまたまマスターだったのです」

「なにか理由があるのか?」


記憶の差なんてそれほどないと思う。


だってみんな同じ十六歳だったんだ。


容量とかの問題ではないはずだろう。


「適度に破損していたことが合致の理由かと思われます」

「破損? 俺の記憶が?」

「イエスです、マスター。あなた様には、思い出せないことがあるのではないでしょうか」

「思い出せないことって……あ」


そういえば、名前が思い出せない。


年齢とか文字とか一般常識的なことは思い出せるけど、自分の名前がわからない。


それに友達や家族のことも。


「さしつかえなければ、なにが思い出せないか教えていただけますか?」

「えっと、名前と、あとは友達とか家族のことが」

「なるほど、つまりマスターのアイデンティティに関わる部分というわけですね。だから記憶が肉体に定着したのかもしれません」

「どういうことだ?」

「アイデンティティとは、自分は何者であるという自己認識です。その自己認識をもったまま違う肉体に入れば、当然拒絶反応が起こります。いまのマスターは自分というものを持っていないからこそ、その肉体に順応できたのです」

「なんか嫌な言い方だな……」


ようは、仮に太郎くんがいたとして、太郎くんが自分のことを太郎だと思ってる限りは別の体に記憶を移せないってことなんだろう。


俺はもとの自分がどんなだったかよく覚えていないから、この体でも平気だったってことだ。


いやちょっと待てよ。


「俺はアイデンティティを失っているわけじゃないぞ。俺は自分がどんな人間なのかよくわかってる」

「と、いいますと?」

「俺はQOLの求道者だ」

「……はぁ?」


機械とは思えないほど気の抜けた電子音声がオルテガから発せられた。


「クオリティ・オブ・ライフ。究極に充実した人生を謳歌することこそが俺の目標であり生き甲斐なんだ。たとえ姿形がかわってもこれだけは、この想いだけは変わらない。俺は俺の人生をより良いものに! より高いところに! 押し上げるためだけに生きている! そのためなら他のなにを犠牲にしたって構わないくらいの覚悟でな!」


俺は拳を握り締め自身の胸を叩きながら、噛み締めるように、そして自分で確かめるように言った。


「なるほど、では最初からなにかが欠落していたというわけですね」

「なんでそうなるんだよ!」


失礼かこのロボット!


「ところでさっきから気になっているんだけど、この魔力ってのはなんなんだ? もしかして魔法が使える、とか?」

「イエスです、マスター。この時代では魔法が使えます」


俺はオルテガのボディを掴んで、ずいっとカメラに顔を寄せた。


「マジかよ! てことはなんだ? 手から火を出したり水を出したりできるってことか!?」

「い、イエスです、マスター。とても目が輝いていますね」

「そりゃそうだ。本当に魔法が使えるんだったらQOLは爆上がりだぞ!」


終末世界で魔法だなんて少しだけ違和感があるけど、考えてみたら某有名ファンタジーゲームも七作目あたりからSFとファンタジーが混ざった感じになってたしこれはこれでありっちゃありだと思う。


魔法、ああ、魔法。なんて素敵な響きなんだ。


「でもなんで魔法が存在するんだ? ここは地球だろ?」

「もともと人類は魔法が使えたのです。魔素を吸収する臓器も最初から存在しています」

「それって、心臓とか肺みたいな?」

「イエスです、マスター。虫垂ちゅうすいがその臓器に該当します」

「マジか……」


虫垂ってあれだろ、盲腸になるところだろ。


まさか魔法を使うために必要な臓器だったなんて知らなかった。


「ただし、過去の地球には魔素が存在しなかったのでだれも魔法を使うことはできませんでした。けれど今は、機械の神が生み出した有機生命体、魔物が存在するため使えるのです」

「やっぱり魔物がいるのか……」


魔法が存在している時点で薄々勘づいてはいたが、やっぱり魔物がいるそうだ。


この場合、ファンタジー的な魔物を想像すればいいのか、SFに出てくるミュータント的な怪物を想像すればいいのかわからないな。


「魔物というのはあくまで俗称でして、機械の神が生み出した新生物のことです。魔物は既存の生物をベースにしながらも生物としての理から外れた存在で、独自の生態系を持っています。様々な種が存在しますが、全ての魔物に共通している特徴は異種族間でも交配が可能なこと。それに伴う急速な進化です」


いろんな種類の魔物がどんどん混ざっていくってことか。


それは確かに急速な進化ってやつを実現するだろうな。


鳥っぽい魔物とライオンっぽい魔物が交配すれば翼が生えたライオンが生まれるって感じなんだろう。


ってことは、魔物ってのはもともと存在していた動物がベースになっているのかもしれないな。


「で、その魔素ってのはどうすれば溜まるんだ?」

「魔素を吸収する方法はただ一つ、魔物を消化および吸収することです」

「それってつまり、食べるってこと?」

「イエスです、マスター。あなた様は聡明でいらっしゃいます」


魔物を食べれば魔法が使えるようになる。


実に単純で分かりやすい方法だ。


正直、世界を救うとかそんな話はいまだにピンとこないけど、魔法に関してはわかりやすいし早速試してみたい。


「なぁオルテガ。外の世界に出てみたいんだけど」

「かしこまりました。ですがその前に」

「なんだ……ふぇ、ふぇっくしょん!」

「……お洋服を着てはいかがでしょうか?」

「ずずー」


そういえば、ずっと素っ裸のままだった。


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