第53話:国交回復

「……さて、皆の者。先日の任務はご苦労だったな」


 ライラ先生の言葉が教室に響く。

 天空都市"アダライト"での任務という張り詰めた実習が終わり、いつもの学園生活が戻ってきた。

 今は教室で、みんなと一緒にライラ先生から新しい課題についての説明を聞いている。

 騎士団の任務を終えたばかりだからか、今度はどんな厳しい課題が出されるのか……という緊張感で教室はいっぱいだ。

 ライラ先生は室内を見渡すと、静かに言った。


「"大陸連盟"は、狼人族ろうじんぞくとの国交回復を決断した」


 ざわっ! と生徒たちがどよめくのを、ライラ先生は手で制した。

 そのまま、続きの言葉を述べる。


「フリードリヒの拠点へ攻めるに当たって補給路を設定したところ、狼人族の里を通るルートが主要な補給路に決められた。よって、どうしても国交回復が必要という判断になったのだ。狼人族も理解はしているらしい」


 話が終わるや否や、教室はざわめきで包まれた。

 隣にいるカレンたち三人も、緊張した面持ちで俺に話す。


「狼人族と国交回復する日が来るなんてね」

「これはまた……大きな決断です」

「ボクもビックリしました」

「ああ、俺も驚いたよ」


 生徒たちがこのような反応をするのも無理はない。

 俺もまた、原作のシナリオを思い出すと気が引き締まった。


 狼人族はその名の通り、狼型の獣人だ。

 魔力を込めることで自由に狼の姿に変身できる。

 ルトハイム王国の東の辺境にある山岳地帯に彼らの里があった。

 普段は山の深くに住み、滅多に人と接することはない。

 大昔は人間とも有効的で、交流も重ねていたそうだ。

 だが、二百年ほど前、狼人族が持つ一族秘伝の魔導具を狙い、辺境の貴族が戦いを仕掛けた。

 魔導具は無事だったものの、双方大きな犠牲を払い戦闘は終結。

 結果、国交は断絶。

 両者の間には深い溝が刻まれたまま現在に至る……という設定だったと思う。

 要するに、彼らは人間を信用しておらず、人間が嫌いなのだ。

 その辺りの事情は一般国民もよく知っていることなので、生徒たちの驚きはしょうがないだろう。

 ライラ先生も特に怒りはせず、淡々と話を続ける。


「理解があっても、事はそう簡単ではなくてな。狼人族の人間に対する不信感は強い。そこで、彼らはある条件を突きつけた。数ヶ月前の大嵐で破損してしまった一族相伝の魔導具――"ザネリ式結界装置"の修理だ。魔導具の修理を人間に頼む……これがどういうことかわかるか? ギルベルト」

「それほど……追い詰められた状況ということだと思います。おそらく、彼らの風土病も関わっているかと……」


 俺が答えると、ライラ先生は黙ってうなずいた。

 狼人族は、昔からある病に苦しめられている。

 彼らが住む地域には、東の山脈に生息する"魔虫”に起因する風土病があった。

 人間には悪影響がないが、亜人種に取り憑き体力と魔力を少しずつ奪うのだ。

 "ザネリ式結界装置"は"魔虫"を排除する効果があり、元は太古の錬金術師が製作した。

 人間と交流していた時期は定期的にメンテナンスを頼んでいたようだが、国交が断絶してからは整備などできなかったのだろう。


「あいにくと、優秀な魔導具師や錬金術師は討伐作戦の準備で出払っており、狼人族の里に派遣することができない。そこで、国内の作戦を管轄する王国騎士団は、学園の生徒に修理を頼むことに決めた。そのうちの一人がギルベルト、お前だ。お前の操作魔法ならうまく修理できるかもしれん」


 ライラ先生が言った瞬間、周囲の生徒もざわざわとしながら俺を見る。

 まさか、そんな大役を頼まれるとは思わず、ドキドキと心臓が鼓動した。

 だが、もちろんのこと答えは一つだ。 


「わ、わかりました、頑張ります」

「ああ、頑張ってくれ。今回はジゼルの推薦が大きな決め手だった」

「えっ、ジゼル隊長の推薦……」


 マジか。

 "アダライト"での任務を思い出す。

 推薦なんて嬉し恥ずかしだな。

 周囲からは生徒たちが話す声が聞こえる。


「やっぱりギルベルトは別格だな。"黒水晶"の隊長から推薦されるなんて」

「学園の中でも一番の実力者じゃないか?」

「あいつがいればたいていの問題は解決できそうだ」


 カレンたち三人も自慢げに背中を反らす。

 狼人族は人間嫌いなこともあり、ライラ先生が受け持つこのクラスだけで行くことになった。

 ……のだが。


「ライラ先生、俺の他に頼まれた生徒は誰なんでしょうか」

「すまない、伝えてなかったな。二年生のキャロル・バートランドだ。彼女の魔法は……」

「修復魔法ですよね。たしかに、ピッタリの人材です」


 キャロル・バートランド子爵令嬢。

 この世界でも希有な、物を直す修復魔法が使える。 

 原作では、ほんのちょっとしか関わってこない人だったから、基礎的な情報しか知らないんだよな。

 仲良くなれるといいのだが。

 三日後に転送魔法で狼人族の里へ向かうこととなり、話は終了した。

 そして、その夜……俺の元に、キャロル先輩から果たし状が届いた。

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