第54話:夜の戦い

「急にお呼び立てしちゃって悪かったね」

「いえ、別に構いませんよ」

「ありがとう」


 秋の涼しい夜風が吹き抜ける中、俺は一人の女性と向かい合う。

 ボブカットにした濃い紫色の髪と、同じく紫色の猫っぽい瞳が活発な印象の女性。

 腰にはだらりと大きな鞄を下げている。

 

 ――キャロル・バートランド子爵令嬢。


 狼人族の里に向かう二年生だ。

 ライラ先生から魔導具修理の話があった後、彼女から果たし状が届いた。

 カレンたちに話したところ一緒に行くと言われたが、大丈夫だと断った。

 協力して魔導具の修理に臨みたいところだけど、そう簡単にはいかなそうだ。

 彼女の全身からは、敵対の魔力が滲み出る。


「なぜ……俺に果たし状なんて送ってきたんです?」


 そう尋ねると、キャロル先輩の顔が硬い表情に変わった。


「あたしはね、バートランド家の分家の出身なのよ。これはあたしが本家に認めれる重要な機会。だから、手を引いて? こちら側の事情で申し訳ないけど」


 彼女の話を聞いて、詳細な設定が思い出される。

 バートランド家は代々優秀な魔導具師や修復師を輩出してきた。

 ただ、本家と分家に分かれており、分家の人たちは虐げられがちという話だ。

 キャロル先輩は長女なので、分家全体の未来を背負っているのだ。

 たしかに、大事な事情ではある。

 分家の人たちの期待や希望を考えれば、一人で修理に臨みたい気持ちもわかる。

 だが……。


「お言葉ですが……俺は引き下がれません」

「……どうして?」


 キャロル先輩は首を傾けて尋ねる。

 どうして……? それは……。


「俺も国の未来を背負っているからです」


 カレン、ネリー、ルカ、ライラ先生、サロメ、父上、ニコラ先輩……。

 大事な人たちがたくさんいるこの世界を、俺は守りたい。

 フリードリヒとの戦いは、文字通り国の行く末を左右する。

 主要な補給路上に里がある狼人族との国交回復は絶対だ。

 彼女の腕を疑っているわけではないが、何もせず傍観することなどできない。

 素直な気持ちを伝えると、キャロル先輩は微笑みを讃えて俺を見た。


「……いい答えね。じゃあ、しょうがないか」

「そうなりますね」


 俺たちは互いに構える。

 果たし状の内容は……敗者は学園の頼みを辞退すること。

 この勝負は、絶対に負けられない。

 地面を力強く蹴り、思いっきり駆け出す。

 まずは距離を詰めて相手の出方を見る。

 キャロル先輩は逃げることなく、鞄から何かを取り出し俺に投げた。

 小さな木の皮だ。


 ――……なんだ? 木の欠片?


「《修繕》!」


 キャロル先輩が叫んだ瞬間、彼女の目的がわかった。

 走る態勢を崩し、寸でのところで躱す。

 木の欠片から修復された巨大な樹木を。

 態勢を立て直したところで、横たわった樹木の向こう側から、キャロル先輩の感心した声が聞こえた。

 

「やるじゃん、ギルベルト君。まさか、初見で避けられるとは思わなかった」

「独特の戦い方をしますね。破片を元の形に修復することで攻撃するなんて」

「ありがとう、褒めてくれて嬉しいね」


 修復魔法は戦闘タイプの系統ではないが、こんな使い方で攻撃を仕掛けてくるとは。

 さすが、国内最高峰の学園の二年生だ。

 キャロル先輩は鞄に手を突っ込む。


「種明かしも済んだことだし、遠慮なくいくよ。……《修繕》!」


 上空からはガラスや剣、樹木に岩……多種多様な物体が落ちてきた。

 ちょうど逃げ場がないように位置も計算されている。

 魔力を飛ばし、操作魔法で動きを止めた。

 直後、上を向いた視線の片隅で、剣が突き出されたのが見えた。

 身を屈めたキャロル先輩の姿も。

 《修繕》は囮。

 本命は近接戦というわけか。

 岩や木を宙に浮かべたまま、剣の一撃を躱す。

 操作魔法を習得した当初は、一度解除しないと激しい運動はできなかった。

 だが、今はもう維持したまま戦闘に移れる。

 両拳に魔力を込め、キャロル先輩の剣を殴った。


「《打突》!」

「うっ……《修繕》!」


 すぐに修復魔法で剣が復活するものの、さらに《打突》で折る。

 いくら一家相伝の得意な魔法でも、連発しては魔力の回復が間に合わない。

 それに、近接戦の地力は俺の方が高いのだろう。

 徐々に形成が傾き、剣を弾き飛ばした。


「……俺の勝ちですね、キャロル先輩」

「ぐぐ……!」


 キャロル先輩はがくりと膝をついた。

 操作魔法を解除し、数多の物体を地面に下ろす。

 戦いが終結しても、下を向いたままのキャロル先輩に手を差し伸べる。


「ありがとうございました。俺も成長できた気がします。修復魔法の使い手と戦う機会なんてあまりないですから」


 手を差し伸べるも、キャロル先輩は顔を上げない。

 どうしたんだろう、と思っていたら、小さなうめき声が彼女の口から漏れ出た。


「う……」


 う……?


「うわああああ~!」


 キャロル先輩は……わんわんと鳴き始めた。

 え、えええ~!?


「あ、あのっ! どうしたんですかっ!」

「負けちゃった~! 負けちゃったよー!」

「お、落ち着いてくださいって!」


 泣き喚くキャロル先輩を必死に宥める。

 お、俺が泣かしちゃったみたいじゃない。

 いや、実際にそうなんだけども……!


「狼人族の魔導具を直して実力を証明しないといけないのにー! 分家のみんなに顔向けできないよー! 修理に行けないんだもんー!」


 秋風吹く静かな庭に、キャロル先輩の泣き声が響き渡る。

 ま、まずいよ……?

 寮の窓が少しずつ開き始め、生徒たちが「なんだなんだ?」と様子を窺う。


「キャロル先輩も一緒に行けばいいじゃないですか。俺一人では直しきれないかもしれないですし」

「でも、果たし状……」

「別に、そんなの気にしなくていいですよ。俺とキャロル先輩は同じ学園の仲間なんですから」


 そう伝えると、キャロル先輩はピタッと泣き止んだ。

 そして……。 


「ギルるん、大好き~!」

「離れてください、キャロル先輩……! 離れて!」


 泣くのを止めるや否や、キャロル先輩はベタベタと俺にまとわりついてきた。

 勘弁してくれ。

 カレンたちに見つかったらどうなることか。


 ――まぁ、今回彼女たちがいなかったのは不幸中の幸いだな。


 見学を断ってよかった……と、俺は一安心する。

 だがしかし。

 毎度のごとく、これで終わりではなかった。




 □□□



「「……さて」」

「本当に申し訳ございませんでしたっ」


 寮の部屋。

 俺はベッドの上に縛り付けられていた。

 当然のごとく、右にはカレン、左にはネリーがいらっしゃる。

 カレンたちは、キャロル先輩との戦いをこっそり見学していたらしい。

 つまり、あのベタベタも観測されていた……ということ。


「「浮気者には厳罰を」」

「違うんです! あれは違うんです!」


 いくら違うのだと説明しても、彼女たちは許してくださらない。

 さらに、本日は新たなメンバーが参入していた。


「なんで、ルカが!」

「今日からボクも参加することになりました」

「ええっ!?」


【メシア・メサイア】の主人公にして、俺を断罪する中心の人物――ルカ。

 よりによって、この場にいた。

 参加するって……何に?

 ポカンとしていると、カレンとネリーが説明してくれた。


「ギルベルトを思う気持ちは同じ。よって、同志として互いに切磋琢磨しようというわけ」

「二人より三人の方が捗りますので。色々と」

「そ、そんな……あぁんっ!」


 局部が襲撃され、意識が途絶える。

 まさか、三人にパワーアップするとは、よもやよもや。

 これが本当の夜のたたk……ああああああ!

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