第50話:塔の魔物

「一人で二体……っすか。わかりました」


 腐食ワイバーンの等級はA級。

 二体ともなると、さすがに楽勝とはいかないだろう。

 おまけに、魔物の攻撃から遺跡を守る、遺跡を傷つけないという制約までついている。

 これまでの討伐より一層洗練された立ち回りが必要だな……と思いながら歩き出そうとしたとき。

 カレンがジゼル隊長の前に一歩踏み出した。


「ジゼル隊長。お言葉ですが、私とギルベルトの二人で戦った方が確実だと思います。相手はA級の腐食ワイバーンですし、遺跡の保護もあります」


 カレンにそう言われると、ジゼル隊長はにこりとした笑みを浮かべた。

 優しさの中に、騎士としての矜持が滲む笑みを。


「もちろんわかっているわ。だからこそ、よ。騎士団の中でも、ギルちゃんは強い学生ということで有名だからね。どこまで強いのか、はたまた単なる噂なのか確かめないといけないわけ。腐食ワイバーンはちょうどいい試金石になるでしょう」

「で、ですが、私の氷魔法なら遺跡を守れ……」

「それとも……ギルちゃんにはできないと思っているの?」


 ジゼル隊長は、問う。

 カレンはほんの一瞬黙ると、即座に言った。

 一段と真面目な顔で。


「思っていません」

「……決まりね。ギルちゃん、異論はない?」

「はい。ありません」


 当初の予定通り、俺が一人で二体の腐食ワイバーンを倒すことで話がまとまった。

 ジゼル隊長とカレンと別れ、そっと塔に近寄る。

 遺跡を守りながらどうやって倒そうか。

 原作のゲーム知識を思い出しながら、建造物の陰で様子を窺う。

 あの二体は番い。

 原作ゲームでは番いの魔物を倒す場合、片割れが倒されると残りの一体にバフがかかるっ仕様があった。

 体力と魔力が1.2倍になるのだ。

 魔物も興奮状態になり暴れてしまう。

 ということは、同時に倒すのが一番遺跡への被害を収められそうだ。

 頭の中で戦いのシミュレーションをしてから、静かに物陰から出る。


『『……ガッ』』


 少し歩いただけで、腐食ワイバーンがどちらとも俺に気づいた。

 この天空都市に棲み着いた魔物は、都市全体を縄張りと認識している。

 だから、基本的に人間は見かけるだけで攻撃を仕掛けてくる。

 カレンとジゼル隊長は完全に気配を消しているし、塔まで来た他のチームはまだいない。

 俺だけに集中して攻撃を仕掛けてくるはずだ。

 思った通り、同時にゆらりと頭を上げて俺を睨むと、溜め動作もなく紫の球体を勢いよく放った。

 あれは腐弾。

 金属でも人体でも何でも腐らせるブレスだ。

 遺跡に当たったら貴重な資料に被害が及んでしまう。

 魔力を飛ばして腐弾を操り、はるか上方で互いにぶつけて消滅させた。

 腐食ワイバーン怯むことなく翼をはためかせると、空に飛び上がった。

 空中が本来のテリトリーなので、地の利を活かすつもりだろう。

 よし、いい感じだ。

 地上にいられるより、建造物のない空中に飛んでもらう方がありがたかった。

 塔への衝突と地上への攻撃だけ注意すればいい。


『『グルァッ!』』


 腐食ワイバーンは咆哮を上げると、先ほどより小さい火球を雨のように降らしてきた。

 今度は広範囲攻撃でダメージを与えるつもりか。

 もっと遺跡の保存を考えてもらいたいところだが、見えない死角で建物を踏み壊されたりするよりよっぽど助かる。


「《空気の防壁》」


 自分の真上にある広範囲の空気を操作して、分厚くて広い壁を作り上げた。

 腐弾は防壁に当たると、魔力を失って消失する。

 いくら強力な腐敗のブレスでも、空気を腐らせることはできない。

 そのまま、《空気の防壁》を勢いよく上空に打ち上げ、腐食ワイバーンにぶつけた。


『『ガァッ!?』』

「まだ終わりじゃないぞ」

 

 防壁の形態を丸くさせ、腐食ワイバーンを包み込む。

 少しずつ圧縮して小さくする。

 腐食ワイバーンも異変に気づいたのか、バンバンッ! と防壁を叩き始めた。

 大型のA級魔物が二体。

 なかなかの衝撃だが、さらに圧縮を続けた。

 空気は圧縮すると温度が上がる性質を持つ。

 このまま続ければ……球体の中だけ超高温状態を作り出せる。


『『アッ……ガッ……』』


 徐々に腐食ワイバーンの動きが鈍くなり、やがて白目を向いて力尽きた。

 《空気の防壁》を解除。

 腐食ワイバーンの真下の重力だけ操作し、舞い降りるようにゆっくりと遺跡に落とす。

 建造物や地面を傷つけることなく、二体の巨大な魔物は静かに横たわった。

 どうにかうまく勝利できてホッとしたら、建物の陰からカレンが駆け寄った。


「さすがねっ、ギルベルト。楽勝だったんじゃない?」

「いやいや、うまくいってよかったよ」


 カレンと話したところで、俺の後方からパチパチ……という拍手が聞こえた。

 振り返ると、ジゼル隊長他何人もの騎士と生徒たちがいる。

 いつの間にか、塔付近に到着したらしい。

 みな、拍手して俺を讃えてくれていた。

 ジゼル隊長が俺の前に来る。


「……お見事よ、ギルちゃん。やっぱり自分の目で確かめないとダメね。噂以上の実力だったんだもの」

「ありがとうございます。大変光栄に思います」


 特務隊"黒水晶"の隊長に褒められるなんて……普通に嬉しい。


「ギルちゃんとは……フリードリヒ戦でまた会うかもね。これからも頑張って修行を積むのよ。……いつ前線に出てもいいように」


 そう言い残し、ジゼル隊長は塔へと進む。

 騎士たちも一部を残してリーダーの後を追う中、俺とカレンはネリーやルカと合流。

 みんなで塔の調査が終わるのを待った。



 □□□



「……皆の者、遺跡の調査ご苦労だったな。ジゼルたちから魔石の全回収の報告も受けた。フリードリヒの討伐作戦も、これで滞りなく進めることができる」


 教室にライラ先生の声が響く。

 天空都市"アダライト"での調査任務が終わり、俺たちは学園に帰還した。

 今は総括の真っ最中だ。

 俺が腐食ワイバーンを討伐した後、塔の調査は騎士たちが行った。

 主が倒されたことで塔の内部からも魔物は逃げ去っており、無事に高純度の魔石を回収できたらしい。

 "アダライト"では魔石以外にも数々の貴重な歴史的資料が見つかり、王国の偉い先生たちは大喜びだとも聞いた。

 学者は好奇心が刺激され、知識の探求に夢中なのだろう。

 ライラ先生もまた、「この有事に呑気なことだ……」などとボヤいていた。

 ちなみに、天空都市で騎士たちの結界に弾き出されて学園に帰らされた生徒は、それぞれ追加の補習を受けることで話がついた。

 ライラ先生はしばし連絡事項を話した後、俺を見る。


「さて、ギルベルト。今回の任務では、お前が一番騎士たちから評価を集めていた。よくやったな。私も鼻が高い」

「ありがとうございます」


 やっぱり、褒められるのは嬉しい。

 ネリーやルカの他、生徒たちはみな精一杯頑張った。

 でも、腐食ワイバーンの二体討伐レベルの成果はなかったようだ。


「ジゼル他、遺跡調査に参加した騎士たちは皆お前の活躍を目の当たりにした。今後、フリードリヒ討伐に関して、正式に騎士団から話があるかもしれないな」


 ライラ先生の言葉に教室はどよめく。

 隣に座るカレン、ネリー、ルカの三人も俺を褒めてくれた。


「遺跡を傷つけずに腐食ワイバーンを、それも二体倒したんだもの。当然と言えば当然ね」

「私もギルベルト様の活躍を目の前で見たかったです」

「ボクだってそうです。チーム分けで一緒になれなかったのが残念でした」


 三人の言葉にありがとうと返す。


 ――フリードリヒ討伐戦でまた会うことになるかもね……。


 ジゼル隊長の言葉を思い出し、俺は努力を重ねることを一段と強く決心した。

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