第48話:天空都市

「……ここが天空都市"アダライト"か。さすがの雰囲気だ」

「予想よりずいぶんと大きいわね」


 俺とカレンの言葉に、傍らのネリーとルカも静かにうなずく。

 学園の転送魔法で王国騎士団が管理する飛行場に転送された後、飛行ゴンドラという珍しい魔導具(要するに空飛ぶゴンドラ)に乗り、俺たちは"アダライト"にたどり着いた。

 今は入り口前の広場にいるので、都市の全貌が何となく見える。

 モノトーンな配色をした石造りの家々が立ち並び、遠方には巨大な塔の先端が見える。

 直径はおよそ4km、という広大な敷地だ。

 都市ではあるが遺跡を思わせる荘厳で不気味な静けさがあった。

 数十m先には鎧を来た数十人の騎士たちが見える。

 王国騎士団の面々だろう。


「あら~、早くおいで~。生徒さんたち~」


 先頭に立つ隊長と思しき女性がほんわかとした声で言う。

 王国騎士団の堅苦しいイメージとは違う声音に驚きつつも、俺はみんなを促し、タタタッと急いで駆けた。

 彼女の性格を考えると、のんびりしているのはまずい。

 だが、初めて見る天空都市に目を奪われてしまったのか、はたまた緩そうな雰囲気に当てられたのか、遅れる生徒がちらほらいる。


「「……うわっ、なんだ!?」」


 騎士たちの前に集合したとき、後方から何人もの生徒の声が聞こえ慌てて振り向いた。

 強固な結界が張られ、騎士団の待機場所と完全に遮断されている。

 遅れた生徒たちは、結界を激しく叩きながら叫ぶ。


「「いったい何ですかっ! 通してください!」」

「指示に従わない者を連れて行くつもりはないわ~。学園に帰りなさ~い」


 女隊長はニコニコと微笑みながらも、厳しい決断を告げる。

 引き下がるわけもなく、生徒たちは反対の意を示した。


「「ま、待ってください! 実習が受けられなかったら単位が取れません!」」

「これは実習じゃないの。……任務よ。そんなこともわからない人たちがいても邪魔なだけだわ」


 笑みが消えた顔つきからは、歴戦の猛者を思わせる破棄が感じられる。

 緩そうに見えても、この人もまた騎士団なのだなと思った。

 遅れた生徒はみな呆然としていたけど、結界の外に控えた騎士たちに連れられ、飛行ゴンドラの係留場所へと戻らされた。

 これは実習ではなく任務。

 この場においては、なんだかんだ守られてきた生徒ではないのだと、突きつけるような言葉だ。

 生徒たちもその意味の重さを実感したのか、俯きながら係留場所へと歩く。

 女隊長は残った俺たちを見ると、最初のようなにま~とした笑みを浮かべた。


「は~い、注目~。自己紹介が遅れちゃったわね~。あたしはジゼル。王国騎士団特務隊、"黒水晶"の隊長よ」


 "黒水晶"と聞き、俺たちの中からざわめきが生まれる。

 傍らのカレンも小声で俺に話した。


「……思ったよりすごい人ね」

「ああ、予想以上の大物だな……」


 ――王国騎士団特務隊、"黒水晶"


 エリートが集まる騎士団の中でも、さらに特殊な任務を担う精鋭部隊だ。

 原作でも、関われるのはストーリーの後半だった。

 ジゼル隊長は俺たちをゆっくりと見渡す。 


「……まぁ、あなたたちの面構えは悪くないかしらね。それじゃあ、任務の説明をするわ。学園から聞いているでしょうけど、あたしたちの任務は"アデライト"の中心部に保管された高純度の魔石の回収よ」


 概ね、事前の説明通りだな。

 静かに話を聞く中、ジゼル隊長は説明を続ける。

  

「ただ一点、王国から厳しい条件が追加されているわ。それは……魔物との戦闘で建造物をまったく傷つけないこと。この天空都市は世界的に見ても貴重な資料の塊。傷つけることは許されない。だから、あたしたち"黒水晶"が担当しているってわけ。他の部隊はがさつな人たちが多いから、繊細はことはできないでしょうね」


 遺跡を傷つけないこと……か。

 まぁ、当たり前と言えば当たり前だな。

 "アデライト"にはこの世界の成り立ちに関する神話が刻まれた石版など、魔石以外にも重要な資料が多数ある。

 王国としては、そういった貴重な歴史遺産もこの機に回収したいのだ。

 説明が終了次第、騎士一人に生徒三人程度がつくような割合で、チーム分けが割り当てられた。

 ルカとネリーとは離ればなれになってしまったが、カレンとは一緒になれてよかったな。

 あと一人は誰だろうと思っていたら、ジゼル隊長が俺たち二人の近くに立った。


「あなたたちは二人でチームを組みなさ~い。担当はあたし、よろしくね~」

「「よ、よろしくお願いします」」


 緊張しつつも、俺たちはジゼル隊長と握手を交わす。

 しなやかだけど力強い戦士の手だった。

 カレンから先に自己紹介を始める。


「初めまして、カレン・ハルミッヒと申します」

「あら、可愛い名前~」


 ジゼル隊長はニコニコとカレンを誉めた。

 願わくば、俺の名前も気に入っていただきたいところだ。


「俺はギルベ……」

「あなたの名前は知っているわ、ギルベルト・フォルムバッハちゃん。長いからギルちゃんって呼ばせてもらうわね」

「あの、どうして俺の名前を……」


 初対面のはずなのに俺の名を知っていて、少し驚いた。

 そんな俺に対し、ジゼル隊長は意味深な笑みを浮かべて言う。


「どうしてって……色々と有名だもの。騎士団の中でもね」

「そうなのですか」


 王国騎士団まで俺の名が知られているなんて思わなかった。

 意味深な表情も気になる。

 だが、このすぐ後にその顔の意味するところを知ることになった。


「ねえ、ギルちゃん。あたしの本当の任務を教えてあげようかしら」

「は、はい」

 

 ジゼル隊長は微笑みを消すと、告げた。


「あたしの本当の任務……それは、あなたの実力を確かめること。噂の実力、この目で見させてもらうわね」


 俺の実力を確かめること……。

 その言葉は、俺のやる気を一段とみなぎらせる。

 緊張はするものの、自然と力強く答えていた。


「ええ、もちろんです!」


 ジゼル隊長に続き、俺とカレンは天空都市に足を踏み入れる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る