第40話:盗賊団

「……どうやら、あそこがアジトのようだな」

「またよくこんなところを見つけてくるわね」


 呟くように言うと、隣のカレンにネリー、ルカも厳しい顔で20mほど眼下の洞窟を見る。

 入り口付近で、武装した二人の男が立っていた。

 金髪と茶髪だ。

 茶髪は無愛想なのか、金髪に話しかけられるも大した反応がない。


 ライラ先生の依頼を受けてから五日ほど。

 俺たちは一番最近の被害者である地方貴族、ガルフィオン子爵領近くの丘陵地帯にいた。

 今は切り立った断崖の上に身を潜め、“陽炎結社”の様子を窺っている。

 洞窟内にアジトを構えれば隠れやすいし、灯りなどが遠くから見られる危険性も減ると考えたのだろう。

 今回の探索だって、カレンの氷でできた鳥ゴーレムによる目視と、俺の魔力探知で見つけたくらいだ。

 彼らに決まった根城はないようで、貴族を襲撃するたび拠点を変えるとも聞いた。

 ここで仕留めなければ、脅威が野放しになってしまう。

 よって、事前の情報収集と作戦がより大事になる。

 俺は考えていたことを三人に話す。


「みんな、聞いてくれ。まずは見張りを操作して、アジトの情報を集めようと思う。盗賊団の拠点だからな。抜け道があるかもしれない。スタニスラスの所在も気になるし」

「了解。良い案ね」


 俺は意識を集中し、見張りの二人にそっと魔力を飛ばす。


 ――《人間操作》。


 日々訓練を積んだおかげで、今ではよく目を凝らしても見えないほど魔力を薄くできた。

 見張りはどちらも気づかず、魔力に当たるとピタッと動きを止めた。

 いい感じだ。

 目を閉じると、操作している人間の視野が脳裏に浮かぶ。

 最初は操るだけで精いっぱいだったが、今では視野の共有も可能となっていた。

 金髪は入り口に残し、茶髪だけ洞窟の中に進める。

 まだ複数人を複雑に操作するのは難しいし、怪しまれたら盗賊の仲間にバレてしまう。

 洞窟内は細長い道が続き、一分も歩くと開けた広場を思わせる空間に着いた。

 広さはおよそ50m四方で、高さも同じくらいありそうだ。

 さりげなく辺りを見渡していたら、盗賊の一人が近づいてきた。


「……おい、どうした。敵襲か? 騎士団でも来たのか?」

[違う。定期連絡だ。異常はない]

「そうか。ご苦労なこったな」


 自分よりレベルの低い人間を操作すると、薄っすらとその人間の記憶が思い浮かぶ。

 記憶の全てを探ることはまだできないが、会話や景色などをきっかけにするとより鮮明な情報が手に入ることもわかった。

 相槌を打ちながらも周囲の状況を探る。

 目に映るだけで、およそ四十人ほどのならず者がいた。

 みな短剣やロングソード、斧や槍などで武装した屈強な男たちだ。

 今は床に座って賭け事をしていたり、武器の手入れをしている。


[ずいぶんと余裕そうだが……裏道の警備は大丈夫か?]

「相変わらず、口うるさいヤツだな。問題ねえよ。どうせ、暇で賭け事でもしてるだろうさ。俺たちみたいにな」


 会話をするたび情報が思い浮かぶ。

 この洞窟は正面と裏道の二つの出入り口があり、裏道はやや離れた南の崖に出る。

 地理的な情報もハッキリしてきたものの、肝心のスタニスラスがいない。

 副団長も。

 それなら……。


[スタニスラス様が見たらどう思うか楽しみだ]

「わ、わかったよっ。賭けをやめればいいんだろっ」


 思った通り、茶髪は盗賊の中でも真面目な男らしく、スタニスラスの所在など知りたい情報などをちゃんと持っていた。

 茶髪を入り口に戻らせ、一度動きを止める。

 得た情報をカレンたちにも共有した。


「……洞窟内にいるのは全部で三十六人。スタニスラスと副団長は今、商談で外出中らしい。戻るのは数十分後ということもわかった」

「へぇ、ずいぶんと大所帯じゃない。一端の騎士団にも負けないくらいね」


 念のため、先程から俺たちの後方に広がる森へ魔力を巡らせているが、人の気配は感じない。

 茶髪の記憶は正しいようだ。


「洞窟には裏道があった。地図を描くから見てくれ」


 地面に洞窟の上面図を描き、カレンたちに見せる。

 相談した結果、正面と裏道の両方から同時に挟み撃ちすることに決まり、裏道にはネリーとルカが向かうことになった。


「気をつけろよ、二人とも。副団長もB級手配だ。スタニスラスたちだって、早めに帰ってくる可能性もある」

「ありがとうございます、ギルベルト様。十分に注意いたします」

「油断は一番の敵ですものね。ボクも最後まで警戒を怠らないようにします」


 ネリーとルカを見送る。

 “陽炎結社”の副団長――シャルロット。

 スタニスラスを慕う元メイドで、本人もB級手配の実力だ。

 魔法系統は風。

 もちろん情報は共有できているが、相手は盗賊。

 どんな手を使ってくるかわからない。

 ネリーたちが見えなくなったところで、俺とカレンは静かに崖を降りる。


「合図を待つ間、見張りを縛っておくか」

「ええ、そうしましょう」


 見張りたちを気絶させ、縄で縛って操作魔法を解除したところで、カレンが話した。


「貴族の皆さんの財宝はどこにあるのでしょうね」

「……たぶん、スタニスラスが持っているはずだ。自分の魔法で収納してな」


 ガルフィオン子爵からは、盗まれた財宝の奪取も求められている。

 家の資産は元より、使用人に渡す給金なども含まれているそうで、文字通り家の存亡がかかった財産だ。

 団長であるスタニスラスの魔法系統は空間魔法。

 亜空間に色んな物を収納したり、大量の魔力を消費すれば転送できたりと、数ある系統の中でもかなり上位の魔法だ。

 俺はゲーム知識で知っていたが、カレンたちもライラ先生から話は聞いている。

 そこまで話したところで、南の方角からポンッ! と小さな光の玉が上がった。

 ルカの合図だ。

 俺とカレンは魔力を消し、洞窟の中を駆ける。

 通路は細いので、広場に入るまでは武器を出さない方がいい。

 出口からそっと様子を窺うと、盗賊たちは変わらず賭け事をしていた。

 ここまで来たら、わざわざ注意を引く必要はない。

 隣のカレンと無言でうなずく。


「《氷塊アイス・クラスター》!」

「《岩石強射ロック・ハイショット》!」


 カレンは空中に氷の塊をいくつも出現させ、俺は地面に転がる大きめな岩を操作して盗賊を攻撃する。

 見失わないよう、なるべく土煙などを起こさない攻撃を選択した。

 併せて七人ほどの盗賊を気絶させた。

 通路から飛び出した俺たちを見て、盗賊たちは大声を上げる。


「「な、なんだ!? ……敵襲だああ! 武器を取れ!」」


 すかさずカレンが5mほどもある氷の壁を広場の中央に出現させ、盗賊たちを分断させる。

 少しでも実戦経験を積みたい、という彼女の頼みもあり、手分けして戦う作戦になっていた。

 裏道からは男たちの怒号や叫び声が聞こえるので、ネリーとルカの戦闘も始まったようだ。

 俺も目の前の戦いに集中する。

 こちらに向かう盗賊は、まず四人。

 いずれも短剣やロングソード、ハンマー、頑丈そうなグローブを持つ。


「「死ねや、クソガキ!」」


 武器を振りかぶりつつも、俺を囲むよう移動していることから、積み重なった戦闘経験を感じた。

 だが、戦闘経験なら俺も負けない。

 瞬時に魔力を飛ばし、四人を操作する。

 盗賊たちの仲間をオートで攻撃させた。


「……おい! お前ら何やってんだ! 俺たちは仲間だろ!」

「なんで攻撃してくんだ! ガキどもを殺せ!」

「ぐああっ! 本当に斬ってきやがった! ふざけんな!」


 仲間割れを起こさせ混乱させるとともに、その隙に制圧させる。

 この後、スタニスラスだけではなく、シャルロットとの戦いも控えている。

 なるべく魔力は温存しておくのが吉だ。

 後方から気配を感じ、前方に避けて躱す。

 振り返ると、重そうな斧を携えたひときわ大きな男がいた。


「死ねや、クソガキ!」


 俺の脳天に目がけて勢いよく振り下ろす。

 スピードはあるものの、軌道が読める。

 おそらく、盗賊団は基礎的な訓練を受けていないのかもしれない。

 ライラ先生がいたら、特大のキンッ! が炸裂したな。

 これくらいなら、魔法は使わずとも体術で対処できる。

 斧の柄を掴み、敢えて思いっきり地面に叩きつけた。

 八割近く斧を地面に埋め、使用不能とさせる。

 そのまま柄を掴んだまま上体を起こし、大男の顎を蹴り上げ脳を揺らした。


「……がはっ!」


 大男は白目を剥き、ずしりと崩れ落ちる。

 俺が操作した四人の戦闘も終了したようで、盗賊たちは地面で伸びている。

 一人ずつ縄で縛っていると氷の壁も徐々に消え、カレンが蹂躙した結果も明らかとなった。

 みな足や腕を氷漬けにされ動きを封じられ、一人ずつ痛そうな手刀を食らい気絶させられる。


「怪我はないか、カレン」

「ええ、無傷よ。戦いもちょうど終わったところだわ」

「それならよかった。ルカたちはどうかな……おーい、そっちはどうだー?」

「「今終わったところですー。二人とも無事ですー」」


 ルカたちの元気な声が聞こえ、俺とカレンはホッとしながら盗賊たちを縛りあげる。

 全員縛ったところで、ルカとネリーが合流した。

 裏道から逃げようとしたのは五、六人足らずだったようで、浮遊させた大剣に乗せて運んできた。

 カレンが氷ゴーレムも出してくれ、三人で手分けして洞窟の前まで運ぶ。


「あとは騎士団に引き渡して終わりだな…………みんな」


 盗賊たちを壁に並べたところでふと殺意を感じ、三人にそっと呼びかけた。


「「わかっているわ(います)」」


 俺たちは素早く横に飛んで避ける。

 つい一秒前までいた場所に、突如として直径3mほどの巨大な岩が降ってきた。

 ズシンッ! と地鳴りが響き静寂が戻る。

 やはり、気配も魔力も消すのがうまい。

 わざとらしく足音を立てて、術者は俺たちに近寄る。


「……これはとんだお客様だな。丁重におもてなししなければ」


 青い髪は前をオールバックにし、後ろ髪は一つに束ねた高身長の男。

 A級手配、スタニスラスが現れた。

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