第二部

第39話:夏休みの頼み

「……よし、ギルベルト。一旦休んでいいぞ」

「ありがとうございます、ライラ先生」


 “経験の森”を五周したところで、ライラ先生から休みの許可をいただけた。

 地面に敷いたシートから水筒を取って飲む。

 サロメ特製の”冷えライムジュース”(砂糖控えめなスポーツドリンクみたいな感じ)が気持ちよく喉を流れた。


 いよいよ、楽しみにしていた夏休みが始まった。

 期間はおよそ一か月と少し。

 休みではあるが、遊んでばかりではない。

 ライラ先生に修行をつけ直してもらっていた。

 日々の努力を怠ってはいけないからな。

 と言っても、内容はほとんど基礎の復習で、走り込みの毎日。

 二学期から学園で学ぶ教育を邪魔しちゃいけないし、体力は全ての基本なので、徹底的に基礎を鍛錬することに決まった。

 今までの努力のおかげだから、久しぶりの走り込みは楽しさを感じるほどだ。

 およそ一年半前より余裕を感じ、ライラ先生からは“冷えライムジュース”を飲む許可までいただけた。

 ちなみに、この修行をしているのは俺の他にも三人いる。


「……やっぱり、ギルベルトは足も速いわね。結構全力で走ったのに追い離されちゃった」

「途中までは私の方が速かったのですが、前半で本気を出し過ぎました」


 少し遅れて、カレンとネリーもゴール地点に合流した。

 俺がライラ先生に修行をつけてもらうと言ったら、一緒にやりたいと志願したのだ。

 修行のやり直しなんて必要ないくらい強いと思うが……。

 彼女たちも手慣れたもので、汗を拭いながら”冷えライムジュース”を楽しむ。

 ……そう、彼女たちは……。


「げはぁ……げはぁ……」

「おい、周回遅れだぞ。……まぁいい。一旦休め。水分補給を怠るな」

「ご、ごめんなさい……ありがとうございます、ライラ先生……」

「「おっと……!」」


 フラフラのルカが倒れ込んできたので、地面に落ちる前にみんなで支えた。

 死にそうなくらい汗だくで、可愛い顔がグルグル目になってしまっている。

 無論、ルカがこの“地獄渡り”(俺が名付けた)を経験するのは初めてだ。

 転生したばかりの頃が思い出され、ルカの辛さが身に沁みた。

 それでもどうにかついてきているので、主人公としてのポテンシャルの高さを感じるな。

 “冷えライムジュース”を飲ませてシートの上に寝かせると、ルカは朦朧とした表情で呟いた。


「ま、まさかっ……ギル師匠たちが、こんなに辛い修行を受けていたなんて……。改めてみなさんの実力を見せつけられた気分です」

「無理してやろうとしなくていいんだぞ? 身体を壊しちゃ元も子もないからな。俺たちだって、本当につらかったんだ」

「! ……いいえ! 最後まで全力でやらせてください! ギル師匠に少しでも近づくために!」


 さっきまで息も絶え絶えだったのに、ルカは光り輝く瞳で起き上がる。

 あまりの元気にこちらが心配になるくらいだった。

 その後、しばし休息をとった後に走り込みは再開され、夕方まで修行は行われた。

 みんな走り終わったところで、ライラ先生が挨拶をする。


「これにて本日の修行は終了とする。ご苦労だった。カレンとネリーは足運びが一段と軽快になってきたな。ルカもよくついてきた。ギルベルトはもっと早く走るように頑張れ」

「「ありがとうございます」」


 ありがたいお言葉にお礼を述べる。

 やはりというか何というか、男子にはやや辛辣だった。

 まぁ、キンッ! がないだけマシか。

 解散かなと思ったけど、まだライラ先生のお話には続きがあった。


「……さて、話は変わるが、お前たちに一つ頼みたいことがある」

「「頼み……ですか?」」


 ライラ先生が頼みなんて珍しい。

 俺たちはやや緊張した心境で続きを待つ。


「地方貴族である私の友人から、とある盗賊団の討伐を依頼された。辺境を統治する貴族を狙っているようだ。だが、私もちょうど別件の仕事があり身動きが取れない。そこで、お前たちに代わりに討伐に行ってほしいのだ」


 ふむ、盗賊団の討伐か。

 ライラ先生が頼まれるくらいだから、結構強いヤツらかな……と考えたとき、思った通り説明が続いた。


「だが、油断はするな。盗賊団といっても一介のコソ泥ではない。“陽炎結社”と名乗り、ここ最近急速に規模を広げてきた集団だ。特に、トップの男はA級手配のスタニスラスと聞いた。冒険者は元より騎士団も地方は規模が小さいから、討伐に難儀が予想されるらしい」

「それは……だいぶ大物ですね」


 男の名を聞いて、俺は思わず呟いた。

 傍らのカレンたちも険しい表情だ。


 ――A級手配、スタニスラス。


 その名を聞くとゲーム知識が思い出されるな……。

 “手配”とは文字通り指名手配のことで、ルトハイム王国が危険性に応じて等級をつけている。

 中でもA級となると相当の実力者だ。

 スタニスラスは元は由緒ある貴族の末裔だったが、幼少期に家が没落して盗賊の道に堕ちた……という背景がある。

 しかし、“陽炎結社”なんて名前は聞いたことがない。

 俺が変わったからゲームシナリオにも変化が生じているのだろうか。


「……どうだ? 強敵ではあるが、お前たちなら十分に倒せる相手だと思うんだ」


 ライラ先生の頼みに、俺たち四人は顔を見合わせる。

 みな、こくりとうなずいた。

 もちろん、答えは一つだ。


「「はい、ぜひ引き受けさせていただきます」」


 ライラ先生からの直々の依頼。

 絶対に達成してみせる。

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