第41話:会敵

 スタニスラスは盗賊団が全員縛られた光景を見ても、少しも動揺した様子を見せず、俺たちを淡々と眺める。

 A級手配としての経験値を感じる。

 四人で一斉に攻撃を仕掛けたいところではあるが、状況を考えるとそれは逆に隙を与えてしまう。

 俺はカレンたちにそっと話す。


「……森の中に三人いるな。みんなに任せていいか?」

「「了解」」


 カレン、ネリー、ルカは、素早く崖を駆け上がり森へ向かう。

 魔力探知を巡らせたところ、森の中に三人の魔力を感じた。

 十中八九、ヤツの仲間だろう。

 俺は警戒を解かなかったが、スタニスラスは微かな微笑みを浮かべた。


「へぇ、やるじゃないか。お見事。シャルロットたちは魔力を消すのが上手いのだがな。さすがは、ギルベルト・フォルムバッハといったところか」

「……なぜ俺の名前を知っている」

「有名だからさ」


 そこまで話したところで、周囲の空気が変わった。

 スタニスラスが魔力を練り上げるのが伝わる。

 戦闘の、始まりだ。


「《魔物の招来モンスター・サモン》!」


 突如として、スタニスラスの目の前の空間から、三匹の魔物が出現した。

 鎧をまとった猪アーマーボア、吸血能力のある吸血スネーク、防御力の高いシールドオーク……。

 いずれもB級。

 こいつの空間魔法は高性能で、生物も収納できる。

 原作通りの設定だな。

 俺は魔力剣を生み出し、三匹の魔物に向かう。


「《むくろり》」


 アーマーボアの鎧の隙間を切り裂き、吸血スネークの胴体を切断する。

 返す刀で、シールドオークの首を撥ねた。

 操作してもよかったが、再度収納されたら魔法を解除されてしまう。

 迸る血渋きの向こう側を見やったとき、異変を感じた。

 スタニスラスの姿がない…………なるほど。


「……これも防げる人間はそうそういないのだが」

「空間魔法相手なら警戒もするさ」


 後方を振り返り、スタニスラスの斬撃を防いだ。

 空間から出した魔物に注意を向けさせ、隙がある背中から斬りつける……それがこいつの定石だ。

 剣を振り払い、後退したスタニスラスに詰め寄る。。


「それなら、これはどうだろうか……《流水葬送ストリーム・フュネラル》」


 激しい濁流が襲い掛かる。

 おそらく、川の水を勢いそのままに収納したのだろう。

 瞬時に水の温度を零度まで低下させ、氷の塊に変える。

 左手に魔力を込めて硬く握り、思いっきり叩いた。

 無数の氷のつぶてがスタニスラスを襲う。

 空間魔法の発動条件は、対象に触れること。

 これだけ数が多ければ、全て収納するのは不可能だ。

 スタニスラスは素早く横に移動して回避する。


「見かけによらず、小賢しいことをするじゃないか」

「まだだよ」


 氷のつぶては軌道を変え、スタニスラスに直撃する。

 殴ったと同時に魔力も飛ばしておいたのだ。

 激しく氷がぶつかるが、決定的なダメージを与えることはできなかった。

 いつの間にか、スタニスラスの全身が鈍い黒鉄色の鎧で覆われている。


「……できれば、これは使いたくなかったのだが」


 兜の下から、くぐもったスタニスラスの声が聞こえる。

 彼が装備しているのはA級防具、“霊気の鎧”。

 物理的な強度だけでなく、一時的に自分の魔力を増幅する特殊な効力もある貴重なアイテムだ。

 スタニスラスが手を広げると、俺の周囲の空間にいくつもの穴が開いた。

 前後左右、上の半球状に。

 ……あの大技を使うつもりだ。


「押し潰されろ、ギルベルト・フォルムバッハ! 《全方位放射オールレンジ・ショット》!」


 雷や水、火球に岩石に魔物……多種多様な物質や生物が全方位から襲い掛かる。

 まともに喰らえば大ダメージを免れない。

 だが、俺には操作魔法がある。

 即座に魔力を放出させ、襲い来る物体全ての動きを止めた。

 力強く地面を蹴り、スタニスラスの眼前に飛び出る。


「《神滅しんめつ》」

「なっ……!」


 “霊気の鎧”を切り裂き破壊する。

 鎧は霧散するように徐々に薄くなり、スタニスラスの顔や身体が明らかとなる。


「スタニスラス、もう魔力も体力も限界のはずだ。投降しろ」


 首元に剣を突き付けて言うも、ニヤリと笑うばかりだった。


「投降? 私は捕まらないさ。では、そろそろ失礼するとしよう。……《転送テレポート》……な、なぜ、転送されない!」


 スタニスラスは自分の胸を触るも、焦ったように叫ぶ。

 戦いが始まり、初めてとなる動揺した表情がそこにはあった。


「逃がさないよう、周囲の空間を操作させてもらった。お前が転送魔法で逃げることはできない」


 魔力剣の柄でスタニスラスの顎を殴ると、がくりと膝をついた。

 半径15mほどの空間を操作し、転送魔法を遮断する空間を構築した。

 操作魔法の練度はだいぶ上がってきたものの、戦いながらを含めるとさすがに難儀だったな。


「……ご丁寧に地中もか。律儀なヤツだ」


 呟くように言うと、スタニスラスはがくりと気絶した。

 空間魔法を扱う強敵ではあったが、勝ててよかったな。

 手で自分や縄を触られないように縛っていると、森の中から俺の名を呼ぶ声が聞こえた。


「「……ギルベルト(様)ー」」

「ギル師匠ー」


 崖の上を見ると、元気そうなカレン、ネリー、ルカが見えた。

 彼女たちの上には、氷漬けにされた男女三人が漂う。

 シャルロットとその仲間たちだ。

 無事、“陽炎結社”を倒すことができた。



 □□□



「……ギルベルト、カレン、ネリー、ルカ……四人ともよくやった。ガルフィオン子爵や、他の地方貴族からも深い感謝の手紙が届いた。師匠として私も鼻が高い」

「「ありがとうございます、ライラ先生」」


 “陽炎結社”を王国騎士団に引き渡してから、数日後の昼下がり。

 ライラ先生より、お褒めの言葉をいただいた。

 奪われた財宝もそのほとんどが持ち主の元に戻ったそうで、俺たちもホッとできた。


「スタニスラスの様子はあれからどうですか?」

「今は魔力封じの枷をつけられ取り調べ中だ。暴れる様子も特にない、と聞いている。王国騎士団なら問題なく収監してくれるだろう」


 A級手配ともなれば、厳重な収監が求められる。

 まぁ、俺たちが考えることではないな。

 ライラ先生からは褒美として、十日間の休暇をいただいた(夏休み中に休暇というのも不思議な話だが)。

 だらけ過ぎず、存分にリフレッシュしようと思う。



「ギルベルト様、失礼いたします。エトマン侯爵様より、お手紙でございます」

「ありがとう、サロメ」


 その日の夕食後、フォルムバッハ家の談話室でみんなとくつろいでいたら、サロメが一通の手紙を持ってきた。

 エトマン侯爵か……どこかで聞いたような。

 差出人を見ると、俺たち四人は思わず顔を見合わせた。


「「こ、これは……!」」


 ……ニコラ先輩からの手紙だ!

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