第37話:追放にて(三人称視点)
「……ミハエル。お前はどこまで愚か者なのだ」
エスターライヒ家の執務室。
床に跪くミハエルの頭に重い声がのしかかった。
声の主は現当主でミハエルの父、ジェローム。
"学年合同演習"が終了し、諸々の悪事が明らかとなった。
島外に生息する危険な魔物を召喚し、生徒たちを危機に陥れた他、今まで彼が学園で行った余罪も白日の下に晒されることとなり、総合的に鑑みた結果、ミハエルは退学処分を受けた。
学園を退学されるなど、エスターライヒ家始まっての恥。
ジェロームは怒り心頭だった。
ここまで怒った父は見たことがなく、ミハエルは震える声で弁明する。
「き、聞いてください、父上。私は家のために必死に努力を……」
「黙れ。お前の後始末をつけるのも、もう限界だ。お前はエスターライヒ家に必要ない。今日をもって追放とする。廃嫡だ」
淡々と告げられた言葉に、ミハエルは絶句した。
喉がやたらと涸れ、絞り出すようにしか話せない。
「は、廃……嫡……? い、いや、しかし、父上の後継者は……」
「問題ない。エスターライヒ家はクリスタに継がせる。……クリスタ、入りなさい」
一人の幼い少女が、静かに執務室へ入る。
首元までのブロンズの髪に、緑の美しい瞳
ミハエルの妹、クリスタ・エスターライヒだ。
まだ十二歳だが、急遽学園への飛び級入学に向けて懸命な努力を始めた。
才覚あふれており、半年もあれば合格できる見込みがあった。
ジェロームが手を叩くと、屋敷の屈強な衛兵が何人も集まる。
いずれも特殊な訓練を受けており、ミハエル以上の実力者揃いだ。
「この愚か者を遠くの森に捨ててこい。もう顔も見たくないわ」
「お、お待ちください! お待ちください、父上ー!」
有無を言わさずミハエルは馬車に詰め込まれ、着の身着のまま森に放り出された。
□□□
「ちくしょう……なんで俺様がこんな目に遭わなきゃならねえ……」
エスターライヒ家を追放されたミハエルは、当てもなく森の中を彷徨う。
ここがどこかさえ、もうわからなくなってしまった。
自分の人生はこれからどうなるのか……。
暗い気持ちに心が支配される中、彼の耳に聞き慣れた明るい声が届いた。
「ミハエル様! あっは、こんなところにいたんですね! ようやく見つけましたよ!」
メイドのアリスだ。
"学年合同演習"以来、初めて姿を見た。
どこに行っていたのか、何をしていたのかなど、聞きたいことは山ほどある。
だが、その前に……。
「というか、お前! なに俺のせいにしてんだよ!」
ハデスルインを召喚した魔法札はアリスが製作したものだが、彼女の立ち回りもあり"ミハエルに脅され無理やり作らされた”……という扱いになっていた。
「まぁまぁ、落ち着いてください。ああでも言わないと私だって罪に問われたんですから」
「メイドなら主人の身代わりになれよ!」
「いえ、私も自分が大事なので。あっは!」
いつもと変わらない態度にミハエルは苛立つも、すぐに気持ちを整えた。
「……まぁいい。ちょうどよかった。一緒に俺の人生を立て直す手伝いをしろ」
そう言ってミハエルが歩き出したとき、前方の樹が何本も折られた。
ゆらりと黒い塊が姿を現す。
およそ6mはあろうかという、巨大な狼。
S級魔物……ダークフェンリルだ。
黄金の瞳で冷たくミハエルを見る。
「お、おい、アリス! ダークフェンリルだ! 何とかしろ!」
切羽詰まった様子で振り向くミハエルに対して、アリスは落ち着いた声音で言った。
「大丈夫です、ミハエル様。その魔物は私の味方なので」
「なに、そうなのか? 心配させるんじゃねえ」
アリスの仲間と聞き、ミハエルは安堵する。
自分が襲われるようなことはない。
「でも、ミハエル様」
「あ?」
そんなミハエルを、アリスは冷たく指した。
「お前、もう要らない」
「……え?」
ミハエルの全身が、ダークフェンリルの口に覆われる。
骨が砕け、筋肉が引きちぎられ、内臓が潰れ、血が滴り落ちる不気味な音が静かな森に響く。
アリスはまったく表情を変えずに問うた。
長年の相棒に対して。
「グルちゃん、どう? おいしい?」
『まずい』
「あっは! やっぱり馬鹿はまずいんだね!」
グルースと名付けたダークフェンリルの感想に、アリスはいつもの高笑いで答える。
ミハエルの哀れな死に様を見届けると、すぐにアリスの頭はギルベルトについての思考で満たされた。
「まさか、ハデスちゃんも倒すとは……操作魔法、恐るべし」
『ああ、あの魔法は汎用性が高すぎる』
ギルベルトの操作魔法を間近で見て、アリスはより強い警戒心を抱くようになった。
「でも、グルちゃんは操作されないでしょ? 一番ずっと一緒にいる魔物だし」
『……わからない。操作される可能性はある。あいつの練度が上がれば、操られていることさえ気づかないかもしれない。知らないうちにアリスを殺しているかも……』
「……へぇ~。操作魔法ってそんなに強いんだ」
『およそあり得ないが、魔王様が操作されると世界の勢力図が一変してしまう』
「なるほど……それはまずいね」
魔王が操作される可能性。
グルースの言うようにほぼあり得ないが、もしそんなことが起きたら世界は文字通り一変する。
「あっは! 楽しくなってきちゃった! さてさて、まずはフリードリヒ様に報告しなきゃ!」
――五亡星の一角、"星影の鉄槌"フリードリヒ。
誰も知らなかったが、彼女は長年彼に仕える人間だった。
グルースの背に乗り、アリスは溶け込むように森の中へ消える。
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