第36話:勝負の行方
黒龍が出現して、周囲の空気が硬く張り詰めた。
傍らのカレンが震えるような声で呟く。
「ギ、ギルベルト……」
「ああ、かなりの強敵だ」
カレンだけじゃない。
ネリーもルカも女先輩たちも、そして俺も目が離せなかった。
空に浮かぶ黒龍は……。
――S級魔物、冥界龍ハデスルイン。
レベルはおよそ75~80。
漆黒の鱗はあらゆる攻撃魔法を反射する力があり、高ランクの魔導具で一時的にでも無効化させるのが定石だ。
もちろん、物理的強度もトップクラス。
武器による攻撃を半減してしまうため、普通の魔物と比べて倍の手数を求められる。
何人もの猛者プレイヤーを闇に帰した強敵だ。
今の俺のレベルは……70を超えたくらいか。
しかし、原作通りなら、シナリオクリア後の封印された天空遺跡で戦うはず……。
なんでこれほど強い魔物をミハエルが召喚できたんだ。
振り返ると、いつの間にか当の本人は姿を消していた。
取り残された女先輩が唖然と座り込むだけ。
ハデスルインの胸が鈍く光り、闇夜のように黒い巨大なブレスが放たれた。
まずい……。
あれは固有ブレス、《
爆発すると、半径100mほどに5つの状態異常をもたらす毒ガスを放つ。
ダメージだって、確定で最大体力の四割を削るとんでもない威力。
空中で止めるしかない。
「《魔法操作:冥界の深淵》」
魔力を飛ばし、ブレスの動きを止める。
跳ね返すとさらに反射されるので、遥か上空に飛ばして爆散させた。
ハデスルインは一瞬表情が硬くなったものの、様子見するように空中で停止する。
今のうちに態勢を整えたいところだが、女先輩たちはパニックに陥ったように騒いだ。
「あのドラゴンはミハエル様が召喚したのに、どうして私たちを攻撃してくるの!?」
「おかしいでしょう!」
「ミハエル様は私たちを捨てたってこと!? そんなことあるわけないわ!」
きっと、慕っていたミハエルに見捨てられたことが信じられないのだろう。
一旦落ち着かせてから避難してもらって……。
「まずは落ちつ……」
「そうだよ! あんたらの好きなあいつは、ただのクソ野郎だったんだよ! 気づくのが遅すぎるだろうが! なに見てたんだ!」
落ち着いて、と言おうとしたらルカのスパルタな怒号が響いた。
もう一度言うが、ルカのスパルタな怒号だ。
いつもの可愛い顔から豹変して、鬼のような形相だった。
こんなキャラデザ見たことない。
今初めて知ったが、怒ると怖いタイプの人らしかった。
「ル、ルカは女先輩たちを安全なところに避難してくれ!」
「了解しました、ギル師匠! さあ、逃げるぞ! ……だから、早く走れってんだよ! チンタラすんな! ギル師匠に迷惑がかかるだろ!」
「「す、すみません!」」
ルカに背中をどつかれながら、女先輩たちは急いで森の中に逃げる。
傍らのカレンとネリーが俺の隣に立つ。
「あのドラゴン、天空遺跡にいるハデスルインよね。まさか、こんな場所で会敵するなんて」
「魔法を反射する鱗は厄介です。」
「ああ……でも、ここは俺が一人で戦うよ。二人を危険な目に遭わせるわけにはいかない」
せっかくの申し出だが、俺は一歩前に出る。
二人の身の安全が何よりだ。
それに……。
――どこまで強くなれたのか確かめたい。
強敵との対峙を迎えて、胸の高鳴る自分がいた。
最初は死なないために始めた鍛錬だが、やはり強敵を倒したい気持ちもあるんだ。
真剣な思いで空を見ていたら、カレンとネリーの呆れながらも納得したような声が聞こえた。
「……わかったわ。まったく、ギルベルトは一人で戦いたがるんだから」
「危なくなったらすぐ援護しますからね」
「……ありがとう、二人とも」
ハデスルインも俺を敵と認めたようで、ひときわ魔力を練り上げた。
猛烈な勢いで下降すると、俺の前方でくるりと反転して尻尾の一撃が迫る。
これは《
結界や防御魔法を一発で破壊するほどの、ものすごく強力な攻撃。
「《
いつもの魔力剣より、さらに高密度に魔力を込めた剣を生成した。
同時に、ハデスルインの全身に魔力を飛ばして操作する。
鱗の魔法反射能力を低下させるように……。
尻尾の攻撃をなぎ払う。
『……ガァァァア!』
長い尻尾の先端が切断され、宙を舞った。
反射さえされなければ、魔力剣による攻撃も通じる。
すかさず、ハデスルインは上空に待避した。
俺たちの届かない場所から、安全に攻撃するつもりだろう。
だが……。
「《
上空の重力場を操作する。
来ないのなら来させるまでだ。
ハデスルインの猛烈な抵抗を感じる。
さすがはS級。
だが、俺だって強くなったんだ。
さらに魔力を強く込め、猛スピードで引き寄せる。
加速させた勢いに合わせるように、全力での一振りをお見舞いした。
「《
『グァアアアアアッ!』
鈍い感触を感じた後、ハデスルインの首が斬られ宙を舞う。
巨大な体躯とともに地面に落ち、ズシンッ! と大きな地鳴りが響いた。
戦闘の終了とともに徐々に静寂が戻ると、カレンとネリーが俺に飛びついた。
「やったわね、ギルベルト! S級の魔物を一人で倒しちゃうなんて、他の生徒じゃ不可能だわ!」
「お見事です! これでこそギルベルト様です! みんなにも知らせましょう!」
森の木々がガサガサッと動き、ルカが顔を出した。
ハデスルインの亡骸を見るや否や、ぱぁっと顔が明るくなる。
「ギル師匠! 倒したんですね! ギル師匠なら倒せると思ってましたよ!」
「あ、ありがとう。ルカも先輩たちの避難を先導してくれて助かった」
先ほどの一件があり、ちょっとだけルカが怖い。
みんなで手を取り合って喜んでいたら、手の甲に刻まれた紋章からアナウンスが響いた。
[全生徒に通達します。先ほど、島外に生息する魔物の異常な出現が確認されました。よって、試験は一時中止といたします。皆さんを安全地帯に転送します。そのまま動かないように]
やはり、ミハエルの挙動には相当の問題があったようだ。
詳細はまだ不明だが、学園の調査を待とう。
俺も見聞きしたことを伝えなければ。
一波乱はあったものの、俺たちの勝利で"学年合同演習"は幕を閉じた。
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