第35話:空

「そっちこそ、相変わらず悪い評判が絶えないな」


 あの戦いの後も彼は特に変わっていないようで、風の噂で悪い話を今もよく聞いた。 

 ミハエルと取り巻き女先輩たちはニヤニヤとした笑顔を浮かべながら離す。


「ニコラはお前と戦いたがっていたからな。後をつけてきてよかったぜ。魔力も体力も消費しただろ。おまけに四対一なんて、数の分はこっちにあるなぁ」

「俺はまだまだ十分に戦えるぞ」


 消耗した俺を数の差で潰そうという魂胆か。

 ニコラ先輩との戦いの最中、他人の魔力は感じなかった。

 どうやら、かなり遠方から見学していたようだ。

 ミハエルたち四人の身体に魔力がみなぎる。

 

「死ねや、ギルベルト! 《稲妻電光》!」


 迸る稲妻や火の球、風の衝撃波に土の塊が襲い来る。

 迎え撃とうとした、そのとき……。


「《氷の巨大拳》!」

「《剣乱舞》!」

「《光の無限矢》!」


 氷でできた巨大な拳、何本もの強そうな剣、無数の光の矢がミハエルたちの攻撃を打ち消した。

 もくもくと煙が立ち上る中、三人の生徒が俺の前に舞い降りる。

 後ろ姿を見ただけで誰だかわかる。

 彼女たちは……。


「カレン、ネリー、ルカ! どうして、ここに……!」


 そう、俺の大事な仲間たちだった。

 三人はわずかにこちらを見ながら話す。


「ずっとギルベルトの魔力を探していたのよ。一緒に戦おうと思ってね」

「途中、カレン様とルカさんと合流して、カレン様が作った氷の鳥に乗ってきたんです」

「間に合ってよかったです。四対一なんて卑怯ですよ。ボクたちも戦います」

「そうだったのか……」


 みんな、俺を探してくれていたんだ……。

 三人の隣に立ったとき、パチパチパチと拍手の音が聞こえた。

 ミハエルが大仰な仕草で手を叩いている。


「感動的なご対面だなぁ、おい。大好きなギルベルト君と再会できて何よりだ」

「お前には絶対謝罪させるからな」

「おお、怖ぇえ。ま、俺がお前に負けるなんてあり得ねえけど」


 カレンたちはもう気にしないとは言っていたが、まだミハエルから正式な謝罪は受けていない。

 この勝負に勝って絶対に謝らせてやる。

 徐々に静寂が戻り、辺りが静かになる。

 空気が緊迫感で震え森から何匹もの鳥が飛び立った瞬間、俺たちもミハエルたちも一斉に駆け出した。

 言葉は交わさずとも、互いに意思疎通されている。

 正面の敵と、一対一で戦うのだと。

 俺はもちろん……ミハエルだ。

 件の敵は凶悪な笑みを浮かべる。


「……はっ! その面を黒焦げにしてやるよ! 《豪雷砲》!」


 雷の巨大な球体が放たれ、地面を抉るほどの勢いで襲いかかってきた。 

 すかさず、魔力を飛ばし操作する。


「《魔法操作:豪雷砲》」


 《豪雷砲》の軌道をくるりと変え、ミハエルに向かって飛ばす。

 今度も解除するのかと思ったが、魔法が消えることはなかった。


「《稲妻の騎士》!」


 《豪雷砲》が直撃した瞬間、ミハエルの全身が激しい雷の鎧で覆われる。

 その右手には、雷で生成されたロングソードが握られていた。

 さながら、稲妻の剣士だ。


「……自分の攻撃を吸収したというわけか」

「ああ、そうだ。これは雷魔法を吸収する魔法だからな。パワーアップさせてもらったぜ。俺の魔法を操作してご苦労なこったなぁ。死ね、ギルベルト! 《雷神》!」


 ミハエルが雷剣を掲げると、天を突くほど巨大化した。

 肌の表面がピリピリと痛むほど、魔力の強い波動を感じる。

 俺の全身に目がけて思いっきり振り下ろされた。


「これだけの魔法、お前には操作できねえだろ! 消し炭になって消えちまえ!」


 たしかに、あいつ自身の魔法を吸収したのでかなりの魔力だ。

 この場合は……。

 魔力をミハエルの立つ地面に向けて飛ばした。

 雷の剣が俺に迫る……が、当たる直前完全に消え去ってしまった。

 ミハエルの疑問に感じたような声が響く。


「……は? なに消えてんだよ……なんで消えてんだよぉぉお! てめえ、ギルベルト! 何をしやがった!」

「地面を操って雷を吸収させたんだ」


 地面の電位を操作して、さらに低下させた。

 結果、雷の鎧は地中にどんどん流れ、最終的には消滅してしまったのだ。

 いくら強くても、電気は電位が低い方に流れるから。

 転生者であることがバレるとまずいので、詳しくは話さないがな。

 ミハエルは怒号を上げながら、やけくそになったように魔法を発動する。


「……クソが! 絶対にお前をぶっ潰してやるからな! 《雷の騎兵》!」


 雷でできた騎兵が生成され、俺に向かって力強く駆ける。

 強力な魔法だが、先ほどの攻撃より数段階魔力が弱い。

 魔力を使いすぎたのだろう。

 操作してもよいが、別の攻撃を使いたい。

 両手で自分の魔力を操作して高密度に凝縮し、猛スピードで放った。


「《魔力の弾丸》!」


 雷の騎兵と正面からぶつかると、丸ごと破壊してバシュンッ! と打ち消した。

 そのまま、ミハエルの腹に直撃する。


「ぐあああっ!」


 ミハエルは吹き飛ばされ、後方の樹に激しく衝突した。 

 周囲を見ると、取り巻き女先輩たちとのバトルもカレンたちが勝利したとわかる。

 女先輩たちは、みな力なく膝を突いたり地面に倒れていた。

 俺は慎重にミハエルに近寄る。


「勝負あったな、ミハエル」

「……クク、お前はほんとムカつく野郎だ。だが、勝ち誇ったところ悪いけどなぁ…………俺はまだ負けてないぜ」


 ニヤリと不適な笑みを浮かべると、ミハエルは懐から一枚の魔法札を取り出した。

 警戒して戦闘態勢を取る。


「何をするつもりだ」

「これからお前の相手をすんのは俺じゃねえ。……こいつだ!」


 ミハエルが魔法札を勢いよく破ると、眩い光りが放たれた。 

 直後、全長50mはあろうかというほどの……巨大な漆黒のドラゴンが上空に現れた。

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