第32話:砦防衛戦

「……ギル師匠、これからの戦いを思うと緊張しますね」

「ああ、まったくだ。気が抜けないな」


 隣のルカと一緒に砦の回廊に立ち、目の前に広がる荒れ地を見る。

 200mほど遠方には、俺たちがいるのと同じデザインの砦がそびえる。

 荒れ地には魔物も人間もおらず閑散としているが、ルカの言うようにこれから始まる戦いを思うと気が張ってしまう。

 すでに、新しい実地試験の真っ只中だった。

 試験内容は、クラスが2チームに分かれての“砦防衛戦”。

 一クラス20人なので、10人対10人の戦いだ。

 防衛戦と言っても、砦の真ん中にある“フラッグ”を取った方が勝ちとなる。

 学園の卒業生は王国騎士団や魔法師団の砦や前線基地に派遣されることもあるので、こういった実戦形式の訓練がよくあった。

 俺たちAチームは、ルカにクレマンにティナとその他生徒たち。

 カレンとネリーはBチームとなった。

 ちなみに、負けたチームの生徒(男子のみ)はライラ先生に局部を破壊されるので、相当の緊張感がある。

 今はまだ互いに様子見という段階なのか、嵐の前のような静けさだ。

 ルカは荒れ地を見ながら、険しい顔で呟く。


「カレンさんとネリーさんが敵なんて考えたくないですね。あの二人は学年でも相当の実力者ですから」

「まぁ、確認するまでもなくかなりの脅威だな。どうやって戦おうか。真正面から戦うと、かなり苦労しそうだ」


 一年生の成績トップ3は、俺、カレン、ネリーだ。

 そのうちの二人が敵チームとなれば、当然相当の戦力となる。

 戦略について考え出したとき、ルカが真剣な表情で告げた。


「ギル師匠、聞いてください。この試験に勝つため作戦を考えてみました。この作戦ならカレンさんたちにも絶対に勝てますよ」

「ぜひ、聞かせてくれ」


 なんと、ルカは作戦を考えてくれていたようだ。

 素晴らしい。

 【メシア・メサイア】主人公にして、この世界の主人公。

 今こそ、その実力を見せてもらおうか。

 そう思っていたら、ルカはチームメンバーの方を見た。


「みなさん、提案があります! ギル師匠をリーダーにしましょう! ギル師匠に全面的に戦っていただいて、ボクたちはサポートに回るんです!」

「え!」


 ルカが大きな声で宣言する。

 そ、それは作戦というのか?

 という疑問を浮かべた瞬間、Aチームの生徒たちがわらわらと集まってきた。


「良い案だ、さすがルカ! 俺も賛成するぞ! ギルベルトは俺たちの代表だ! 局部を守ってくれ!」

「ギルベルト君に戦ってもらった方がいいね。私たちじゃ絶対に勝てないもの」

「全力で後ろからサポートしますから安心してください!」


 四方八方から賛同の嵐。

 学園生活が始まって二ヶ月ほど経った今、生徒たちはもう俺を恐れることはなくなった。

 むしろ、慕ってくれるくらいだ。

 もちろん嬉しいのだが、この状況は素直には喜べない。


「し、しかしだな……俺はそんなガラじゃ……」


 そもそも、忘れがちだが俺は悪役貴族だ。

 しかも、“極悪貴族”なんて呼ばれるほどの悪いキャラ。

 静かに大人しく慎ましく生きていきたい。

 生徒たちの上に立つなんて、それだけで悪行をしている気分になってしまう。

 結局断ろうとしたものの、瞬く間にリーダーになってしまった。

 みんなは興奮した様子で俺に詰め寄る。


「「さっそく何か指示を!」」

「じゃ、じゃあ、散らばって見張りを頼む」

「「御意!」」


 やる気にあふれたチームメンバーは、砦に散らばる。

 敵となったカレンたちも何か作戦を考えているだろうが、今は様子見でいこう。

 魔力も体力も温存しておくに限る。

 実地試験ではあるが、カレンとネリーとの真剣勝負か。

 なんだか楽しくなる。

 そう思ったとき、誰かに肩を掴まれた。


「おい、ギルベルト。お前と同じチームになるなんて奇遇じゃねえか」

「クレマン……」


 振り向くと、件のクレマン・サヴォイアがいた。

 そういえば、こいつも同じチームだったな。

 ニタニタと俺を見ては笑う。


「聞いたぜ。学園入学前、ライラ先生に修行をつけてもらったそうだな」

「だったらなんだよ」


 何か面倒な流れの予感がする。

 いちゃもんでもつけられるのだろうか。

 やや警戒心が湧いたところで、クレマンは真面目な顔になった。


「修行でミスったとき、いつもライラ先生に局部を破壊されていたのか?」

「ああ、そうだよ。最初の頃はほぼ毎日な。本当に死ぬかと思ったぞ」


 あの地獄の日々が思い出される。

 今でも局部に余韻が残っているほどだ。

 クレマンは俺の両肩を掴むと、切羽詰まった表情で言った。


「ライラ先生のキンッ…………気持ちいいよな」

「…………は?」


 あまりにも予想外過ぎて、しばし思考が停まった。

 ライラ先生のキンッ! が…………気持ちいい?

 俺が呆然とする間も、クレマンは思い詰めた顔つきで語る。


「最初に食らったときは本当に死ぬほど痛かったが、いつしか快楽に変わったんだ。正直なところ…………毎日されたい。ライラ先生のキンッ! を何度もいただいたお前ならわかってくれるよな」

「いや、お前…………死ぬぞ」


 いきなり何を言い出すんだ。

 どうやら、彼は局部破壊の痛みが気持ちいいらしい。

 …………マジか。

 ものすごい性癖だ。

 たぶん、クレマンは伯爵家の坊ちゃんだから、ライラ先生のキンッ! は刺激が強すぎたらしい。


「俺……あの痛みが忘れられねえんだ……。これが恋ってヤツなのかな…………」


 何言ってんだ、こいつ。

 気持ち悪いので、どこか恍惚としたクレマンから離れる。

 掴まれた部分の肩を拭っていたら、今度はルカが俺の傍に来た。


「あの……ギル師匠。ちょっといいですか? 戦いが始まる前に大事なことを話しておきたいんです」

「……大事なこと?」


 今度はなんだろう。

 ずいぶんと思い詰めた顔だ。

 ルカはしばし黙った後、意を決した表情で告げた。


「実はボク…………女の子なんです」

「えええ!?」

「学園入学前、“ユグファイズ村”で秘薬の〈転換ポーション〉をかぶってしまい、女の子になってしまいました」

「なにぃ!?」


 ルカの衝撃発言を聞き、そのショックで原作ゲームの記憶が蘇った。

 た、たしかに、そんな設定があったような気がする。

 ゲームは学園の入学試験から本番だが、その前にルカの村でのストーリーがちょっとあった。

 村長が怪我をするエピソードがあり、治癒の方法として光魔法か回復ポーションかを選択する。

 ポーションを選ぶとTSするわけだが、特に興味のなかった俺は常に光魔法を選んでいた……。


「……そ、それは大変に難儀だったな。ほ、他の人たちは知っているのか?」

「学園の先生方は知っていますが、混乱を避けるため生徒たちにはまだ教えないことになっています。ですが、ギル師匠だけには知ってほしかったんです。……ボクの気持ちを。ギル師匠を見るたび、ボクは女の子のままでもいいと思う毎日で……」


 ルカはなんかブツブツと何か言っていたが、ショックでよく聞こえない。

 まさか、この世界のルカが女の子だったなんて。

 やたらと可愛いとは思ったが、そういうわけだったのか。

 衝撃も衝撃だが、ふと思うことがあった。

 この場合……。


 ――……ルカはヒロインになるのか?


 主人公かつヒロインという、断罪フラグを考えると極めてまずいキャラになってしまった。

 そもそも、俺を断罪する主役なんだよな。

 今後どう立ち回ればいいんだ~、と頭を抱えていたら、ルカが俺の手をそっと握った。


「……決めました。ボクは自分の気持ちに正直に生きます。ボクはもう、この手を離したくない。ライバルがいくらいても諦めませんから」


 俺の手を握るルカの力が強くなる。

 すべすべした柔らかい手が、俺の手を優しく包み込む。

 一瞬、浮kという単語が頭をよぎるが、すぐに打ち消した。

 大丈夫、これは浮kじゃない。

 だってそうだろう。

 断じて、浮kではない。

 そもそも200m離れているんだ。

 カレンたちに見られたり聞かれたりすることはないから安心しろ、ギルベルト。

 …………いや、別に浮kではないのだが。

 ルカに手を握られていると、チームメンバーが悲鳴に近い声を上げた。


「「た、大変だ、ギルベルト! あれは……あれは…………っ!」」


 終いまで聞かずとも、今どういう状況なのか不思議なほどよくわかった。

 大慌てで回廊の端っこに駆け寄り荒れ地を見る。

 100m近く離れているのに、遠目からでもわかるほど色濃く迸る鬼のような覇気を纏った…………カレンとネリーが襲来した。

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