第33話:戦い

「た、大変です、ギル師匠! カレンさんとネリーさんが!」

「だから、くっつくんじゃありませんって!」


 恐ろしいオーラを纏った二人を見て、ルカはさらに強く俺に抱き着いた。

 大慌てで引き離す。

 火に油を注ぐでしょうが!

 俺とルカが押し問答している間も、カレンとネリーはゆっくりと近寄る。

 いつの間にかさらに50mほど近づいており、それがさらに恐怖を与えた。

 どうしよ、どうしよ、と思っていたら、Aチームのメンバー男女三人が俺たちの前に並んだ。


「ギルベルトがリーダーとは言ったけどな。もちろん、俺たちも戦うぜ」

「いつも、あなたばかりに良いところはもってかれたくありませんので」

「僕だって強くなりたいんです。応援しててください」


 そう言うと荒れ地に舞い降り、カレンとネリーに向かって颯爽と駆け出した。

 こ、この流れはまずい!


「ま、待てっ! 早まるなっ! 戻ってこい!」


 回廊から身を乗り出して叫ぶも、時すでに遅し。

 カレンとネリーに敵として認識されてしまった。


「ギルベルトの浮気を守ろうなんて健気ね……《氷の雨アイス・レイン》」

「行く手を阻むのであれば、あなたたちも同罪ですね……《剣舞ソード・ダンス》」

「「うわあああ!」」


 上空からは氷の雨が激しく降り注ぎ、何本もの巨大な剣が躍るように地面を抉る。

 とてつもない衝撃で荒れ地が揺れ、チームメンバーは全員吹き飛ばされてしまった。

 果敢に挑んだ三人は地面に倒れ、みな目がぐるぐると回っている。

 一撃で気絶させられたようだ。

 なおもゆっくりと迫りくるカレンとネリーに対し、俺はもう必死の思いで叫ぶ。


「ち、違うんだ! これは違くて!」

「カレンさんとネリーさんが相手でも、ギル師匠の隣は渡しませんよ!」

「やめなさい、ルカ!」


 ひっつくルカを命懸けで引き剥がしていると、カレンとネリーのやけに落ち着いた声が静かに聞こえた。


「聞いたわよ、まさかルカが女の子だったなんてね。ギルベルトが喜ぶわけだわ」

「そういえば、ギルベルト様は嬉しそうでしたよね。ルカさんにくっつかれたときの笑顔は、眩しいほどに輝いていました」


 いや、あの……200m離れてたんですけど。

 どうやら、二人は大変な地獄耳だったらしい。

 前世で100周プレイした俺でも知らなかった事実が明らかとなる。

 転生しなきゃわからなかったことを知れて、なんだか得した気分だ。

 よかった、よかった…………なんて思うかー。

 またもや頭を抱えていたら、残りのメンバー(クレマンは隅っこでジッとしてる)が俺の前に出た。


「来たな、カレンにネリー! 全力で戦うぜ! ギルベルトが!」

「あなたたちが来るのを待ってました! 正々堂々と戦います! ギルベルトさんが!」

「どれほど強い相手でも最後まで諦めません! 二人は倒しますよ! ギルベルト君が!」


 みんな……受け入れてくれたのは嬉しいけど、俺の名前を強調するのやめてくれるかな。

 ルカの衝撃的な事実が明らかになったものの、それどころじゃないらしい。

 チームメンバーは威勢よく叫んだ後、俺の後ろに隠れちゃった。

 俺のことを盾みたいにするのやめてくれるかな。

 とはいえ、ここは俺が戦わなければ……。

 誤解を解くためにも。


「みんな! 二人とは俺が戦う! “フラッグ”を見張っててくれ!」

「あっ! ギル師匠!」


 ルカとチームメンバーを残し荒れ地に飛び降りると、カレンとネリーが立ち止まった。


「まぁ、でも、一度ギルベルトとは真剣に戦ってみたかったわ」

「私もカレン様に同感です。この実地試験は良い機会ですね」


 その言葉を聞き、どこかホッとできた。


「ああ、俺も二人とは本気で戦いたかったよ」

「浮気は許さないけどね」

「浮気は許しませんが」

「あっ、はい。すみません…………いや、あれは浮kではなく単なるスキンシップというか……」


 もごもごと弁明する間もなく、カレンとネリーの魔力が強くなった。

 どんな魔法が来るか身構える。


「《氷の巨人アイス・ジャイアント》!」

「《大いなる剣グレート・ソード》!」


 7mほどの巨大な氷のゴーレムが出現し、右手には3mもありそうな大剣が握られた。

 ネリーの剣を装備したカレンの氷ゴーレム。

 なるほど、二人の複合魔法か。

 これは倒すのが大変そうだ。

 カレンとネリーが同時に手を下ろす。


「「攻撃開始!」」


 ゴーレムが右手の剣を勢いよく振りかぶってきた。

 重い轟音が鳴るほどの力強さだ。

 すかさず、その全身に魔力を飛ばした。


「《ゴーレム操作》!」


 俺の魔力を受けると、氷ゴーレムはピタッと動きを止めた。

 操作はできるものの……相当な抵抗だ。

 カレンの強大な魔力を感じるようで、一時も気が抜けない。

 だが、このまま押し返してやる。

 さらに魔力を込め始めたとき、ゴーレムの後ろに広がる空間がキラリと輝いた。


「《曲射の剣カーブ・ショットソード》!」


 ネリーの剣魔法による攻撃が飛んでくる。

 生成された剣はどれも曲刀で、くるくるとカーブを描く不規則な軌道で襲いかかった。

 すかさず、操作魔法で空気を凝縮した壁を作る。


「《大気の防御壁エア・ディフェンス》」


 曲刀は空気の壁に阻まれ、宙で止まっては地面に落ちる。

 だが、ゴーレムへの操作魔法がわずかに弱まった。

 動きを取り戻したゴーレムが地面をパンチすると、俺を追うように氷のトゲトゲが何本も生えた。

 生成スピードは人間の魔法にも劣らないが、相手が氷なら操作魔法でベストな対処ができる。


「《氷温度上昇アイスライズ》」


 氷の温度を操作して急上昇させると、トゲトゲは溶けてなくなった。

 操作魔法の汎用性を感じる攻撃だ。

 ゴーレムの後ろから、カレンの感嘆とした声が聞こえた。


「考えたわね、お見事」

「ああ、これなら土や空気を操作するより消費魔力が少ない」


 大型の氷ゴーレムも温度を上げれば溶かせてしまえるだろう。

 だが……なんだろうな。

 正面から戦いたい気持ちになった。

 右手に魔力を集め勢いよく駆け出す。

 氷ゴーレムの全身に魔力が迸り、無数の氷片が放たれた。

 走りながら地面を操作し、いくつもの土の塊を空中に生み出した。

 土塊を蹴り宙を進む。

 迫る俺を見て、氷ゴーレムは剣を振り上げた。

 大剣の一撃は強力だが、どうしても隙が出る。

 振りかぶった瞬間、操作魔法で氷ゴーレムの動きを止め、土塊を蹴ってジャンプした。


「《隕石拳撃メテオ・インパクト!》」


 身体の中央狙って全力で殴る。

 硬い岩に当たったような感触の後、ピシピシと拳の周りからひびが入り、氷ゴーレムは木っ端みじんに砕け散った。

 宙に舞う氷の破片が陽光に煌めくその向こう側には、カレンとネリーの嬉しそうな顔が見える。


「……やるわね。さすがはギルベルトだわ」

「一筋縄ではいかないということですね」


 二人と戦うのは……楽しい。

 魔物とのバトルよりずっと。

 実際に対峙すると、彼女らの基礎が詰まった実力をひしひしと感じた。

 ……俺も負けてられないな。

 やる気がさらに満ちあふれる。


「さあ、今度は俺の番だ!」


 全身に魔力をみなぎらせた、そのとき。

 手の甲の紋章からアナウンスが聞こえた。


[BチームがAチームの“フラッグ”を奪取しました。試験は終了します。戦闘を中止してください]


 ……なに?

 “フラッグ”が回収された?

 もしかして、他の生徒が砦に侵入したのだろうか。

 慌てて砦を振り向くと、小さな青いゴーレムが嬉しそうにAチームの“フラッグ”を振っていた。

 ポカンとする俺にカレンとネリーが説明する。


「あれは私のミニ氷ゴーレムよ。ギルベルトが大型と戦っている間に、こっそり作っておいたの」

「事前にカレン様と綿密に相談したのです。これはあくまでも“フラッグ”を取った方が勝ちですから、どうにかしてギルベルト様たちの注意を引こうと」


 つまり、俺やルカ、Aチームの面々がすっかりバトルに夢中になっている間、うまいこと取られてしまったらしい。

 カレンとネリーは手を取り合って喜ぶ。


「やったー! ギルベルトに勝ったー! いつか勝ちたいと思っていたの!」

「ようやく勝利しましたね! 搦め手の作戦が成功しました!」

「…………ぐぎぎ」


 喜ぶカレンやネリー、そして遠くBチームのメンバーを見て、悔しさがあふれる。

 な、なかなかやるじゃないか。

 ミニゴーレムの存在に気づいていれば操作魔法で対処できたのにぃ……!

 勝負の余韻が漂う中、どこからともなくライラ先生が現れ実技試験は終了となった。



 □□□



「“砦防衛戦”の勝利者はBチーム。戦闘に集中させての“フラッグ”奪取は見事な作戦だった。少々大雑把ではあったが、学園での勉学が活かされた戦闘であった。これからも頑張るように」

「「ありがとうございます」」


 ライラ先生の声が荒れ地に響き、カレンたちBチームはお辞儀する。

 俺を含めた生徒たちは荒れ地の真ん中に整列し、“砦防衛戦”の講評を受けていた。

 やはり、当初の目的である“フラッグ”の奪取のため、あえて目を引く魔法を使ったカレンとネリーの作戦が評価されたようだ。

 数分で講評が終わると、ライラ先生がギッ! と恐ろしい目で俺たちAチームを睨んだ。


「……さて、敗北したAチームの男子生徒。横一列に並べ」


 ま、まずい、局部破壊の時間がやってきてしまった。

 下半身の中心がひんやりする。

 学園に入学して、せっかく回避できると思ったのに~……と頭を抱えていたら、Aチームの男子ズがさりげなく俺の背中を小突いた。

 な、なんだ?


「(ライラ先生に局部破壊を止めるよう言ってくれ。俺たちのリーダーよ)」」


 みな、雨に打たれる小犬のような、ウルウルした瞳で俺を見る。

 彼らの不憫な顔を見ると、忘れかけていた悪の心が蘇った。

 そうだ、俺は天下の“極悪貴族”、ギルベルト・フォルムバッハ。

 みすみす局部を破壊される男ではない!

 めちゃくちゃに逆らってやる!

 力強く一歩踏み出し、ライラ先生の前に出た。


「あの…………俺たちも頑張ったというか……」

「は?」

「すみません、並びます。横一列に並び、足を開かせてもらいます。……さあ、みんな! 早く一列に並ぶんだ! 局部を破壊しやすいような角度を作って!」


 どうした、みんな、シクシクと泣いちゃって。

 なぜか涙を流すAチームとともに、俺も捌きを受ける。

 足を開いた後、キンッ! キンッ! キンッ! と甲高い音がこだました。


「「……ぅああああ~!」」


 荒れ地に響くAチームの絶叫(クレマン以外)。

 久しぶりの痛みは思いのほか気持ちいい…………わけもなく、しっかり痛かった。

 ちなみに、ルカは回避した。

 女の子だから。

 ……ずるくね?

 そして、真の本番はこの後に訪れるのであった。



□□□



「た、頼むっ! 二人とも許してくれ! 悪かった! 俺が悪かったから!」


 両手両足を縛られ、身動きがとれない。

 ベッドの両脇には、にこりとした笑顔のカレン様とネリー様。


「あなたが誰の物なのか、もう一度身体に教え込まないといけないわね」

「隠れて楽しむなんて度胸がありますね。さすがはギルベルト様です」

「だから、あれは浮kじゃなくて…………ああああ~!」


 気絶しては無理やり意識を戻される。

 この猛攻に耐え切れるのだろうか(何がとは言わないが)。

 何はともあれ、さらに数週間が過ぎ、いよいよ前期の最終実技試験“学年合同演習グレード・プラクティス”の日がやってきた。

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