第30話:最下層
「いよいよ、最下層だな。気合入れていこう」
「はい、やっぱり緊張しますね」
その後、俺とネリーは順調にダンジョンを進み、最下層の第七層に到達した。
がらんとした、だたっ広い殺風景な空間。
“怪異の迷宮”は特殊な構造をしており、最深部の前にボス部屋が三つある。
その中から、どれか一つを選ぶのだ。
魔力も体力も十分に残っている。
このフロアにはボスしかいないので、気にせず全力を出せるぞ。
俺たちは扉の前に進み、どれを選ぶか相談する。
「さて、問題はどれにするかだが……」
「選ぶ前にボス魔物の種類を確認しますか?」
「ああ、そうしよう」
手の甲に描かれた紋章に魔力を込めると、空中に映像が映し出された。
ボスは三種類いて、事前にその情報は生徒にも伝えられるという設定だ。
鋭い角を持った鳥魔物の一角コンドル、騎士の亡霊である騎兵レイス、猛火をまとった狐型の魔物として知られる火狐……。
いずれもD+~C級という強さだが、この段階まで進んだ原作主人公はストーリー通りでもだいぶ強くなっている。
もちろん、他の生徒も成長しているので、二人一組ならどうにか倒せる相手だ。
どれか一つを突破すれば攻略完了なのだが、どのボスが出現するかは部屋に入るまでわからず、そのランダム要素も楽しい一面だった。
「ネリーはどれにする? 俺は真ん中がいいかな」
「ギルベルト様、お待ちください。お父さんとお母さんに教えてもらった、秘伝のおまじないがあります。こういうとき、一番良いものを選べるのです」
「えっ、そんなのがあるの!?」
「はい。私もここぞという場面で使ってきました」
ネリーは大変に自信ありげな顔で言う。
彼女がそれほど強力なまじないを知っていたなんて、100周プレイした俺でも知らない設定だった。
実際に、この世界で生きてみないとわからないこともあるな。
「ぜひ、そのまじないを使ってくれ」
「かしこまりました」
ネリーは深呼吸すると扉に向かって指を差し、大きな声で言った。
…………日本の小学生が言うようなセリフを。
「ど~れ~に~し~よ~お~か~な~、て~ん~の~か~み~…………」
一文字ごとに指を差す場所を変え、ネリーは真剣な顔で選ぶ。
お、おまじないって、これ?
もっとこう……ファンタジーっぽい呪文とかじゃないの?
「…………い~う~と~お~り~! 右端にしましょう、ギルベルト様! この扉が一番いいです!」
「わ、わかった。ありがとう、ネリー。助かったよ」
しばらく厳しい顔で選択がなされた後、結局右端となった。
何はともあれ、最後の山場だ。
気を抜かずに戦おう。
俺とネリーは、そっと扉を押して中に入る。
すぐ戦闘が始まってもいいように警戒して進むが…………フロアには何もいなかった。
壁にかけられた松明が虚しく燃えるだけだ。
いったいどうして……。
慎重にフロアを進む中、ネリーも疑問そうに呟いた。
「まだ復活していないのでしょうか……」
「ああ、おかしいな。ボスがいないなんてこんなことは……」
そこまで話したところで、急激に前世のゲーム知識が思い出された。
ま、まずい……! これは……!
思う間もなく、中央の空間が白く輝き始めた。
俺は急いでネリーの前に出る。
「俺の後ろに下がれ、ネリー!」
「ギ、ギルベルト様、何が起きているんですか!?」
十秒も経たぬうちに光は消え、それは姿を現した。
右手には巨大な剣を携え、大きさは3mほどもあり、鈍く光る金属に包まれた鎧騎士のような全身は松明の光をぬめりと反射する。
人型の風体だが、頭はまるで獅子のようだ。
現れたのは……A級魔物のワーライオン。
レベルはおよそ60~65の、攻防一体の強敵だ。
事前に知らされた三種類のボス魔物ではない。
想定外の強敵の出現に傍らのネリーは息を呑んだが、俺はこいつが出現した理由を知っている。
「な、なんで……A級魔物が……」
「こいつは“
「そ、そんな……」
“ダンジョン変動”はその名の通り、難易度が変動する現象だ。
“怪異の迷宮”は学園が管理しているが、本来のダンジョンとしての特性も色濃く残る。
そのため、ボスが本来の敵ではなく、数段階強力な魔物が現れることもあった。
原作では、極めて低確率でこのワーライオンが出現するのだ。
運悪く、俺たちは遭遇してしまったらしい。
入ってきた扉も“ダンジョン変動”の影響で封印の魔法陣が展開され、硬く閉ざされる。
あれを突破するのはさすがに時間がかかりそうだし、解除につきっきりになったら攻撃をまともに受けてしまう。
となると、ワーライオンを倒すのが唯一の道だろう。
「ネリー、大丈夫だ。俺たちなら冷静に戦えば勝てる」
「か、勝てるわけありません……A級魔物なんて……」
安心させるように言ったが、ネリーはワーライオンを見て震えている。
無理もない。
A級魔物の迫力は他の魔物とは桁違いだ。
初めて見るのならば余計にそうだろう。
原作では、ワーライオンとのバトルは“負けイベント”だった。
あまりにもレベル差がありすぎるからだ。
その事実を思い出したとき、ふと脳裏に浮かんだ。
ここで負けたら、俺は……ネリーは死ぬのか……?
――ふざけるな。
拳を硬く握る。
“負けイベント”なんて、この俺が叩きのめす。
ネリーを傷つけさせてたまるか。
そう思い、ワーライオンに向かって勢いよく走り出した。
「ネリーはここで待っていろ! あいつは俺が倒す!」
「えっ……ギ、ギルベルト様!」
走り寄る俺に対し、ワーライオンが勢いよく斬りかかる。
いつものように、魔力を操作して手に集めた。
《魔力剣》で攻撃を受け止める。
ギィンッ! という重い金属音がフロアに響いた。
森林タイガーより何倍も強い一撃だが、十分に防げる。
ワーライオンの無表情な顔に、一瞬驚きが走ったように見えた。
力を込めて《魔力剣》を振り抜き、ワーライオンの腕を弾く。
すぐさま剣を持ち換え、全身に斬撃を浴びせる。
「《
『甘イ……』
斬撃を当てることはできたが、全て鎧でガードされた。
傷はつけられたものの、俺の剣が食い込む感覚はない。
やはり、硬いか。
こいつの鎧と剣を構成する金属は、A級の超貴重な鉱石〈ライガ燐鉱〉だ。
地中の高圧力で凝縮された非常に頑強な鉱石。
その鉱石で作られた鎧は防御力が非常に高いのだ。
ワーライオンは剣を上段に構えた。
『ひれ伏すがイい……挑戦者ヨ……』
床がひび割れるほど力強く踏み込み、勢いよく迫りくる。
これはワーライオンの剣技、《燕返し》のモーションだ。
原作では防ぐことはおろか、躱すことさえ至難の一撃。
だが、今の俺は十分に成長した。
目に意識を集中して、剣筋をよく見切る。
横に動いて一撃目を躱し、下から迫る二撃目も身を屈めて避けた。
「《魔物操作:ワーライオン》」
『な……にッ……』
操作魔法で敵の全身を操り、動きを止める。
ワーライオンは剣を振り上げたままで止まり、鎧で覆われていない喉ががら空きとなった。
「《
全身の力を乗せ《魔力剣》を突き出し、喉を貫通する。
手に鈍い感触を感じるとともに、ワーライオンの目から少しずつ光が消えていった。
『我、を倒……スとは……見事ナリ』
絞り出すように呟くと、ワーライオンはぐたりと息絶えた。
ふぅっと一息ついて《魔力剣》を解除すると、ネリーが慌てて駆け寄ってきた。
「ギルベルト様、ご無事ですか!」
「ああ、なんとか勝ったよ。怪我もない」
ネリーは俺の隣に来ると恐る恐るワーライオンの死骸を見ていたが、やがて弾けるような笑顔で俺を讃えてくれた。
「A級魔物を倒すなんてお見事です! 一人でA級魔物を倒せる一年生なんて他にいませんよ! ギルベルト様はどこまでも強くなってしまいますね!」
「まぁ、これも毎日の努力のおかげだな。ネリーは怪我はないか?」
「はい、私は大丈夫です。……ですが……」
笑顔が消え俯くと、悲し気な表情で力なく言った。
「私……一歩も動くことさえできませんでした。怖くて動けなかった自分が情けないです」
「相手がワーライオンなら無理もないさ」
A級魔物なんて、一年生が戦うような相手じゃない。
今回はイレギュラーな会敵だったものの、ネリーは動けなかった自分が悔しいようだ。
しばし険しい顔で拳を握っていたが、やがて彼女は真剣な表情に変わって言った。
「今まで以上に強くなることを誓います。ギルベルト様に負けないくらい」
ネリーの真剣な思いを感じて、俺もさらに気が引き締まる思いだ。
「……なら、俺ももっと頑張らないとな」
笑顔で応え、ネリーと一緒にフロアを進む。
部屋の奥にはさらに扉があり、入るとボーリング玉ほどの水晶玉が浮かんでいた。
これに触れると、試験は終了だ。
二人で一緒に水晶を触る。
眩い光に包まれ、俺たちは学園へと転送された。
□□□
「……では、最速で最深部に到達したチームを発表する。ギルベルト・ネリー、チームだ。学園始まって以来の記録更新となる。よくやったな。……特にギルベルト。A級のワーライオンを倒すとは見事だ。貴様のような強い生徒が現れ、私も嬉しい」
ライラ先生が言うと、教室中からパチパチと拍手が湧いた。
ネリーとともに“学園勲章”を受け取る。
“キタルの森”でも貰ったから、俺は二つ目か。
ネリーは胸につけると、明るい笑顔で言った。
「ギルベルト様と並べた気分で嬉しいです」
「ああ、俺もネリーと一緒で嬉しいよ」
ライラ先生に一礼して座席に戻ると、カレンとルカも褒めてくれた。
二人はそれぞれ、二位と三位だ。
「おめでとう、ギルベルトにネリーさん。あと一歩届かなくて悔しいわ。それにしても、A級魔物なんてどうやって倒したの? すごすぎるわ」
「修行を思い出しながら戦っただけだよ」
「次こそは、ボクも“学園勲章”を貰ってみせます。見ていてくださいね」
周囲からは、ざわざわとクラスメイトのどよめきが聞こえる。
「ギルベルトはもう二個目の“学園勲章”か。すごいスピードだな。ワーライオンまで倒しちまうのかよ」
「このままじゃ”学園勲章”を独占されてしまいます。どうにかして対処しないと」
「僕たちも努力しないとね。これ以上差がつけられたら大変だ」
ミハエルとの一戦を経て、クラスメイトは俺をあまり怖がらなくなってくれた。
クラスに溶け込めたようで単純に嬉しい。
断罪フラグも遠ざかっている気がするし。
これからも頑張ろう、と決心したところで、ライラ先生が険しい顔で一人の男性生徒に近寄った。
「さて、最下位のチームの男子生徒はお前だったな。何回最下位になれば気が済むんだ、愚か者。これは局部を破壊して奮起を促すしかないと考える」
「待ってくれ! 待ってくれ、先生! 精一杯頑張ったんだよ! だから、局部破壊だけは勘弁してくれって!」
最下位は……またもやクレマンだった。
相方は女生徒なので、彼だけが報いを受けなければならない。
クレマンはライラ先生に立たされると、必死の形相で俺に向かって叫んだ。
「お、おい、ギルベルト! お前、人間も操作できるんだよな!? 頼む、ライラ先生を操作してくれぇ!」
心を鬼にして首を横に振る。
すまん、俺も大事なんだ。
局部が。
「そ、そんな……。ギルベルト、お前だけが頼りなんだよ! このままじゃ俺は……っ!」
キンッ! という甲高い音がして、クレマンは床に倒れて動かなくなった。
男子も女子も、みな静かに涙を流す。
クレマンには悪いが、俺は少々安心する。
なんだか、キンッ! の役割を交代できた気分でいたのだ。
このときの俺は……。
そして、真の本番はこの後に控えていた。
□□□
「ネ、ネリー! 早まるな! まだ回復しきっていないんだ! 今やられたら……ああああ~!」
ネリーの猛攻に耐えきれず、思わず大声で喘いでしまった。
彼女の隣には、悔しそうなカレンが座る。
「ぐぎぎ……。第六層でトラップにかからなければ、私たちが一位だったのに……」
俺の知らないうちに、ネリーとカレンの間で取り決めが交わされていた。
どうやら、一位の方が俺を好きにできるらしい。
よって、今夜俺はネリーの所有物となった。
「ギルベルト様、休んでいる暇はありませんよ。首席になるには日頃からの訓練が大事です」
「だ、だから、まずは万全の状態に戻してから……ぁぅんっ……! ああああ~」
部屋中に嬌声(俺の)が響き渡る。
もう何度意識を失いそうになったことか。
朦朧とする頭の中で思う。
――干からびるのが先か、断罪フラグが実行されるのが先か、それが問題だ。
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