第24話:原作主人公を助ける悪役

 森林タイガーを見て、カレンは息を呑む。


「ビ、B級の魔物が出るなんて……! ここには低級魔物しかいないんじゃないの……!?」

「基本的にはそうだよ。だけど、極稀に上級の魔物も出現するんだ」

「そ、そんな……」


 “キタルの森”は初心者向けのステージだが、極めて低い確率で強敵とエンカウントする。

 森林タイガーのレベルはおよそ50手前。

 入学したての生徒では勝てるはずもない。

 原作ではとにかく逃げるボタンを連打して、逃げ切れるのを祈るしかなかった。

 森林タイガーは俺とカレンの出現を確認し、ルカとどちらを優先するか考えているようだ。

 その隙をつくように、ルカは厳しい顔で魔法を唱える。


「《光の弾》!」

「ま、待てっ!」


 白い光弾が森林タイガーの顔に当たり、もくもくと煙が上がる。

 直撃だ。

 だが、煙が晴れても森林タイガーには傷一つついていなかった。

 ルカは呆然と呟く。


「ボ、ボクの魔法が効かないなんて……」


 原作通りなら、現時点の主人公はレベル5だ。

 差がありすぎる。

 森林タイガーは今の一撃で、ルカから倒すと決めたらしい。

 猛然と駆け寄り、鋭い爪を振り上げる。

 断罪フラグを考えたら、できればルカとは関わりたくないが、さすがにそうも言ってられない。

 助けなければっ。


「《土壁ソイル・ウォール》!」

『ガァッ!?』


 ルカの前に広がる地面を操作し、大きな壁を作り上げる。

 単なる土の壁だが、森林タイガーの攻撃を完全に防げた。

 ライラ先生との修行を思い出し、密度の凝縮を強く意識したからだ。

 すかさず、俺はカレンに指示を出す。


「森林タイガーは俺が倒す! カレンはルカともう一人を遠ざけてくれ!」

「了解! 《氷の柱アイス・ピラー》!」


 ルカとティナの足元から、巨大な氷の柱が出現する。

 瞬く間に、20mほどの高さまで二人を持ち上げた。

 これだけ地面から離れていれば、森林タイガーも手が出せないだろう。

 思った通り、俺を敵と認識した。

 遠距離攻撃を警戒してか、右に左にと不規則に飛びながらこちらに迫る。

 接近戦のつもりなら望むところだ。


「《魔力剣マジック・ソード》」


 自分の魔力を操作して、ロングソードを生み出した。

 密度と質を意識すれば、実体剣にも負けない頑強な武器になる。


『ガアアッ!』


 森林タイガーは二本足で立ち、勢い良く爪を振りかぶる。

 《魔力剣》で受け止めると、ガギンッ! という硬い金属音が森に響いた。

 ……重い。

 体重を乗せた一撃は強力で、気を抜いたら押し潰されそうだ。

 だが、問題はない。

 腕だけでなく四肢全体の力を使うんだ。

 修行を思い出し、振り払うように思いっきり剣を振るった。


『グガッ!?』


 森林タイガーは弾き飛ばされ、二本立ちのままバランスを崩した。

 こいつは四足歩行の魔物だから、一度足をつかないといけない。

 今がチャンスだ。


「《連撃斬れんげきざん》!」

『ガアアアッ!』


 がら空きとなった腹を、バツ印のように切り裂く。

 ライラ先生に教えてもらった剣術を、俺流にアレンジした。

 森林タイガーはそのまま後ろ向きに倒れる。

 少しも動かない様子を確認して、俺は魔法を解除する。

 戦闘の終了を見て、カレンが笑顔で駆け寄ってきた。


「あんな強敵を倒しちゃうなんてさすがだわ。それもたった一撃だなんて」

「ありがとう、これも修行のおかげだよ。それより、ルカたちの状態を確認しよう」

「そうね。怪我がないといいのだけど」


 カレンが《氷の柱》を解除し、ルカとティナが地面に戻る。

 ルカはかすり傷程度だが、ティナは相変わらずぐったりしたままだ。

 胸が上下に動くので生きているとわかるが、頭を打ったのか気絶しているらしい。


「大丈夫か?」

「しっかりして」

「うっ……」


 カレンと一緒に声をかけるも、ティナは呻くばかり。

 隣のルカが悔しそうな顔で呟く。


「彼女は森林タイガーの攻撃を避けたとき、衝撃で木に衝突してしまったんだ。ダメージが深いのか、ボクの光魔法でも治せなかった。ポーションの類は持ってないし……どうしよう。先生を呼ばないと……」


 なるほど、そういうことか。

 それならば……。


「俺に任せてくれ、ルカ」

「えっ、ギルベルト師しょっ……君が? 回復魔法を使えるの?」

「ああ、といっても操作魔法の応用だけどな。少し離れててくれ……《回復操作:人間》」


 ティナの全身に魔力を込める(もちろん、触れてはいない)。

 十秒ほども経つと、ティナの顔に生気が戻った。


「うっ……こ、ここは……ギルベルト・フォルムバッハ! さん!」


 起きるや否や、ティナは俺の顔を見ると、恐怖の表情を浮かべながらズザザザザッと後ろに逃げた。

 やはり、入学したばかりではまだまだ悪名は健在だな。

 誠実に過ごして評判を変えていこう。

 ちょっと心が傷ついちゃったし。

 ルカはティナの様子を見て、唖然とした表情で呟いた。


「す、すごい魔法だ……。回復が得意なボクの光魔法でも治らなかったのに……」

「まぁ、修行したからなぁ。それはもう死にそうになりながら」

「ギルベルト君……いや、ギル師匠!」

「うおっ!」


 突然、ルカは身を乗り出した。

 ぐいっと距離がいきなり近くなり、思わずのけ反る。

 ショタな可愛い顔が目の前に迫る。

 ち、近いのだが……。


「ボクの師匠になってください!」

「し、師匠!? どういうこと!?」

「森林タイガーの戦いと、今の魔法を見て感動したんです! 入学試験のときも感じましたが、ボクはギル師匠みたいな強くて優しい人間になりたいんですよ!」


 ルカはすごい勢いで話す。

 その言葉を聞いてわかったような気がする。

 称号にあった“ボクの師匠”って、もしかして……。


 ――……ルカからの称号?


 きっと、というかそうに違いない。

 原作主人公から師匠呼ばわり……というのはどうなんだ?

 少なくとも悪印象ではないと思うが、逆に好かれるとそれはそれで困りそうな……。

 断罪フラグへの影響について考えだしたとき、手の甲にある学園の紋章からアナウンスが聞こえた。


[“キタルの森”での試験が終了しました。三十秒後自動で学園まで転送されるので、そのままジッとしていてください]


 どうやら、ちょうど試験も終わったらしい。

 いつの間にか、生徒の順位は確認できなくなっていた。

 ルカたちの手前か、カレンが耳元でこっそりと話す。


「師匠になってほしいだなんてすごいじゃない。私たちトップだといいわね」

「あ、ああ、そうだな」


 笑顔で答えたものの、シナリオが変な方向に動き出した気がしてならない。

 ルカのキラキラした眼差しを残し、俺たちは学園へと帰還した。


 □□□


「……さて、成績を発表する。トップはギルベルトとカレンのペアだ。よくやった」

「「ありがとうございます」」


 ライラ先生からオリーブの形をした小さなバッジを貰う。

 これは“学園勲章オーダー”。

 実地試験や座学、課外活動などで稀有な成績を納めた者に授与される。

 たくさん持つほど学園内で上位の生徒という証となり、上級生にも一目置かれる。

 “学園勲章”の数は卒後の進路にも影響するので、生徒たちは必死に努力する……という設定もあった。

 ちなみに、ネリーのチームは2位だ。

 肉薄されていたが、森林タイガーの魔石が決め手だったな。

 ライラ先生はいつもの怖い顔になると、一人の生徒を睨んだ。


「さて、最下位の男子生徒はお前だな」

「ええ、そうですけど。何スか?」


 視線の先にいるのは、クラスの中でもガタイが良さげな茶髪に茶色目の男子。

 あいつはクレマン。

 サヴォイア伯爵家の嫡男だ。

 原作では特に害はなかったが、イキッたヤンキーっぽい感じが鼻についたのがよく覚えている。

 ライラ先生の嫌いそうなタイプだな。

 我らが師匠はクレマンの前に歩くと、有無を言わさぬ声音で言った。


「立て」


 クレマンは面倒そうにのろのろと立ち上がる。

 お、おいっ、もっと迅速に行動しろよ!

 それだけで死亡フラグなのに、あろうことかとんでもない発言をした。


「へいへい。先生ぃ、そんなおっかない顔してたらせっかくの美人が台無しッスよぉ~。なんなら、この後デートでも……」

「死ね」


 キンッ! という甲高い音が聞こえ、クレマンは床に崩れ落ちた。

 ガタイのいい男が微動だにすらしない様子を見て、男子ズは局部をそっと抑える。

 嘘でも冗談でもないことが証明され、みな(男子のみ)血の気が失せていた。

 そう……ライラ先生はマジなんだよ……。

 ちょっとばかしシナリオと違う展開はあったものの、何だかんだ初日も幕を閉じつつあって安心した。

 ……だがしかし、真の本番はこの後だった。


 □□□


「た、頼むっ、少し休ませてくれぇっ」


 外はもう暗いが、照明で明るく照らされた室内に俺の声が響く。

 息も絶え絶えで限界が近いというのに、カレンとネリーは許してくれない。

 もはや立ち上がる体力もなく、仰向けに横たわるばかりだった。

 ベッドの両脇に坐する二人の目が、猟犬のように鋭く光る。


「ギルベルト、あなたの局部も首席にしないとね」

「もっと耐えてください」

「あんっ! やめてっ……あああ~っ!」


 懇願しても二人はまったく容赦がなく、鍛え上げた局部をもってしても耐えきれず(何にとは言わないが)、部屋中に俺の嬌声が響き渡る。

 心地良い反面、試験のたびこれが続くかと思うと少々不安になるのであった。

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