第19話:入学試験

「サロメ、忙しいのに送ってくれてありがとう」

「いえいえ、仕事ですから。ギルベルト様のご健闘をお祈りします。もちろん、カレン様もネリーも」


 フォルムバッハ家の馬車から、カレン、ネリーとともに降りる。

 みんなでサロメを見送ると、俺は正面の建物に向き直った。

 純白の美しい壁に刻まれた金色の装飾が、来訪者を圧迫するような威厳を放つ。

 とうとう、入学試験日が訪れた。


 ――王国最高峰の魔法学校、“ルトハイム魔法学園”。


 原作ゲーム【メシア・メサイア】のメイン舞台にして、ギルベルトが主人公と相対する場所。

 俺の運命を賭けた一日が始まるのか……。

 入学試験は午前が筆記で、午後が実技。

 とにかく集中しよう。

 深呼吸するも少しドキドキしながら試験会場へと歩いていたら、傍らのネリーとカレンが言った。


「なんだか切羽詰まったお顔でいらっしゃいます」

「緊張しているの? 珍しいわね、ギルベルト」

「あ、ああ、ちょっとな……」


 緊張してないと言えば嘘になるが、考えたところで仕方がない。

 転生したばかりの頃は、断罪フラグから逃げたり回避することばかり考えていた。

 だが、今は違う。

 逃げや回避より、真正面からぶつかって打ち倒したい気持ちに変わっていた。

 今までの努力がどこまで通用するか楽しみだ。

 この試験だって首席で合格して、父上とライラ先生に少しでも恩を返したい。

 決心を固め、会場の大講堂に入る。


 とりあえず、筆記は問題なく終わった。

 中には難しい問題もあったが、ライラ先生の出す課題よりは遥かに簡単だったな。

 そもそも、キンッ! の心配もないから安心して考えることができた。

 筆記が終わると昼食の後、すぐに実技が始まった。

 試験は学園の一角にある訓練場で行われ、何組もの受験者がタイマンで同時に模擬戦闘する。

 いよいよ本番だ。

 訓練場は観覧席があり、そこに座って順番を待つ。


「……四組目はカレン・ハルミッヒ、ニコル・オスラン! 五組目はジャクリーヌ・ウォルムス、ネリー!」


 試験官の先生がカレンとネリーの名を呼んだ。

 二人は座席から立ち上がる。


「では、行ってまいります」

「ギルベルト、応援してるから」

「ああ、二人とも頑張れよ」


 階段を降りる彼女たちの背を見届ける。

 観覧席から見ていたが、国内最高峰ということで受験生のレベルは高い。

 だが、彼女たちなら絶対に問題なく合格するだろう。

 むしろ、心配なのは俺の方だな。

 首席で合格できるほど努力を積んできたつもりだが、相手はこの世界の主人公。

 何が起きるかはわからない。

 緊張しながらそこまで考えたところで、一つの可能性に思い当たった。

 もしかして……。


 ――主人公じゃない受験生と戦う可能性もあるのでは?


 ……あり得る。

 全てがシナリオ通りに進む保証はどこにもない。

 そうだよ、何もこんなに構えなくていいのだ。

 さぁ~って、のんびり見学させてもらいますかぁ~。


「……三組目はギルベルト・フォルムバッハ、そして……ルカ!」


 安心した瞬間、俺の名が呼ばれた。

 原作主人公の名とともに。

 やはり、シナリオは偉大ということか。

 どうやら、俺たちが最後の組のようだ。

 やるせない思いで訓練場に降りると、すでに相手はいた。


 ――原作主人公、ルカ。


 目を覆うくらいのやや長い黒髪に、丸っこい黒目。

 くたびれたシャツに半ズボンを着ており、ザ・平民という庶民的な服装だ。

 中性的な見た目で可愛いショタって感じ。

 半ズボンからはみ出た太ももがやたらと眩しい。

 もちろん、ルカの可愛いキャラデザもこのゲームの人気要素の一つだった。

 ずっとプレイ(ゲームを遊ぶという意味)してきた愛着もあり、将来俺を殺す人間なのになんだか不思議な親近感を覚えた。

 だが、俺はすぐに気合を入れ直す。

 平民のルカにも俺の悪名は轟いているという設定だ。


 ――気を抜くな、ギルベルト。お前の未来がかかっている。


 この入学試験でルカに敗北した結果、転落の一途を辿るのだから。

 絶対に負けてはならない。

 俺たちの試験を担当する試験官をチラリと見る。

 濃い藍色のボブカットに丸い眼鏡をかけた女性で、博識な雰囲気。

 この人は魔法の歴史を勉強する、魔法史担当のマルグリット先生だ。

 ゲームでは主人公&ギルベルトの担任だったが……。


「……何か用ですか?」

「あっ、いえっ、何でもないですっ」


 少々見過ぎた。

 マルグリット先生に促され、俺とルカは互いに10m程離れた立ち位置についた。


「試験のルールを説明します。どちらかが負けを認めるか、戦闘不能になる、もしくは制限時間に達した時点で試験終了とします。制限時間は五分。勝敗はつきますが、内容によって合否が決まります。最後まで諦めずに戦うように。それでは……始めっ!」


 マルグリット先生が手を振り下ろした瞬間、ルカが真剣な表情で俺に手をかざした。


「《光の弾シャイン・ボール》!」


 白い光弾が勢いよく襲いかかる。

 ルカの系統は光魔法。

 これは基本中の基本技だ。

 よし……。


「《魔法操作マジック・コントロール》」

「……え?」


 魔力を飛ばすと、光弾は動きを止めた。

 ルカは唖然とした表情を浮かべる。

 ライラ先生の元で修行をして努力を積んだ結果、魔法の操作能力もだいぶ向上した。

 これくらいの魔法なら十分に操れる。

 光弾をルカ目がけて飛ばした。

 とっさに、ルカは腕で顔と腹をガードする。

 反応の速さはさすがの主人公だ。

 だが……。

 ヒットする直前で光弾の向きを変え、側面から当てた。

 訓練場にルカの苦しそうな声が漏れ出る。


「あっ……がっ……!」


 ルカは地面に膝をつく。

 ちょうど鳩尾にあたった形だ。

 息が吸いにくいのか、ハァハァと浅い呼吸を繰り返す。

 辛そうな表情を見て、この辺りで勝敗をつけたい自分がいた。

 元より、俺が負けなければそれでいい。


「負けを認めてくれないか? これ以上、君を苦しめたくない」

「だ、誰が……!」


 ルカは足に力を込め、ぐぐ……っと立ち上がる。

 ここは一撃で沈めるのがベストだろう。

 俺の周囲の空気を操作し圧縮させる。


「《空気弾エア・ショット》」


 空気が高密度に凝縮された弾を作り、ルカに放った。

 前後左右、全方位からだ。


「うわあああっ……!」


 空気弾は当たると弾け、さらなる追加ダメージを与える。

 音が止んだとき、ルカは力なく地面に崩れ落ちた。

 ピクリとも動かない様子を見て、マルグリット先生は慌てた様子で宣言した。


「そ、そこまでっ! 勝者はギルベルト・フォルムバッハ!」


 とりあえず、俺の勝利で試験が終わり心底ホッとする。

 最大級の断罪フラグに打ち勝った気分だ。

 これで直ちに死ぬことはなくなったはず……。

 安心するとルカの容態が気になった。

 思ったより強い攻撃だったかもしれない。

 近寄り様子を窺う。


「おい、大丈夫か……?」

「……なんとか」


 声をかけると、ルカは悔しそうな顔で身を起こした。

 まだダメージが残っているのか、へたり込んだままだ。

 勝利はしたが……ルカは不合格になるのだろうか。

 実技試験の勝敗は合否に関係ないし、主人公補正だとかで入学してくる可能性は十分にある。

 何か保険が欲しいな……と思っていたら、一つの名案を思いついた。


 ――……こいつの心をへし折っちゃえばいいんじゃね?


 そうだよ。

 徹底的に絶望させれば、仮にルカが入学しても向こうから勝手に避けるはず……。

 我ながら良い案だ。

 名案も何も、操作魔法でルカ自体を操ればどうにでもなりそうだが、それは止めておく。

 倫理的にまずいから。

 そうと決まったらさっそく実行に移そう。

 才能ない、とでも言ってやれ。

 俺は悪役顔を意識し、ルカを見下ろす。


「はっきり言わせてもらうけどさ」

「は、はい……」


 睨みつけると、ルカはごくりと唾を飲んだ。

 地面にへたり込んだ様子は、まさしく蛇に睨まれた蛙そのもの。

 俺は王国中に悪名を轟かせた極悪貴族、ギルベルト・フォルムバッハ。

 今こそ、その本領を発揮しろ!


「君…………才能あるよ。魔法の技術や体術はまだまだ甘いけど、全体的にポテンシャルの高さを感じたな。一緒に切磋琢磨したいくらいだ。入学できたら良いライバルになろう。本当に素晴らしい戦いだった。俺と戦ってくれてありがとう。君のおかげで、さらに一歩成長できた気がする」

「…………はわぁ」


 打って変わって、ルカはキラキラと輝く瞳で俺を見る。

 ……あれ? なんだ?

「才能ないよ」と言うつもりが、間違えて「才能あるよ」って言っちゃった。

 そこからは流れでなんか褒めちゃった。

 心をへし折る作戦は……?

 じわじわと自分のミスを実感する。


 ――肝心なとこで間違えちゃった! 褒めてどうする!


 頭を抱え込んでいたら、後ろからカレンとネリーの声が聞こえた。


「お疲れ様、ギルベルト。その様子なら勝ったみたいね」

「さすがでございます。試験も終わったので帰りますか?」

「え……? あ、ああ……」


 背中に熱烈な視線(たぶん、ルカの)を感じながら、俺はカレンたちと訓練場を後にする。

 歩きながら、ふと思った。


 ――これで……良かったんだよな? 一応、勝ったは勝ったし。


 ほのかな疑問は湧くものの、波乱の入学試験は無事幕を閉じた。

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