第18話:息子(Side:アレキサンダー①)

 ギルベルトはフォルムバッハ家の、唯一と言っていい汚点だった。

 愚息の将来を考えるたび、我が輩は憂鬱となる。

 我が家系の長い歴史を見ても、ギルベルトほどの悪童はいなかっただろう。


 ――栄光あるフォルムバッハ家の没落……。


 ふとした瞬間に頭をよぎるのは、暗い未来の想像ばかり。

 だが、一概にギルベルトの責任とは言えなかった。

 ずっと仕事ばかりしてきた我が輩は、我が子との接し方もわからなかったのだ。

 子どもは小さい大人という認識しかなく、投げかける言葉は常に厳しい言葉。

 我が輩の誕生日に似顔絵を描いてくれたときも、「デッサンが甘い」、「影の濃淡が未熟」だの、少しも褒めなかった。

 本当は嬉しかったのに……。


 ――決して褒めず、厳しい言葉をかける。それが息子のためになると、本気で思っていたのだ……。


 ギルベルトの気持ちなど、まるで考えなかった。

 息子は徐々に我が輩から離れ、屋敷にいても接することが減った。

 妻とも喧嘩ばかりでうまくいかず、別居となった。

 今はもう、我が輩を覚えているかもわからん。

 複雑な家庭環境が、ギルベルトの人格形成に悪影響を与えていると思うと、息子を責めきれない自分がいる。


 息子の悪評を聞くたび、どうにかせねばと思った。

 このままではフォルムバッハ家の威信に関わるし、ギルベルトのせいで迷惑を被る人間が多数いる。

 当主として、厳格な態度を見せなければならない。

 それこそ、いつもやっているように。


 ――だが、わからないのだ。どんな言葉をかければいいのか……わからない。


 昔から厳しく接してきたくせに、肝心なときに何が正解なのかわからなくなってしまった。

 周りには相談できる人間もおらず、袋小路に迷い込んだ気分だ。

 実感することは一つだけ。


 ――我が輩は父親としての適性がなかったのだろう。


 そう思うとやけに納得できた。

 我が輩はそのような人間なのだと思い、いつしか息子と接することさえ諦めてしまった。


 そんなある日、異変は起きた。

 ギルベルトの様子がおかしくなったのだ。

 凶暴なオーラが消え、使用人の待遇を変えてほしいと頼まれた。

 しかも、“ルトハイム魔法学園”に首席で合格するのが目標とまで言われた。

 以前の息子からは想像もつかない。

 使用人に対する態度の変化もそうだし、勉強嫌いで努力嫌いのギルベルトが、なぜそこまで難しい目標に挑もうとするのか我が輩には不明だ。

 だが、久しぶりの会話で改心ぶりを感じて嬉しく、使用人の給金は十倍に増やした。

 修行についてはライラに頼んだ。

 頼りになる戦友だから、うまくやってくれるはずだ。

 もっとも、彼女以外ではギルベルトの家庭教師など誰も引き受けてくれないだろうが。


 ギルベルトの改心について、当初は半信半疑だったが後に事実だとわかる。

 ライラも一目置いており、彼女が誰かを褒めたのは初めて見た。

 使用人たちの噂話からも、ギルベルトの変貌ぶりが伝わる。

 

 岩を操り浮かせたと聞いたときは、さすがの我が輩も驚いた。

 “操作魔法は小石しか操れない”、それがこの世界の常識だからだ。

 裏からギルベルトの修行を観察すると、実際に大きな岩石を浮遊させているのを見た。

 しかも、ライラの魔法さえ操作したのだ。


 ――息子は魔法界の常識を覆した……。


 驚愕するとともに……感動で胸が震えた。

 

 ギルベルトの不断の努力は、ハルミッヒ家との絶望的な関係をも変えた。

 元はと言えば息子が原因だが、両家の溝は恐ろしく深かった。

 令嬢の顔に負わせた火傷なのだから当然と言えよう。

 我が輩も多数の秘薬や医術師を手配したが、終ぞ消せることはできなかった。

 その火傷痕を……ギルベルトは完全に消した。

 どこに痕があったのかわからないくらい完全に……。

 ギルベルトが我が家に連れてきたカレン嬢の美しい顔を見た瞬間は、この世の奇跡を目の当たりにしたようだった。

 後日、息子とカレン嬢を交えた晩餐会を開き、我が輩も謝罪の意を示すことができた。

 ギルベルトの改心は表面的ではなく、心からの改心だったのだ。


 今、フォルムバッハ家には新しい風が吹き始めた。

 人生を好転させる爽やかで力強い風だ。

 壊れてしまった妻との仲だって、修復できるかもしれない。

 ギルベルト、感謝する。


 ――お前のおかげで、我が輩は一歩踏み出せる。父親として、夫として……。


 家族全員が描かれた、唯一の肖像画を見ながら思う。

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