第17話:常識破り(Side:ライラ①)

 戦友で旧友のアレキサンダーから久しぶりに連絡がきた。

 何かと思ったら、息子の家庭教師の依頼だった。

 ギルベルト・フォルムバッハと言えば、有名なゴミ令息だ。

 貴族社会に疎い私でも、悪評の数々を知っている。

 立場や権力を利用する嫌われ者という印象だ。

 まったく気乗りしなかったが、戦友の頼みなので渋々引き受けた。


 直接見るギルベルトはムカつく顔だったな。

 局部の蹴りがいもない。

 これほどやる気のない依頼は初めてだ。

 だが、一度仕事を引き受けた以上、私は最後までやり遂げる。

 それがゴミ令息の家庭教師でも同じ。

 目の前の仕事に全力で取り組むことが、己を一番成長させるのだ。


 ギルベルトの目標は、“ルトハイム魔法学園”の首席合格らしい。

 王国最高峰である学園への首席合格。

 生半可な努力ではとうてい達成できない。

 悪評猛々しいギルベルトが、なぜそのような高い目標を抱いているのかはわからない。

 その裏には別の目的がありそうな気もするが深読みはせず、私はあいつを鍛えることにした。


 とは言ったものの、ギルベルトの魔法系統は操作魔法と聞いたとき、正直無理なのでは、と私は感じた。

 あらゆる系統の中でも最弱クラスなのだから。

 “小石しか操れない魔法”に何の価値がある。

 石など手で投げた方が強い。

 せめて火魔法や水魔法など扱いやすい系統であれば、首席合格の可能性は十分にあった。

 しかし、嘆いても仕方がない。

 今ある手札の中から最善を尽くすのみだ。


 アレキサンダーから“経験の森”を使用してよいと言われたので、遠慮なく使わせてもらう。

 私も戦友のツテで入ったことがある。

 あそこは良い森だ。

 いるだけで経験値が貯まるのを感じる。

 十四歳の少年には厳しい環境だが、魔法系統と目標を考えると達成できる唯一の方法だ。

 まずは基礎的な体力作りから始めて、徐々に魔法系統を開発する。

 実際のところ、ギルベルトは基礎段階で修行を辞めるだろうと思っていた。

 生半可な内容ではない。

 私でも難儀するだろう。

 怠惰でめんどくさがりな人間に、やり遂げられるかは甚だ疑問だった。

 ……ところがどうだ。

 ギルベルトは根を上げなかった。

 毎日毎日、必死に修行に取り組む。

 さすがに死にそうにはなるが、指示した内容をきっちり果たす。

 走り込むあいつを見るうちに、徐々に私の評価も変わった。


 ギルベルトに操作魔法を使わせた日を、私は忘れないだろう。

 あいつは系統レベルが上がり、鉱石が操れるようになったと話した。

 信じられるわけもなく、出まかせを言われたのかと思った。

 局部の破壊を準備する中、ギルベルトが手をかざすと……大きめの鉱石が宙に浮いたのだ。

 あり得ない現象に、私は思わず呆然とした。

 今操作しているのは、誰が見ても小石ではない。


 ――操作魔法で……小石以外も操れるようになった。


 まさしく、“世の中の常識”が覆された瞬間だった。

 ギルベルトの努力は、常識さえも超えてしまったのだ。

 貴様に対する評価は完全に変わった。

 私も今まで以上に真剣な思いで指導することを決めた。


 後日ネリーから、貴様が自ら破壊した花畑を操作魔法で復活させてくれた、と聞いた。

 両親に〈流星花〉を供えることができてよかったと、彼女は大変に喜んでいたぞ。

 なかなかやるじゃないか。


 ハルミッヒ家では、カレンとギルベルトの確執に立ち会った。

 事の詳細は知らなかったが、その場にいたらなんとなくわかった。

 当時のカレンはギルベルトを信用できなかったようなので、少しだけ私の評価を伝えてやった。

 結果として、仲が修復されたようなので私も安心した。

 もちろん、一番大きな要因はギルベルトの努力だろうがな。



 この前、ネリーとカレンが修行に参加させてほしいと頼んできた。

 なぜかと問うと、なんとギルベルトが目標と伝えられた。

 メイドとして、婚約者として、二人はふさわしい人間になりたいそうだ。

 とうとうギルベルトは、周りの人間にまで影響を与えるようになったのか。

 あいつの成長ぶり、ポテンシャルの高さには驚かされるばかりだ。

 昼食のときはだらけきっているが、そこは目をつぶってやる。


 今や、局部の蹴りがいもだいぶ改善した。

 私も少なからず弟子を取ったことはあるが、その中でもギルベルトが一番筋が良い。

 

 ――ギルベルト、私は貴様を“常識破り”と認めてやる。


 最弱の操作魔法は、貴様の努力により最強の魔法になりつつある。

 貴様は世界の常識を変える素質があるのだ。

 これからも頑張れ。

 


 さて、弟子の活躍をもっと見たい自分がいるが、家庭教師の任期は一年だ。

 もちろん修行はまだまだ続くものの、ギルベルトたちが学園に入学したら私はお役御免となる。

 ギルベルトたちと関わることも減ると予想される。

 この依頼を受けたときは、早く任期が終われ、ということばかり考えていた。

 不思議なことに、もっとギルベルトの活躍を、成長を見たい自分がいた。

 あれほど有望な人材は、今後も直接指導するべきだ。

 どうするか、と考えたら一つの案が思い浮かんだ。


 ――私も……“ルトハイム魔法学園”に復職するか?


 誰にも言ったことはないが、私は学園で教鞭をとっていた時期がある。

 当然、生徒たちはほとんどが貴族。

 貴族の出身で冒険者をやる人間は少ないので、噂になることもなかったようだ。

 学園の教員ならば、ギルベルトの成長を間近で観察できる。

 ふむ、我ながら良い案だ。

 あいつはもちろんのこと、ネリーやカレンの行く末も気になるな。

 元極悪貴族がどこまで周りの人間を引き上げるのか、私は興味が惹かれる。

 何より……。


 ――師匠として優秀な弟子の成長を見守りたい。

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