第16話:みんなで修行

「ギルベルト、魔力を練り直せ。魔法の精度が落ちているぞ」

「わかりましたっ。ご指摘ありがとうございますっ」


 ライラ先生に言われ、魔力を練り上げる。

 カレンとの仲も修復され、さらに一か月ほどが経過した。

 厳しい修行の日々が再開し、座学に実技にと修練に忙しい。

 大きな断罪フラグを二つとも解消できたからか、俺も以前よりずっと集中力が増したのを感じる。

 とはいえ、油断は禁物。

 生き残って新しい人生と操作魔法を楽しむため、毎日を大事に過ごしていこう。

 毎日といえば、今までなかった光景があった。

 “経験の森”の一角では、二人の少女が訓練する様子が見える。

 実は……ネリーとカレンも俺と一緒に修行することになった。

 二人とも、ライラ先生の熱烈な指導を受ける日々だ。


「ネリー、剣魔法でこの丸太を串刺しにしてみろ」

「わかりました! ……《剣の山ソード・マウンテン》!」


 上空から無数の剣(重そうなロングソード)が出現し、勢いよく襲い掛かる。

 あっという間に、ライラ先生の用意した丸太がめった刺しにされた。

 剣魔法はその名の通り、魔法で剣を生み出して戦う。

 自分で剣を振るってもいいし、今みたいに飛ばして遠距離攻撃をしてもいいのだ。

 地面まで貫通した様子を見て、我らがお師匠様は自慢げに微笑む。


「よくやった、ネリー。上出来だ」

「丸太が串刺しにされ針山みたいになっているぅうう! 剣で差す感触がたまらないのですぅぅう! アァァァアアッハッハッハッハッハッー!」


 ライラ先生に褒められ、ネリーは高笑いして歓喜する。

 彼女は剣魔法を使うと、精神のたがが外れてしまうのだ。

 原作でも、ネリーによるギルベルトの断罪シーンはなかなかにグロかった。

 もし改心しなければ、あの丸太が俺だったというわけだ。

 思わずヒュンッとするな。

 何がとは言わないが。

 最終段階の実戦訓練では、何を剣で差すんだろう。

 ……うむ、考えるのはこれくらいで止めておこう。

 ライラ先生はカレンの方に向き直る。


「カレン、次は貴様の番だ。あの岩を破壊しろ」

「了解です、ライラ先生。……《氷のつぶてアイス・クラッシュ》!」


 カレンが前方に手をかざすと、氷の粒が何十個も空中に出現した。

 勢いよく岩に向かって飛び、頑丈そうな岩石を粉々に砕いてしまった。

 系統レベルの低い魔法なのに、あそこまで威力を出せるのだから、カレンの才能を感じる一撃だ。

 頼もしい婚約者だが、逆に言うと、関係性が改善しなければ岩の末路は俺だった、ということになる

 ぶるっと身体が震えたのは、氷による冷気のためではないだろう。

 カレンの魔法系統は、とても珍しい氷魔法。

 氷の粒以外にも強固な盾を生成して防御したり、柱を生み出して空高く移動したりと、多種多様な戦い方ができる。

 二人とも走り込みの基礎訓練はほどほどに終わり、すでに魔法を使う応用の訓練に移っていた。

 いやぁ、羨ましい限り。

 ネリーとカレンの魔法を見ると、ライラ先生は号令をかけた。


「よし、一度休憩とする。十分間休んでよい」

「「はい、ありがとうございますっ」」


 ライラ先生は厳しいものの、女子にはちょっと優しいんだよな。

 願わくば、その優しさを0.0001%でいいから男にも向けてほしい。


「……ギルベルト、何をぼんやりしている?」

「あ、いや! 何でもありません、すみません! 修行をやらせていただきます!」


 少し考えにふけっただけで、大変に厳しい視線が飛んできた。

 猛烈な勢いでスクワットしながら、操作魔法で何本もの丸太を持ち上げることで、どうにか誠意を見せる。

 しばらく修行をすると昼休憩となった。

 肩を動かしつつ、“経験の森”から外に出る。

 カレンとネリーのおかげで、俺も森の外で食べることを許可されたのだ。

 だいぶ修行に慣れたと言っても、やはり身体が軽くなるな。

 過剰な重力から解放された感じ。

 汗を拭いたところで、サロメが昼ごはんを持ってきてくれた。


「お疲れ様です、ギルベルト様、カレン様。お昼食でございます」

「ありがとう、サロメ。助かるよ」


 シートを敷き、ランチバックを置いてくれる。

 中に見えるのはおいしそうなサンドイッチと、オレンジや葡萄などの瑞々しいフルーツ。

 サンドイッチはハムやレタスが挟まれたものや、苺のジャムが塗られたものなど、どれも大変に食欲をそそる。

 では、さっそく……と思ったら、カレンにくいくいっと腕を引かれた。

 サンドイッチを手に持っている。


「ほら、ギルベルト、口を開けて」

「え?」

「あ~ん、よ」

「は、はい」


 言われるがまま、カレンにサンドイッチを食べさせられる。

 すっかりお馴染みの光景になってしまった。

 恥ずかしいが無下にするのもなんだか可哀想なので、いつもされるがままなのだ。

 正直に言って……悪くはない。


「ああ、サロメさんの作ったハムレタスサンドが小さく切り分けられ、カレン様がギルベルト様のお口に運んでいくー」


 そして、ネリーは毎度キラキラした目で状況を説明する。

 これは……いいのか?

 カレンが文句を言ったり嫌そうな顔をすることはないので、たぶん良いんだな。

 仲が良いのが一番だから。

 まぁ、キンッ! が飛んできても(俺だけに)おかしくないが、なんとか大丈夫。

 ライラ先生は一人で食べるのが好きらしく、いつも俺たちから離れたところで食べているから。

 サロメも昼食の準備をしたら、いつの間にか姿を消す。

 色々と気遣ってくれたのだろう。

 デザートの葡萄を食べていたら、ネリーが真剣な顔で切り出した。


「ギルベルト様、私の剣魔法はどうでしょうか」

「すごく素晴らしいよ。ネリーの年齢で、あれほど強力な剣魔法を使える人はなかなかいないと思うな」

「嬉しいです……。実は……私も“ルトハイム魔法学園”への入学を目指しているんです。あっ、もちろん、メイド枠としてですがっ」

「えっ、そうだったの!?」


 ネリーは衝撃的な話をする。

 思わず、俺は激しく驚いてしまった。


「ギルベルト様に選んでいただける強いメイドになるため、ライラ先生の元での修行を望んだのです」

「ネリー……」


 まさか、彼女がそんな気持ちを抱いていたなんて思わなかった。

 だから、俺と一緒に修行することになったのか。

 たしかに、使用人枠として誰を選ぶのかネリーたちにはわからない。

 彼女の想いを知り、胸が打たれた。

 ネリーは姿勢を正すと、真剣な表情で言った。


「あの……ギルベルト様、一つお願いをしてもよろしいでしょうか。剣魔法を練習するうち、あるものを斬りたくなりました」

「何でも言いなさい」


 ネリーの願いは俺の願い。

 どんな難しいことでも叶えるつもりだった。


「ギルベルト様の局部…………斬り落としてもいいですか?」

「逆に聞くけど、なんでいいと思ったの!?」


 絶対ダメでしょ!

 というか、どうして斬りたくなったの!?

 よくわかってなさそうなネリーを懸命に諭していると、カレンが俺の服の袖を引っぱった。


「ギルベルト、実は私も首席合格を目指しているのよ」

「えっ、カレンも!?」

「ええ、あなたの話を聞いて思ったの。私も婚約者にふさわしい人間になりたい、ってね。ギルベルトに追いつくため、ライラ先生に修行をつけてもらうようお願いしたわ。だから、私たちはライバルでもあるのよ。婚約者相手といっても手は抜かないからね」

「カレン……」


 カレンが修行に参加するようになった理由もわかった。

 自分の努力からこんな風に思ってくれる人が二人もいるなんて……俺は幸せだな。

 じんわりと胸が温かくなる中、カレンは真摯な顔になると静かに話し出した。


「ねえ、ギルベルト。あなたにお願いがあるのだけど……。氷魔法を訓練するうち、あるものを凍らせてみたくなったの」

「何でも言ってくれ」


 カレンの願いは俺の願い。

 どれほどの難題でも解決してみせる。


「あなたの局部…………氷漬けにしてもいいかしら?」

「逆に聞(ry」


 な、なぜ、みんな俺の局部にそんなに興味を惹かれるのだ。

 断罪フラグは回避できそうなものの、また別の危機が訪れるような……。

 昼食は終わり修行が再開するが、しばし自分の局部が気になってしまった。


「……ギルベルト、さっきから何をぼんやりしている」

「あ、いや、してません! 集中しております! それはもう集中力120%はくだらない状態で……!」

「わかった、指導が必要なようだな。足を開け」

「お、お待ちください、ライラ先生! 大丈夫です! 大丈夫なので、どうかそれだけは……っ!」


 ライラ先生に追われながら思う。

 過去の悪行はどうにか清算できたが、もちろんこれで終わりではない。

 今後も二人が信頼してくれるかは、俺の言動、そして行動にかかっている。

 これからも誠実に過ごそう。

 ネリーとカレンも一緒に修行を続け、あっという間に学園の入学試験が近づいてきた。

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