第15話:私の婚約者(Side:カレン①)
――“半面の令嬢”。
それが私の呼び名だった。
顔に刻まれるは、幼少期に負った火傷。
自身の顔を変えるとともに、人前に出る自信も奪ってしまった。
一生、仮面を外すことはないだろうと思っていた。
左目で見える景色が、私の人生の全て。
火傷は負ったもののずっと引きこもるわけにはいかず、貴族のお茶会や夜会には出席した。
その度に注がれる好奇の視線や言葉もまた、私の心をじわじわと締め付ける。
――あの極悪貴族、ギルベルト・フォルムバッハに火傷を負わされた令嬢。
概ね、可哀想だとか、悲しい運命だとか、私を憐れむ声がほとんどだった。
とはいえ、噂好きな令嬢や夫人はあれこれ心無い話もする。
父母や使用人は私の耳に挟まないよう配慮してくれていたけど、それでも聞こえた。
人の噂とは不思議なものだから。
噂と言えば、数か月前一つ奇妙な話を聞いた。
あのギルベルト様が改心したらしい、と。
別人のように他人に優しくなり、“ルトハイム魔法学園”の首席合格を目指して日々辛い修行をしているということだ。
にわかには信じられない。
――極悪という悪名をほしいままにしている、あのギルベルト様が善人になるなんて……。
初めて噂を聞いたとき、私が抱いたのはそんな正直な思いだった。
幼少期、火傷を負うまでギルベルト様と会い、話したことは何度もあるけど、“横暴で怖い人”という印象だ。
子どもながらハルミッヒ家の使用人にも高圧的な態度を取り、私にも厳しい言葉を投げかる。
――ギルベルト様と私は、いずれ結婚しなければならない。
その宿命を思うたび、私の心は暗く沈んだ。
元々、私とギルベルト様の関係は良くなかったけど、ある日絶縁するに値するほど決定的な出来事が起きた。
――〈火焔魔石〉の発火に伴う事故。
あのとき自分を包んだ火の熱さ、痛さ、苦しさは今でも身体に染み付いている。
何度も何度も悪夢に見た。
でも……ギルベルト様だけが悪いわけではない。
以前、お祭りで見た〈火焔魔石〉の火が楽しみだった私は、間近で見ようと少し顔を出し過ぎた。
ギルベルト様が大量に積み上げる紙束や木の枝だって、よく考えれば危険だとわかったはず。
美しい火が楽しみだった私は、そこまで気が回らなかった。
結果、大火傷を負ってしまった。
鏡で自分の顔を、火傷痕を見るたび、私は一生このままなのかと辛く思った。
今日、ギルベルト様が謝りたいと訪ねてきたときは、やっぱり信じられなかった。
過去の横暴さや事故の一件が心に色濃く残っていたのだ。
ギルベルト様は私としばらく話すと、とうていあり得ない話をされた。
自分の魔法系統である操作魔法で、私の傷を治せるという。
そんな話は聞いたことがない。
“小石しか操れない最弱魔法”に、そのような神を思わせる芸当はできるわけがない。
出まかせだと思った私は断った。
沈黙が横たわったとき、ネリーさんというメイドが声を上げた。
ギルベルト様は改心したと……。
メイドなんて一番ひどい扱いをされているはずなのに。
呆然としていたら、あの“鮮血の魔導剣士”であるライラさんまで、ギルベルト様が改心したと評価するのだ。
彼女たちの目から、ギルベルト様の改心したという噂は真実なのだとわかった。
私は身を任せることを決意した。
そして……奇跡が起きた。
ギルベルト様が私の火傷痕を消してくれたのだ。
両親から渡された手鏡に映ったのは、元に戻った私の顔。
嬉しさと喜びが胸にあふれ、熱い涙が零れた。
傷を治してくれて……本当にありがとうございます。
顔の半分を覆っていた仮面は、引き出しの奥にしまっておくことにした。
捨てようと思ったけど、やっぱり保管する。
ギルベルトが変わった象徴にも感じられるから。
そう思うと、忌々しい仮面も愛おしく思えた。
私の心も、今はもう軽い。
ずっと胸にのしかかっていた自分の辛い宿命は、幸せな運命に変わった。
お茶会では、ギルベルト様が”ルトハイム魔法学園”の首席合格を目指しているとも聞いた。
フォルムバッハ家ほどの大貴族なら特別枠で入学できるのに……。
彼の話を聞いて、私も今まで以上に懸命に努力しようと思った。
なぜなら、私はギルベルト様の婚約者だから。
隣に立つのにふさわしい人間になりたい。
あとで、修行に一緒に参加できないかライラさんにお願いしよう。
過去の自分と向き合い、己が犯した過ちを謝罪し、正す。
誰にでもできることではない。
人は誰しも、自分の過ちと向き合うのは恥ずかしくて辛いことだから。
火傷痕を癒してくれて、謝罪してくれて、ある種の試練を乗り越えたあなたを見て、私の心には尊い特別な思いが生まれた。
“好き”という感情が。
ギルベルト様……いや、ギルベルト。
――私はあなたの婚約者で本当によかった。将来、あなたの妻になることを、私は誇りに思う。
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