第9話:涙
「ネ、ネリーじゃないか。どうして、ここに……」
「最近はずっとお屋敷にいらっしゃらないのでどうされたのかと思い、失礼ながら後をつけてしまいました。サロメさんからお花の世話をされているとも聞いたので、何かお手伝いができないかと……」
「そうだったのか……」
彼女の手には、小ぶりのスコップやバケツが下がっている。
お花の世話……という限り、〈流星花〉についてはまだ聞かされてないようだ。
俺はさりげなく後ろの花畑を見る。
うまくできたのはまだ数本だ。
できれば、満開に咲く〈流星花〉を見せてあげたかった。
その方がインパクトがあって印象深いだろうし。
何より、完全な状態に戻してこそ、過去の罪が贖罪されると感じていた。
頭の中で色々と考えていたら、ネリーが怯えた様子で話した。
「ギルベルト様、お邪魔でしたでしょうか……」
「いやいや! 邪魔じゃない、邪魔じゃない! 邪魔じゃないですよー!」
断罪フラグが大きな足音を立てて近づいてくる。
ので、大慌てで否定した。
なるべく、怖がられてはダメなのだ。
まぁ、この段階で見せるのは仕方ないか。
隠しても良くないだろうしな。
観念して回復途中の花畑を見せると、ネリーは固まる。
こ、今度はなんだ?
「えっ……ス、〈流星花〉が咲いています……! あんなに枯れていたのに……! しかも、花畑まで整備してくださったのですか!」
ネリーは口に手を当てた驚きの表情で花畑を眺める。
サロメに教わった通りに土を耕し、肥料を撒き、水を与えていると、畑の様相もだいぶ改善した。
以前は、それこそ獣に踏み鳴らされた直後……みたいに荒れ果てた状態だったが、今では常に管理された花壇と言われてもおかしくないだろう。
周辺に散らばった花びらや土なども整理したので、見違えるように綺麗になった。
全ての〈流星花〉の完全復活はまだ道半ばだが、あと一週間フルで挑戦すれば間に合いそうではある。
「本当はもっと復活してから見せようと思っていたんだ。まだ全然だな」
「いえいえ、とんでもございません! すごいです、ギルベルト様! ……綺麗ですねぇ。そよ風に揺れる姿を見ていると嬉しくなります」
ネリーはゆらゆらと揺れる〈流星花〉を眺めては喜ぶ。
たった数本生えていただけで喜ぶ彼女の顔を見ると、自分の行いのひどさを改めて実感した。
ギルベルトに転生したからか、花を踏み潰したり土を蹴り飛ばした感触が生々しく思い出される。
両親の墓前に供える大事な花を滅茶苦茶にされた……。
どれほどの怒りか悲しみだったか、考えなくてもわかる。
顔には出さないものの、その心中を察すると自然と首が垂れた。
「ネリー……本当に申し訳なかった」
「えっ……!? ギ、ギルベルト様!? あ、頭を上げてくださいませ!」
「いや、謝りたいんだ」
慌てふためくネリーの声が聞こえるも、すぐに頭は上げられなかった。
自分の行いが他人を苦しめているのだから。
しばらくして力なく頭を上げると、混乱した表情のネリーがいた。
目がグルグルと回ってしまっており、彼女は話題を変えるように言う。
「ど、どうやって、ここまで復活させてくださったのですか?」
「肥料と水やり、そして操作魔法を使ったんだ。回復と成長能力を操り、花畑全体の復活を試みている」
「へぇ~、操作魔法って器用なんですねぇ。ただ動かすこと以外にも色んな応用が……」
そこまで話したところで、ネリーは言葉を止めた。
何かに気づいたように呟く。
「もしかして、七月七日までに草花を操作したいと仰っていたのは…………私のお墓参りのためにですか?」
こくりと頷く。
彼女に気を利かせてしまうのではと思い、ギリギリまで隠すつもりだった。
でも、今の機会に全部伝えた方がいいだろう。
「もうすぐ……両親の命日だろ? 何が何でも満開の花畑に戻したい。ネリーの両親の墓前に、たくさんの〈流星花〉を供えたい。俺が……壊してしまった花畑なんだから」
そう伝えると、ネリーはピタッと動きが止まった。
今度は彼女が少し下を向く。
「ギルベルト様がそこまで考えてくださっていたなんて……思いませんでした。あんなに辛い修行をされていたのに、私はただ見守ることしかできず……」
「な、何を言っているんだ、ネリー。元はと言えば俺のせいなんだから、努力するのは当然だろう。そんなしょんぼりしないでくれ」
「で、ですが……」
俺は慌てて言う。
ネリーはまったく悪くないのだから。
無論、花畑の復活もここで終えるつもりはない。
いっそのこと、彼女の前で満開にするべきだ。
「ちょっとだけ待っててくれ、ネリー。今、この花畑を〈流星花〉でいっぱいにしてみせる」
「ギルベルト様……」
深呼吸して気持ちを整える。
大丈夫、まだ魔力は残っている。
――俺なら必ずできる。
そう強く自分に言い聞かせ、手を花畑にかざした。
「……《
かつてないほどの全力で、魔力を花畑に込める。
絶対に〈流星花〉を復活させるんだ。
だが、いくら魔力を注いでも花は
クソッ……ダメか?
ふと思ったが、すぐに首を振ってそんな気持ちは打ち消した。
――諦めるな、ギルベルト!
断罪フラグ回避のため……そして、何よりネリーのために復活させろ!
身体中の魔力を使い切るつもりで集中していたら、地面から〈流星花〉が一本ピコッと芽吹いた。
それを皮切りにしたかのように、次から次へと地面から芽吹く。
な、なんだ? 何が起きている?
予想外の出来事に驚く中、瞬く間に満開の花畑となった。
吹き抜ける涼風にいっぱいの、以前の花畑よりたくさんの〈流星花〉が揺れる。
俺もネリーも言葉を失い、眺めるばかりだった。
――ど、どうして、こんなに増えたんだ……? 回復と成長が操作できたとしても、かなり多いが……。
〈流星花〉を見ていると、ふと気づいた。
そ、そうか……きっと、種が土の中に落ちていたんだ。
種にも操作魔法が効いてくれて芽吹いたんだ。
傍らのネリーも呆然と花畑を見る。
「お、思ったより、たくさん咲いてくれたな。来週まで間に合ってよかったよ」
「ありがとうございます…………ありがとうございます、ギルベルト様! こんなに美しいお花畑を……私は見たことがありませんっ」
歓喜にあふれるネリーの頬に、一滴の雫が零れる。
陽光に照らされ、宝石のようにキラリと輝いた。
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