第8話:花畑

「……こいつはひどいな」


 ポーションの売人を倒した翌日。

 フォルムバッハ家の北東の一角に来た俺は、惨劇を前にして思わず呟いた。

 〈流星花〉の花畑は、見るも無残な状態だ。

 花は踏みしめられ、土は掘り返され、地面には茎や花びらの一部が埋もれるばかり……。

 ギルベルトの記憶を振り返ると、完全に破壊するつもりで暴れたようだ。

 かろうじて、萎れた〈流星花〉がちらほらと見える。

 数本残っているだけでも上々か。

 操作魔法を駆使すれば、花の回復力も操作できると思うが……まずはステータスを確認しよう。



【ギルベルト・フォルムバッハ】

 性別:男

 年齢:14歳

 Lv:32/99

 体力値:2420

 魔力値:2850

 魔法系統:操作魔法(系統Lv7:/10)

 操作対象:①無生物 ②小動物 ③魔法(使用者が自分以外) ④人間

 称号:立派な貴族令息(New!)、早く死なないでほしい人No.1(New!)、死神が来たら喜んで守りたい男(New!)、大変な努力家(New!)、人間(New!)、常識破り(New!)、並み局部(New!)



 ……おお、なかなかいいじゃないか。

 レベル32といったら、序盤ではだいぶ強い敵も倒せる。

 体力値も魔力値も結構上昇した(円周率も消えててよかった)。

 称号も軒並み良い評判でホッとする。

 きっと、努力を見てくれていたんだろう。

 ライラ先生も人間と認めてくれたようだし、常識破りなんてすごく嬉しい……まぁ、並み局部はしょうがないか。

 強すぎてもアレだしな。

 その中でも、やはり操作魔法の対象が増えたのが嬉しい。

 知らないうちに、たくさん操作できるようになっていた。

 自然と拳を硬く握る。


 ――まずはネリー、次に婚約者だ。


 最低限、学園入学前にこの二人の問題を解決することで、破滅フラグはだいぶ遠ざかる。

 それに、〈流星花〉を操作魔法でうまく回復できれば、婚約者の問題にも光明が差す。

 俺は花畑の前に座り込み、枯れた中から少しでも元気がある花を探す。

 まずは一本から始めよう。

 萎れてはいるが、茎も花びらも無事な個体を見つけた。

 精神を集中させ魔力を飛ばす。


「《回復操作ヒールコントロール:花》」


 〈流星花〉の周りが、ぼんやりと薄紫色に光る。

 俺の魔力が覆っているのだ。

 小石や鉱石、ライラ先生の魔法や売人……今まで操作してきた経験を総動員する。

 今回は単なる花の操作ではない。

 生き物が持つ回復力や、成長の力をピンポイントで操作するのだ。

 自分の身体が傷ついて少しずつ治る光景をイメージする……。

 ちょこっ……と花びらが上向いたところで集中力が切れた。


「……ぶはぁっ! 思ったより疲れるな、これは……」


 通常の操作より、一段と細かな神経が使われる。

 相手の魔法や人間を操作するときはパワーが求められるが、今回はテクニックが求められた。

 針穴に糸を何本も通すような……。

 たしかに大変は大変だが、俺はやってやる。


 ――断罪フラグの回避もそうだが、それ以上に自分の過ちを謝罪したい。


 俺は転生した身だが、もうギルベルトとして生きることを決めたのだ。

 自分のせいで苦しんでいる人がいるまま、好き勝手に人生を楽しむのは、どうしても良心が許さなかった。

 小一時間ほど〈流星花〉の操作を続けると、初期より花の背筋がよくなった。

 花びらにも瑞々しさが増す。

 よし、いい感じだ。

 休憩を兼ねて、一旦離れの屋敷へ戻ることにした。

 サロメに聞きたいことがあるのだ。


 離れに帰って庭を探すと、すぐに彼女は見つかった。

 小さなシャベルで土をいじっている。

 俺はやや緊張しながら声をかけた。


「サ、サロメ……ちょっといいか?」

「はい、なんでしょうか、ギルベルト様」


 サロメはシャベルを置き立ち上がる。

 屋敷の使用人の俺に対する視線はだいぶ柔らかくなったが、彼女は未だに表情が険しい。

 ゲーム知識を思い出すと、やはり〈流星花〉の花畑の破壊が大きな原因だった。

 俺は彼女に尋ねる。


「花の世話のやり方を教えてくれないか? 水を与えるタイミングや肥料の撒き方とか……」

「ええ、別に構いませんが……何か育てているのですか?」

「あ、いや……ちょっとな」

「花の種類を教えていただかないと、適切なアドバイスは難しいです」


 たしかにそうか。

 なんだか言うのは恥ずかしかったが、大事なことなので伝える。


「実は……〈流星花〉を育てているんだ」

「……そうなのですか?」

「俺が壊した花畑を復活させたいんだ。自分の手で」

「ギルベルト様が……ご自身の手で……」


 極悪貴族の俺がそんなことを言うとは思わなかったのか、サロメはしばし唖然としていた。

 でも、すぐに土の手入れや水やりのタイミングを教えてくれた。

 花畑の復活に活かせるぞ。


「……ありがとう、サロメ。これでもっと早く復活できそうだ」


 分けてもらった肥料を持って花畑に戻ろうとしたら、サロメに呼び止められた。


「お待ちください、ギルベルト様」

「ん?」

「ネリーから聞いていますよ」

「え……な、何を?」


 いったい、ネリーから何を聞いたんだろう。

 ドキドキしていたら、サロメは穏やかに微笑んで言った。


「修行に大変熱心に取り組んでおられるようですね。……これからも頑張ってください」


 そう言って、美しいほど丁寧なお辞儀をしてくれた。

 花畑に戻ると、さっそく教わったやり方を試す。

 運んできた肥料も操作魔法を使って花畑に撒く。

 土を耕し水を与え、操作魔法で〈流星花〉の回復と成長を促す。

 自分の過ちは自分で正すのだ。



□□□



 一週間ほど操作魔法で<流星花>の復活を試み、少しずつ花が回復してきた。

 一本二本と地面から力強く伸びる。

 まだ一面の花畑とはとうてい言えないので、もっともっと頑張るつもりだ。

 フォルムバッハ家の資産とルートを使えば、<流星花>自体は手に入ると思う。

 だけど、俺は自分の手でこの花畑を復活させたかった。

 俺が破壊した花畑を……。


 ――絶対に、ネリーに満開に咲いた〈流星花〉の花畑を見せる。


 その強い思いしか俺の心にはなかった。

 必死に操作魔法を使う中、後ろから誰かに声をかけられた。


「……ギルベルト様……何をされているのですか?」


 集中していたので、思わずビクリと身体が震える。

 聞き馴染みのあるソプラノな声。

 振り返ると……ネリーがいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る